作品タイトル不明
第25話 主人公みたいな女の子(ビリー視点)
おれの名前はビリー。ビリー・ドレイパー八歳。
八番街の詰所に“ちびっ子警ら隊員”がいるって聞いて『そんなのあるなら、おれも!』って思って見に行った。
正直がっかりした。本当に“ちびっ子”だったからだ。『なんだよ! 遊びかよ!』って思った。
でも、話してみたら――探偵小説の主人公みたいな女の子だった。頭が回って、口が達者で、しかもめちゃくちゃ可愛い。でっかい犬まで従えてる。
女の子の名前はエルシャ。
なんやかんやで知り合いになって、カラクリ時計落とし物事件も一緒に解決した。
だから、霧の爆弾魔が五年ぶりに予告状を出したって聞いたとき、『エルシャと一緒に謎解きするぞ!』って、張り切って会いに行ったんだ。
『事件の匂いがしないか?』って言ったら、いつもみたいに『正義の出番だ!』って返してくれると思った。
でも、おれの軽はずみな行動で、エルシャを傷つけてしまった。
奥さんと小さい息子が犠牲になった、有名な“霧を払う騎士”のダグラスさんは、エルシャのお父さんだったんだ。
たくさん謝って、やっと許してもらった。泣きべそをかいているエルシャは、普通の七歳の女の子に見えた。
新聞の号外で、霧の爆弾魔の新しい予告状を見た時『エルシャのことだ!』って思った。ほとんど直感で、大した根拠もなかったけど、じっとしていられずに走ってエルシャを探した。
エルシャは、いつも通りにでっかい犬と一緒で、空を見上げて立っていた。手に持った新聞の号外が、強い風に煽られてバタバタと音を立てていた。
小説のワンシーンを切り取った挿絵みたいな光景だった。おれには、エルシャが主人公に見えたんだ。
それからハドソン先生の家に行って、二人で予告状のターゲットを見つけるための話し合いをした。エルシャはこの上なく真剣だった。
こいつはおれみたいに、探偵ごっこをしているんじゃない。本気で霧の爆弾魔を追い詰めようとしている。ちびっ子探偵の衣装を着ていても、エルシャは本物なんだ。
そう思ったら、なんだかちょっと悔しくなった。置いていかれるのは、嫌だなって思った。
そうして額を突き合わせて、予測を立てて……。次の日は当然、一緒に現場へ行くつもりだったのに。
「明日は学校ですから、続きはまた今度にしましょう」
にっこり笑って言いやがった。
絶対に嘘だ! こいつ、ひとりで行くつもりだ。おれよりちびっ子のくせに、なんでそんなに、強がるんだよ!
ひとりでなんか行かせない。そりゃあ、おれはあんまり役には、立たないかも知れないけれど。
翌朝は、陽が昇るのと同時に家を飛び出した。
* * *
エルシャは学校へ行く時間に、制服を着てハドソン先生の家を出て来た。ヘンリーも一緒だ。
一瞬「あれ? 本当に学校へ行くのかな?」って思ったけれど、小さな公園へと入って行き、出て来た時にはちびっ子探偵の衣装を着ていた。
まあ、貴族学校の制服を着た子供が、学校の時間に街をうろついていたら目立つもんな。ちびっ子探偵もちょっと目立つけど。
ヘンリーと連れ立って、トコトコと歩いて行く。思った通りビール工場の方向だ。
昨日二人で予測した、霧の爆弾魔のターゲット――『発酵する罪』。
そのまま工場へ向かうのかと思ったら、ずいぶん手前の肉屋の前に寝そべっている犬に近づいて行った。
何か話しかけて……カバンから取り出した瓶の匂いを嗅がせているみたいだ。
しばらくすると犬は、フンフンと周囲の匂いを嗅ぎながらどこかへ行ってしまった。
まるで、お願いごとを聞いた犬が、それを叶えるために、どこかへ向かったみたいだ。
エルシャはビール工場の周囲で、六匹の犬に会い、次の目的地へと向かった。
『砕け散る芸術』――ガラスの工芸品の工場だ。エルシャはビール工場の時と同じように、周囲にいる犬に会いに行った。
次の場所『癒しの熱』――病院のボイラー室も、最後の『憐憫の成れの果て』――王立貧窮院でも同じだった。
四つの施設を回り終えたあと、エルシャは中央公園へ向かった。
散歩みたいな足取りで、大きな木の近くのベンチにそっと腰を下ろす。ヘンリーはその足元に座り、じっと周囲を見張っている。おれは少し離れた木陰で、見つからないように様子をうかがった。
何かを待っているんだ、と思った。
しばらくすると雲が厚くなって、風が出て来た。木の葉が擦れ合う音がする。今夜は、きっと霧の深い夜になる。
夕方近くになって、一匹の犬が公園の入口から駆け込んできた。息を切らしながら、まっすぐにエルシャのもとへ走っていく。
エルシャは立ち上がって、何か話しかけている。犬と……話しているように……見える。
犬はくるりと向きを変え、道案内をするみたいにゆっくり歩き出した。エルシャも迷わずその後を追う。ヘンリーが寄り添い、おれはさらにその後ろをついていく。
ウェリントン橋へ出ると、川向こうに古びた倉庫が並んでいるのが見えた。先導していた犬が橋の真ん中で立ち止まり、エルシャを見上げる。
その目が、妙に優しかった。
おれはずっと、エルシャのことを子猫みたいだと思っていた。小さくて、ちょっと気が強い血統書付きの子猫。
犬たちにとっては、エルシャは子犬なんだな。愛おしくてたまらないって目で見ている。犬に愛される女の子? なんだそれ……。
エルシャはそっと犬の頭を撫でた。
「ありがとうございました。危ないですから、近寄らないで下さいね」
犬は尻尾を振り、何も言わずに去っていく。
そのとき、川向こうの一軒家の門を開けるひとりの男がいた。
何の変哲もない、猫背の顔色の悪い男。
「ビリーくん」
落ち着いた声が、おれを呼んだ。
心臓が跳ねる。見つかった! いや……ずっと気づいていたのかも知れない。
「あれが、霧の爆弾魔ですよ」
橋の上の風が、さらに冷たく吹く。エルシャは振り向かずに言った。
「お願いがあります。西区八番街の詰所へ行って、ダグラスお父さんを、呼んで来てもらえますか?」