軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

君に夢中なんだ。

皆揃って、盛大なファンファーレと共にウェルミィらが王城から出ると、大通りの脇を埋め尽くす人々が大歓声を上げた。

三階建ての建物に相当する高さの車を引くのは、頑健な体躯を持つ数匹の地竜。

その迫力と白銀で彩られた荘厳な車の上部はホールケーキのように多段になっており、前方に張り出したテラスにソフォイルとテレサロ。

一段上がった2階左右に、オルブラン侯爵家とデルトラーデ侯爵家の子息二組。

もう一段上がった3階部分に、エイデスとウェルミィ。

そして最上段であり、全方位から見える天蓋で覆われた小さなホールの中央に、レオとイオーラ。

天蓋の上には、ライオネルの紋章である金色の獅子が輝いている。

『聖女様だわ……!』

『ダリステア様、なんてお美しい方だ……!』

『ニニーナ様! 貴女のお作りになった薬のおかげで、息子の病が治りました! ありがとうございます!!』

『ウェルミィ様、小柄な方なのね。可愛らしいのに凛としておられて、とても気品がおありだわ……!』

『あれがイオーラ様か……王太子殿下ととてもお似合いだな!』

湧き上がるような喧騒の中に混じる種々の賛辞に、ウェルミィとダリステア以外の三人の女性が内心頬を引き攣らせていたことなど、民衆は知るよしもない。

男性陣も褒められているが、誰一人特に何とも思っていないので割愛。

そして彼らが、かなり遠目なのに皆によく見えているのには、理由があった。

竜車に備え付けられた、【虚影機】と呼ばれる魔導具の宝玉から、魔術によって拡大された各々の姿が空中に投影されているのである。

幻影魔術を応用した、エイデスとイオーラの合作であり、その研究成果を事前に伝えられて我先にとライオネル王国に赴いた研究機構所属の魔導士らは、民衆とは別の意味で盛り上がっていた。

そうして、王都中央の大広場でイオーラとレオ以外が降りて、小型の竜車に乗り換えて、放射状に伸びる大通りに散っていく。

王都の中流層まで赴き、祝儀としてご馳走を提供している幾つかの教会に赴き、喜捨を行うのである。

彼らがそれぞれの姿を見せて戻ってくるまでの間、レオとイオーラは銀貨を広場に撒く兵らの姿を見ながら手を振り続ける。

そんな中、にこやかな笑みを一切崩さないまま、レオは軽くイオーラの耳元に口を寄せた。

※※※

「疲れているかい?」

内容は聞こえないだろうが、その仕草を見て民衆から甲高い悲鳴が上がる。

イオーラは表情こそ変えなかったが、耳を赤くしながら頭を横に振った。

「いいえ。皆、わたくし達を祝福してくれているのですもの。楽しいわ。こんな風に祝って貰えるだなんて、昔のことを思ったら夢のようよ」

ーーー変わらないな。

レオは目を細めた。

イオーラは美しくなったが、決して驕らない。

ずっと昔、知り合った頃の彼女のままだ。

それが嬉しくもあり……つい先頃まで、苦しくもあった。

レオがイオーラと知り合ったのは、入学して間も無くのことだったけれど。

今と昔では、彼女を取り巻く状況は大きく変わった。

本来の美しい容姿を取り戻し、周りから正当な評価を受けるイオーラは、歴史を変えるほどの叡智を人々に 齎(もたら) し、魔導士らの間では、まるで生ける女神のように崇められている。

……レオの手など、本来なら届かないような、遥か 高嶺(たかね) に座す存在であるかのように。

この、何物にも代え難いような愛しい女性に、自分は本当に釣り合っているのだろうか。

やがて、レオはそんな風に考えるようになった。

もちろん、イオーラを幸せにする努力は最大限にするつもりだ。

けれど結婚という形で、自分の腕の中に……やがては王妃という窮屈な立場に、閉じ込めても良いのだろうか、と。

そういう疑念が、拭えなかった。

焦がれているからこそ。

今でも、その紫の瞳に見つめられるだけで、息が詰まりそうになる。

その微笑みを向けられるだけで、舞い上がりそうになる。

ーーー君に夢中なんだ。

ーーー君が好きなんだ。

ーーー君は素敵な人だ。

そう伝えるだけで、嬉しそうにはにかむイオーラが、どこまでも愛しくて。

だから、苦しい。

どれだけ努力しても、決して追いつけないことが分かっている愛しい人の横に立つことが、苦しかった。

これから先も、イオーラは偉業を成し遂げるだろう。

そうと意識もしないままに、ありとあらゆる人々を……もしかしたら、あのエイデスすらも超えていくのだろう。

自分を、そんなイオーラに相応しいとは思えなくて。

レオには、王太子という立場以外に何もない。

個人として人よりも優れたところなど、何もないのだ。

イオーラだけではない、例えば共にこの披露宴に参加している男たちと比べても。

剣の腕はツルギスやソフォイルの方が遥かに上だろう。

頭脳や奸計で、ズミアーノに敵うべくもない。

そして魔術や政治の面では、考えるのも馬鹿らしい程に優れたエイデスの存在がある。

ーーー俺は。

胸に灯った抑えきれない熱量を持つ炎が、小さな器の自分を焼き焦がしてしまうのではないかと。

そんな気持ちを、吐露できたのは……共にライオネル王国を発展させる為に切磋琢磨し、今回久々に帰郷した弟だけだった。

たまたま最初にイオーラに手を差し伸べただけの自分で、良いのか。

イオーラには、もっと良い選択があるんじゃないのか。

そんな気持ちを吐露すると、深夜に会った彼は呆れたようにこう言ったのだ。

『兄上はリロウド嬢に、エルネスト女伯を頼まれたんだろう? もう少し自信を持ったら?』

『どういう意味だ?』

その言葉の真意が分からず問い返すと、タイグリムはこともなげに肩をすくめる。

『リロウド嬢とエルネスト女伯の関係は本当に尊い……いつまでも眺めていられるくらい、強い絆で結ばれた二人だ。その片割れを』

と、タイグリムがピッと指を立てる。

『認められたんだよ、兄上は。その理由が、本当に分からないのかい?』

『それは……イオーラが望んだからだろう?』

ウェルミィは、イオーラの行動を決して否定しない。

どれほど自分が嫌だろうと、最終的には諦めて認めるのだ。

『やっぱり、分かってないね』

やれやれ、とタイグリムが頭を横に振る。

『 彼女が望んだんだよ(・・・・・・・・・) ? 兄上がいい、ってね』

『俺が今言ったことじゃないか』

『全然ニュアンスが違うよ。リロウド嬢が兄上を見込んだんじゃない。エルネスト女伯が兄上を見込んだんだ、って言ってるじゃないか。何で当の兄上が理解してないのさ』

はぁー、と大きく息を吐いた後、弟の口にした言葉は衝撃だった。

『女伯がもっと幸せに生きられる道だって? そんなもの、あるわけないじゃないか。あの人を間近で見てて、何で気づかないんだ?』

『……?』

『女伯を一番幸せに出来る誰か、なんて、兄上以外に存在しないんだよ。だって女伯自身が、兄上の側に居ることが一番幸せだって、その道を選んだんだから』

ーーーっ!!

一瞬、何も考えられなくなった。

『俺の……』

『だから見てて気づかないのかって言ってるんだよ。女伯がリロウド嬢に向けるよりももっと甘い顔を、女伯は兄上にしてるじゃないか。だからリロウド嬢は嫉妬してるんだろう?』

まるで盲点だった。

ーーーイオーラが?

『自分が信じられないなら、その敵わないと思っている女伯の目を信じなよ。兄上はいい男さ。オルミラージュ魔導卿にも劣らないくらいにね』

と、タイグリムは笑みを浮かべて目を細める。

『兄上と、明後日には姉上になる女伯の関係は、リロウド嬢と女伯の関係に劣らないくらい、尊いよ』

ーーーよく見なよ。

そう、言われて。

ーーー本当だな。

レオは現実に意識を戻して、イオーラの表情を見る。

少し熱を帯びた紫の瞳が、その耳の色が、近くに寄り添うその仕草が。

レオのことを好きだと、自惚れではなく、全身で伝えてくれている。

幸せだと、その微笑みで魅せてくれている。

ーーーイオーラ。

「ねぇ、イオーラ」

「なぁに、レオ」

蕩けるような、イオーラの受け答えの声音の甘さを。

信じていれば、それでいいのだ。

ーーー簡単なことだったんだな。

言われるまで気づかない自分は、やはり愚鈍だが。

自分を愛おしいと思ってくれる彼女に、レオは素直な気持ちを伝える。

「出会った時からずっと。俺は君に夢中だよ」

するとイオーラが、今度こそ首筋まで真っ赤になり。

それを目撃した民衆の歓声が、爆発した。