作品タイトル不明
73.
「犬を飼いたい、ねえ……」
しかも大型犬。しかも子犬から。
一瞬私の脳内に子供たちから世話を丸投げされた自分がせっせと面倒を見る光景が浮かんだ。
居間で寛いでいるレオたちに「飼いたい、面倒見ると言ったのは貴方たちでしょ」と文句を言いながらだ。
だが冷静に考えればそんなことになる筈が無い。
私はこれでもアベニウス公爵夫人。そして使用人も二桁は居る。
犬の面倒だって使用人に頼むことになるだろう。
(だから負担はそれ程では無いと思うけれど……)
私は既に飼ってもらえる気が満々に見えるレオ相手に言った。
「まず貴方たちのお父様が良いと仰るか……」
「父様はきっと知るか好きにしろと言うと思う」
「えっ……」
そんなことをあっさりとレオが言う。
逆に私が戸惑うことになった。
「父様は自分の迷惑にならなければ何しても良いと思うよ」
何なら手紙で確認して貰っても良いけど。
レオは特に悲し気な様子もなく言う。だからこそ余計切ない物があった。
「確かにそう仰るかもしれないけれど……」
「大丈夫だよ、何なら父様が来てる時だけどこかに閉じ込めて置けばいいし」
無邪気な顔でレオは言う。
しかしちょっと聞き逃せない事を言っていた。
「閉じ込めて置けばいいって……犬は生き物なのよ?」
そんなことを言われると思わなかったのかレオは驚いた顔をした。
「そんなの知ってるよ」
「つまり人間の思う通りに静かにしたり動いてくれるとは限らないってこと」
「えっ、でも躾をすれば言うことを聞くって本には」
「躾しても限りがあるの。犬に貴方が気に入らないことをされてそれでも我慢できる?」
「それは……もしかしたら怒るかもしれない」
「その時カッとなって犬に暴力をふるったり、要らないとか捨てるとか言わない?」
「うっ……」
私の言葉にレオは苦しそうな顔になる。
そんなこと絶対しないと言えないのは自分が過去にロンにした行為を思い出しているからだろう。
辛いことを思い出させるのは酷かもしれないが、生き物を飼いたいというならその覚悟は必要だと思った。
部屋を暫く沈黙が支配する。カーヴェルもレオ付きの侍女も私も何も言わない。
ただレオの覚悟を問いかける。そして彼は答えを出した。
「絶対とは言えない……だけど、そんなこと言わないように我慢する」
「我慢ね……」
私がレオの言葉を繰り返すと廊下から声変わり前の声が聞こえて来た。
「大丈夫、僕がいるよ」
開けたままの入り口から廊下へ視線を移す。
ロンが絵本を抱えながら立っていた。付き添いの侍女もいる。
絵本の表紙には大きな犬の絵が描いてあった。
前世で何度かテレビなどで見かけた犬種に似ている。雪山の遭難救助犬として有名な犬だ。
「もし兄様がいらないと言っても僕がいるって言い張るから……」
「ロン……」
レオが弟の名前を呼ぶ。はにかむように笑いながらロンは言葉を続けた。
「ごめんなさい、犬を飼いたいと最初に言ったのは僕なんだ」
「そうだったの」
「でも兄様が俺が頼んだ方が早いって言うから、甘えちゃった」
せめて二人でお願いするべきだったのに。そういうロンにレオはそっぽを向く。
「別に、俺一人でもどうにかなったし!」
「うん、だとしても僕からもお願いすべきだと思ったんだ」
レオの意地っ張りな台詞にロンはおっとりと答える。
「ちゃんと犬の飼い方について調べます。絶対いらないなんて言いません。僕たち、お友達が欲しいんだ……」
友達が欲しい。そう言われるともう何も言えない。
大分飼う方に傾きかけている私の横でカーヴェルは静かな表情をしていた。
しかし友達という言葉に反応したのか眼鏡の奥の睫毛が震える。
「カーヴェル?」
「……奥様、出過ぎた発言をお許し頂けますでしょうか」
そう私に許可を得る家令に私は数秒考えてから許可を出した。
出過ぎた発言の内容が気になるが必要だから口を出すのだろう。
カーヴェルは膝をついて子供二人の視線に合わせる。
「お二人とも、実は私の家でも長年犬を飼っておりました」
「そうなんだ!」
「可愛かった……?」
好奇心を露に尋ねて来る子供たちにカーヴェルは穏やかに微笑む。
「はい、女の子なのに腕白で……でも去年あたりから大人しくなって」
そして亡くなりました。穏やかな表情のままカーヴェルは言う。
けれど子供たちは亡くなったという言葉に反応し揃って戸惑い暗い顔をした。
「えっ……」
「それは……辛かった、でしょう?」
「はい。でも生き物を飼うと言うのはそういうものです。大抵の動物は人間よりずっと寿命が短い」
「寿命……犬って何年ぐらいだ?」
「私たちの犬は十四年生きてくれました」
「まあ、長生きだったのね……」
私の長生きという発言にレオがぎょっとした顔をする。
「長生きって、十何年だぞ、百年は無理でも五十年ぐらい生きる犬はいないのかよ?!」
「……残念だけど私は知らないわ」
「私もです。だから可愛がって家族のように扱う程別れが辛くなる」
それでもお二人は犬を飼いたいと思いますか。
カーヴェルがレオとロンに問いかける。
二人はまだ見ぬ犬が亡くなった時を想像したのか、若干目を潤ませながら唇を引き結んだ。
そして初めに口を開いたのはロンだった。
「僕は……それでも犬と友達になりたい、お別れの時は泣いてしまうかもしれないけど、それでも」
「ロンくん……」
きっと彼は犬の寿命についてもある程度知っていたのだろう。
そして傍らの兄の手をそっと握る。レオはハッとした表情になり私たちを見上げた。
「俺だって飼いたい、十年後は大人になってるんだからきっと我慢できる!」
「レオくん……」
「それに、別れる辛さは知ってる。だから俺は……立ち直れる」
それは亡き母のことを言ってるのだろうか、それとも元侍女のマレーナのことか。
どちらにしろここまで覚悟を見せられたなら親としては言うしかない。
「わかったわ。二人ともその言葉を忘れず最後までちゃんと面倒を見るのよ」
「……ありがとう、母様!」
「ああ、アベニウスの名にかけて面倒見るぜ!」
顔を輝かせる二人に微笑みながらカーヴェルに視線を移す。
彼はどこか寂しそうで、だけどそれ以上に嬉しそうな笑顔で子供たちを見ていた。