軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第26話 ダグラス失踪

《ダグラス視点》

本部から呼び出しがあったのは二日前だ。仮眠スペース付きの執務室へと案内されて、泊まり込みでの作業を言い渡された。

確かに決算に必要な重要書類だ。だが、今の時期に泊まり込みでの作業が必要だとは思えない。外に出ようとすると、事務官に止められる。新聞を買いに行くことも出来ない。

いい加減に脱走しようかと考えていると、エバンスが面会に来てくれた。

「ダグラス、あなたに隠していたことがあります」

やけに思い詰めた顔をしたエバンスは、そんな言葉を皮切りに、五年前の話をはじめた。それは、警ら隊の……正義の敗北の話に他ならなかった。

犯人との間には、事実上の不訴合意が成立していた。非公開協定が締結され、機密費から相応の金が動いた。

「犯人との接触には、私書箱が使われていました」

——爆破は止まった。

だが、犯人は逮捕されずに、捜査の打ち切りが決まった。

「私は当時、不自然な機密費の流れを追っていて、その事実へとたどり着きました。そして……警ら隊という組織に情熱が持てなくなった」

俺が地方から戻った時には、エバンスは機械的な対応をする取り調べ官として有名になっていた。そんなヤツじゃ、なかったのに。

「ダグラスが地方へ飛ばされたのも、犯人との取引の内です。今更伝えても仕方ないことだと、敢えてあなたには黙っていました」

すみませんでした、と頭を下げられた。

「なぜ……、今その話をする気になったんだ?」

「そんなことに労力を使っているから、後手に回って犠牲が出たんです」

つまり、俺の家に爆弾が仕掛けられた時には、すでに犯人と接触していたってことか?

——バキッ。

握っていたペンの木軸が、掌の中で折れた。書類に、黒と赤の雫が落ちる。

「そして、今回も同じことをしようとしています」

新聞の号外だ。一面に霧の爆弾魔からの予告文が掲載されている。

「捨てられた子猫……」

「おそらく、エルシャのことでしょう。ダグラス、私は今から上層部と話し合いに向かうつもりです。一緒に……」

エバンスの言葉が、少しも頭に入って来ない。あの日爆弾の奥で鳴っていた、時計の針の音が聞こえる。鼓動と重なり、理性を削り取っていく。

「エルシャを……囮にしているのか? 俺を閉じ込めて、上層部は何を企んでいる?」

「上層部はエルシャのことは頭にないようです。だが、ダグラスは作戦の邪魔だと思っている。落ち着けダグラス! まずはこの措置を……」

「その私書箱……また使われているんだろう?」

「あ……ああ。先ほど『近々、返答があるはずだ』と……」

「私書箱の番号を教えてくれ」

「待って下さい! 気持ちはわかりますが……」

「わかるなら……止めるなよ」

制服の上着の内ポケットから、退職届を取り出す。あの日から、ずっと持ち歩いていたものだ。上着を脱ぎ、長帽子と一緒にエバンスに押し付ける。

「大丈夫だ。俺は絶対に、やつより先には死なない」

エバンスが無言で、私書箱の番号が書かれたメモ用紙を渡してくれた。

俺も黙って受け取り、ドアの外へと出る。もう誰に声をかけられても、止まるつもりはない。

* * *

《ビリー視点》

「お願いがあります。西区八番街の詰所へ行って、ダグラスお父さんを、呼んで来てもらえますか?」

いきなり物語の真ん中に、引っ張り出された気分だった。おれはそんなのは望んでいなかった。探偵小説を読みながら、勝手に犯人を予想して楽しんでいるくらいの気持ちだったのに。

くそっ! でも、やってやる。年下の女の子が、あんなに真っ直ぐに立っているのに、ビビって動けないなんて格好悪い。

「任せろ! エルシャ、無茶するなよ!」

全速力で八番街へと向かう。こんなに走ったのは生まれて初めてかも知れない。不思議と力が湧いて来た。

八番街の詰所の入り口に、文字通り転がり込むと、すぐにトウモロコシみたいな髪の毛の、若い隊員が駆け寄って来た。

「どうしました?! 大丈夫ですか?」

「ダグラスさんを……! エルシャが呼んでいます!」

「えっ、隊長? 隊長は今、本部に行ってて……。エルシャがどうかしたの?」

「あの……詳しくはちょっと言えないんですけど、緊急事態なんです。すぐにダグラスさんを連れて行かないと……!」

「わかった! でも今は馬が全部出払ってて……君、まだ走れる?」

「うっ……、はい……。走ります!」

『緊急事態です! エルシャのピンチです! ピート、本部まで関係者の少年を護衛します!』

その人は大声で室内に向かって叫ぶと、ビシッと敬礼した。あちこちから、了解の声が飛んで来る。

「さ、行こう!」

「えっ、それだけでいいんですか? えらい人の許可とか……」

「この詰所で、エルシャのピンチに駆けつけない隊員なんていないよ! 走れないなら、僕が背負って走るからね」

「大丈夫です! まだ走れます!」

警ら隊の本部は三番街にある。エルシャはおれに“エルシャの地図”を預けてくれた。しばらく走って力尽きたおれは、ピートさんの背中で、ナビゲーターを勤めている。

「ピートさん、そこの垣根を潜って! 婆さんはいい人だから怒られません!」

「えっ? う、うん」

「その家は空き家です! 裏口から出ると近道です!」

「えっ、そうなの?」

ピートさんは、最初は躊躇していたけれど、途中からは思い切り良くおれの指示通りに走ってくれた。

「ピートさん、細いのに体力ありますね」

「鍛えてるから!」

何も聞かない。何も聞かずに、全力で走ってくれる。さっき言っていた通り、ピートさんは全面的にエルシャの味方だった。

到着した警ら隊本部は、ちょっとざわついた雰囲気だった。

「西区八番街所属、ピート・コリンズ。隊長のダグラス・リードに面通り願います!」

ピートさんが敬礼しながら受付の人に言った。おれも背中から降りて、隣で敬礼する。探偵もいいけど、警ら隊も格好いいな!

受付の横にあるベンチで座って休んでいると、ピートさんが飲み物をもらってきてくれた。二人で並んで喉を鳴らす。

エルシャのことを考えると、そわそわしてしまう。

しばらくすると、片眼鏡をかけた貴族っぽい人がやって来た。

「ピートくん、どうしました?」

「エバンス取り調べ官! 伝言があるんです。ダグラス隊長は?」

「ダグラスは……退職届を置いて、姿を眩ましてしまいました……」

「ええっ?!」

ピートさんは困った顔をして、おれの方を振り返って言った。

おれは結局、どこまで話していいかわからなくて『エルシャがダグラスさんを呼んでいる』『詳しくはわからない』で通した。

エバンス取り調べ官は、高速馬車を呼んでくれて、それに乗ってエルシャの元へ行くことになった。

ピートさんは途中で降りて、八番街の詰所へ戻った。ダグラスさんの失踪も緊急事態だなので、詰所の隊員たちと対応を相談するそうだ。

エバンス取り調べ官は、かなり動揺しているように見えた。そして疲れている。ピートさんが馬車から降りてからは、ずっと無言で膝の上に乗せた警ら隊の長帽子を見つめている。

「その長帽子は、ダグラスさんのものですか?」

無言に耐えられなくて、聞いてみた。

「あ、ああ……。ダグラスが退職届と一緒に、私に押し付けて行ったんだ……。つい、持ってきてしまったな。私はエルシャに何と説明すれば……」

そんな込み入った事情のありそうな大人の話……おれに言われても、どうすればいいか、全然かわからない。

そうこうしているうちに、ウェリントン橋へと到着した。エルシャは橋の真ん中で、犯人の出て行った小屋をじっと見つめていた。

「エルシャ!」

「エバンスお父様……。どうしたんですか?」

「それはこっちのセリフです。緊急事態だと聞きました。何がありました?」

えっ、エバンス取り調べ官もお父様なの? そういえば前に、血の繋がらない家族がたくさんいるって言ってたな。

『苦労してますから!』

そう言って笑ったエルシャを思い出す。

「えっと、掻い摘んで説明すると、霧の爆弾魔の匂いを追って、あの小屋にたどり着いたんです。でも犯人が出かけちゃって……。後を追うのも危険なので、ダグラスお父さんを呼んだんです」

「……待ってください。整理しましょう。

犯人の拠点を特定。現在は不在で行き先は不明……」

「はい。そうなんです」

「おそらくですが……私は行き先に心当たりがあります。ですが、そうなるとダグラスが危険……いいえ、犯人が危険です」

「どういうことですか?」

エルシャの顔が引き締まった。それに合わせて、ヘンリーが立ち上がる。

「霧の爆弾魔の行動情報を入手したのですが、その情報をダグラスに教えてしまいました。ダグラスは退職届を置いて、姿をくらませてしまった」

エバンス取り調べ官は『私の責任です』と言って、俯いた。

「ダグラスは家族の復讐のために、犯人の元へと向かったのかも知れない」

エルシャが強い風が吹いた時みたいに、ギュッと目を閉じた。そうして次に目を開いて覚悟を決めたみたいに言った。

「わかりました。わたしが、お父さんを止めます」

おれはその時のエルシャの表情を、たぶん一生忘れない。

ほら、やっぱり主人公なんじゃねぇか。

そう、思った。