作品タイトル不明
71.
「あら、犬は無事に見つかったみたいね」
遊園地騒動の翌朝、私は自室でアイロンをかけられた新聞紙を広げていた。
ほぼ毎日新聞には目を通しているが今日はいつもより熱心な自覚がある。
それは昨日の遊園地での騒ぎが原因だ。
貴族が集まる場であんなことがあったのだから当然新聞沙汰にはなるだろう。
そして私の目論見通り記事にはなっていた。
しかし。
「……泥酔していた女二人の乱行?」
新聞の三面、大して大きくないスペースに記事は載せられていた。
女が二人遊園地の敷地内でそれぞれ暴れ、来客と従業員に取り押さえられたと書いてあった。
犬を逃がした犯人まで女性だとは思わなかったから少し驚く。
犬は餌罠で無事捕獲し元気だということだ。
しかし他の内容に眉を顰める。
二人とも留置場に収監されたが泥酔状態で会話が出来ず身元確認に難航しているというのだ。
身分どころか名前すら書かれていない。
「ローズが泥酔で身元確認できないですって? 有り得ないわ」
確かにローズは正気では無かったかもしれない。
けれど会話出来ないような泥酔状態では無かった。
逆に頭が冷えたことで自分の正体を隠し始めたのかもしれない。
だとしてもローズを遊園地の従業員に引き渡した際に私はちゃんと彼女の名前と身分を警備員に告げている。
オルソン伯爵家長女のローズだと。
「……買収して黙らせたのかしら」
腐っても伯爵家だ、出来るか出来ないかで言えば。
「出来るかもしれない、ってところね」
オルソン伯爵邸はどことなく閑散としていて屋敷も庭も手入れが行き届いていなかった。
金が有り余るほど裕福には思えない。
それでも伯爵夫人なら娘の醜聞隠しに金をかき集めるかもしれないが、新聞に載らない程度では焼け石に水だろう。
貴族たちが集まった遊園地であんな醜態を晒したのだから。
「私の所に文句と金をせびりに来そうね」
新聞を畳みながら溜息を吐く。
もしそのようなことは無く今後私に一切関わらずひっそりと親子三人で暮らしていくならこちらから手出ししないであげてもいい。
きっとそのような事にはならないだろうけど。
もう一度深く溜息を吐いた。
正直今の私はあの一家に関わっている暇など無いのだ。
「アイリ、カーヴェルを呼んできて貰える?」
「かしこまりました」
黒髪の侍女に新聞を渡しながら指示をする。
彼女はそれを丁重な仕草で受け取って静かに部屋から出て行った。
アイリが淹れたばかりの紅茶を飲みながら開けた窓から入る午前の空気を感じる。
子供たちはまだ寝ているだろう。
遊園地で花火を楽しむことは出来なかったが二人は意外な程気落ちしていなかった。
花火以外の楽しみはほぼ全部体験できたことと何より大量に買った土産物のせいだろう。
アベニウス公爵家の馬車全部の荷台にぎっしりと詰められたそれはほぼ子供たちの部屋にある。
寂しいことだが屋敷の外に知り合いが殆どいないレオとロンには土産を渡す友人も居ないのだ。
中身は遊園地で売られていた玩具や食べ物の類が殆どだと子供たちの侍女から聞いた。
ロンの分のお土産はレオが積極的に内気な弟に聞き取りをして欲しい物を選んであげたらしい。
遊園地では予想外のこととろくでもないことなどが幾つも起こったが兄弟の距離が急激に近くなったのは良いことだ。
私とローズのどうしようもない姉妹関係を年端のいかない子供たちに見せた罪悪感は多少ある。
でもあれぐらい過激で醜い方が「自分たちは絶対ああならない」と思ってくれるかもしれなかった。
そんなことを考えていると控えめに扉が叩かれカーヴェルの名乗りが聞こえる。
私は椅子から立って扉を開けた。
「お待たせいたしました、奥様」
「待っていないわ」
そう言いつつ私はカーヴェルに用件を伝える。
「王妃とその侍女のお二人にお礼を伝えたいのだけれど、貴方はどうすればいいかわかる?」
私の言葉に一瞬目を丸くした家令は、しかしすぐにそうですねと言葉を返して来た。