作品タイトル不明
あなたに染められている。
「遅かったじゃない!」
「少し用があってな」
遅い遅いと待ち兼ねていたウェルミィは、エイデスの入室と同時に頬を膨らませて振り向くが……そのまま、少し固まった。
すると彼は、いつもの少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「どうした?」
今日のエイデスは、いつもと少し様子が違った。
魔導士の正装に重ねるように、朱色のラインが入った白地の肩マントを身につけており、緩やかに纏めた少しウェーブがかった銀髪にも、鮮やかな朱のリボンが編み込まれていた。
悔しいことにその格好がよく似合っていて、遅いことに文句をつけようとしていたウェルミィは、思わず言葉に詰まったのだ。
カッコいい。
それに、綺麗だった。
でも、エイデスの方はウェルミィを見ても、小憎らしいくらいにいつも通りで。
「見惚れたのか?」
「べ、別にそんなんじゃないわよ!?」
図星を突かれて、思わず声が跳ね上がる。
するとエイデスは、背けたことで彼の方に向いた 髪飾り(パインバレッタ) に下がった 桔梗藤(リンカリア) の香りを嗅ぐように顔を近づけてきた。
そして、背中に手を添えられる。
「嘘は良くないな、ウェルミィ。正直に答えろ」
「……見惚れてないもん」
「強情だな。私の花嫁は、何でも言うことを聞く筈なんだがな?」
最近言われることが少なかった強権を、こんなところで発動される。
「う〜〜〜……み、見惚れた……わ」
「そうか」
言わせておいて、素っ気なくそう答えたエイデスが離れる。
耳が熱い。
ーーーもう! 皆いるのに!!
ヌーアもアロンナも、絶対生ぬるい目でこっちを見てるから、顔を向けられなかった。
※※※
ぷい! と顔を背けるこの少女は、本当に分かりやすい。
『演じて』いる時はあれ程表情を悟らせないくせに、本当の彼女は表情豊かで、少し幼い。
だから、ついつい意地悪をしたくなってしまうのである。
顔を背ける彼女の内心は手に取るように分かるが、ヌーアもアロンナもごく普段通りである。
「ウェルミィ?」
「……何よ」
恥ずかしさで不貞腐れているウェルミィに、エイデスは小さく囁いた。
「ネックレスは、付けてもいい」
「ほんと!?」
パッと振り向いたウェルミィの顔には、喜色が浮かんでいた。
ギリギリになってしまい、一応代替の品も用意はしていたのだが、どちらを付けるかは保留にしていたのだ。
おそらく、少々ご機嫌斜めだったのには、そういう理由も含まれていたに違いない。
「待たせて悪かった」
ウェルミィにとって友人と呼べる存在は、貴族学校を卒業してから出来た繋がりの中にしかない。
貴族学校では、イオーラを守るための付き合いしかして来なかった彼女にとって、おそらくは初めての友人からの贈り物だったのだ。
着飾っていなければ、頭を撫でてやったのだが、下手に触れると崩してしまうだろう。
「ヌーア! 持ってきてくれる!?」
「はいはい。ようございましたねぇ」
ウェルミィの弾んだ声に、ヌーアがいそいそと衣装部屋に向かう。
一つ頷いたエイデスは、じっくりと彼女の姿を眺めた。
小柄で可愛らしいウェルミィが身に纏っているのは、青みがかった紫の布地に銀糸の縫い取りがあるドレスで、どちらかといえば落ち着いた色合いだ。
だがそのドレスは、エイデスの知る限り最高品質のドレスを提供する帝国のロンダリィズ工房の支店……断罪の夜会で、イオーラが纏っていたドレスを作った職人の手のよるものである。
レースや小物などに暖色や白をあしらい、ドレスの形を工夫することで、ウェルミィのツンとした猫目の美貌と愛らしい雰囲気に、見事に合うように仕立てられていた。
そしてきっと、一生懸命選んだのだろう、髪飾りに目を向ける。
どこか緊張した顔で、チラチラと彼女がこちらを気にしているが、まだ言わない。
ヌーアが持ってきた〝 太古の紫魔晶(ロストヴァイオレット) 〟を身につけることで、完成した装い。
大粒の宝玉と見事な意匠のネックレスは、不死鳥をアレンジしたもの。
不屈の象徴であり、同時に優雅なそれは、ウェルミィによく似合っていた。
「どう?」
「完璧だ、ウェルミィ。私の花嫁は美しい」
エイデスは、自然に頬を綻ばせると、化粧を崩さないように彼女の 顎(おとがい) に手を添えた。
「私の心も、お前にそめられている」
髪飾りに込められた想いに、そう応えると。
ウェルミィはやっぱり恥ずかしそうに、だがとても嬉しそうに、目を細めて花開くような微笑みを見せてくれた。