軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話 エルシャはちびっこ警邏隊員

皆さま、おはようございます。

日課の朝の散歩中の、エルシャ・グリーンフィールズ六歳です。

王都で一番大きな川の河川敷を、ヘンリーと一緒に歩きます。橋へ出ると、風が煤の匂いを運んできました。川靄の向こうで舟の汽笛が一つ鳴って、それを合図にして街が動きはじめます。

わたしは辺境の厳しくも美しい風景を愛していますが、人の営みが色濃く、大きな生き物のような王都も嫌いではありません。

ちょっと空気が悪いんですけどね。

散歩から帰ると、詰所に手紙と小包が届いていました。差出人は、牧場のソフィアさんです。

エルシャお嬢様へ

ハドソン先生ご夫妻とエルシャお嬢様のお写真、拝見しました。お嬢様のちびっ子ナース姿、大変お似合いでした。

ぜひ私も何か作って差し上げたいと思い、ついつい夜なべして、ミシンを踏んでしまいました。我ながら傑作で御座います。

着用した写真など、送って頂けたら嬉しいです。

手紙には何を作ってくれたのか、書いてありませんでした。

ワクワクしながら円筒形の小包みを開けると、子供サイズの警ら隊の制服一式が入っていました。

それはそれは見事な再現度で、本物と並べても遜色のない仕上がりです。サイズもわたしにピッタリ!

早速わたしは帽子を被って、詰所の廊下を行ったり来たりしました。出会った人にピッと敬礼します。

その姿を見た隊員たちが悪ノリを始めました。

「エルシャ、ちびっこいのに、やたら“それっぽい”……!」

「制服があれば完璧なのにな」

「いや、称号が先。称号!」

「『ちびっ子警ら隊員』……か?」

「やめろ、そんな可愛いのは犯罪だ!」

「なんだと? 正義だろう。警ら隊だけに!」

皆さんとわいわい言っているところへ、ダグラスさんが来ました。

「……お、似合ってるな。その帽子、どうしたんだ?」

「えへへ、ソフィアさんの手作りです。実は制服もあるんです」

「隊長、反応が普通過ぎる……」

「俺ら、大人げない……?」

ダグラスさんはフッと笑って、わたしに向かって敬礼してくれました。わたしも、コツンと 踵(かかと) を鳴らして敬礼を返します。

「制服も着たら見せてくれ。ソフィアさんの腕は一流だな」

「はい!」

ダグラスさんが行ってしまうと、また隊員の皆さんに囲まれました。

「エルシャ、制服もあるの?」

「見たい! 着て来て!」

もちろん了承しました。本当はわたしも全部着たかったのです。ちょっと気恥ずかしい気持ちがあったので、先に長帽子だけお披露目したのです。

制服一式に着替えて、ひとしきり隊員の皆さんと騒いだ後は、ダグラスさんの隊長室へと向かいます。

ヘンリーも“エルシャちゃん、群れの一員らしくなった!”と、褒めてくれました。

隊長室へ入ると、エバンスお父様がいました。打ち合わせが終わって、ひと休みしていたみたいです。

「エルシャくん、その格好は……」

エバンスお父様は、片眼鏡を外して目を揉みほぐし、改めて装着し直しています。

「その格好は……、見過ごせませんね」

あっ、もしかしてダメでした……?! 国家権力の行使を伴う警ら隊の制服は、偽造とかそういう……違反になる……?

「あっ、あの、詰所の中だけなので……!」

「詰所の中だけでは、もったいないですね……」

「えっ?」

エバンスお父様は、重々しく呟きました。

「この際、エルシャが詰所に常勤していることもおおやけにして、見習い、もしくは補助要員として申請しましょう」

じょ、常勤……。わたしはどちらかと言うと、非常勤なのでは……?

「もうしばらくしたら、エルシャの部屋が完成するしな。ついでにヘンリーの許可も取って来てくれ」

そんな許可が、下りるものなのでしょうか?

「任せて下さい。ふふ、腕が鳴ります!」

エバンスお父様は、トレードマークのシルクハットをくるりと回して、大股で隊長室を出て行きました。

翌日。

エバンスお父様の手には、一枚の書類がありました。

「ふははは! 許可、取れましたよ。今日からエルシャは『子供特別警ら隊員』です!」

「こどもとくべつ、けいらたいいん……」

厳(いかめ) しさと、ごっこ遊び感が絶妙に同居した名称ですね。あとエバンスお父様の笑い方が、悪役っぽいです。

「市民に警ら隊を身近に感じてもらうための、橋渡し的な役割です」

走馬灯の知識で言うところの――『一日駅長さん』みたいなものですかね?

「ヘンリーは“警ら犬”か……。そのまんまだな」

「エルシャとヘンリーのための経費も、もぎ取りました! ですが、給料は出ませんでした……」

しゅんと 萎(しぼ) んだ声で言うエバンスお父様ですが、わたし的には充分です!

「エルシャ・グリーンフィールズ、謹んで拝命致します!」

「わふっ!」

ヘンリーもシャッキリと背筋を伸ばして返事をしました。“任せて”と言っています。いえ、わかっていないですよね……。

ヘンリーのお返事が良いのは、いつものことなのです。あとでしっかり説明します。

「子供特別隊員の仕事は、迷子の聞き取り、警ら犬と一緒の道案内、落とし物及び拾得物の届出の補助、その他必要に応じて危険のない範囲で……。まあ、妥当なところだな」

ダグラスさんが、書類に目を通しながら言いました。

「エルシャ。これで君も我々と同じ“警ら隊”の看板を背負うことになる。法と秩序と正義の守人となり、自らを過信することなく、誇りをもって励め」

「はい!」

それは、警ら隊の入隊式で必ず新人に伝えられる言葉です。隊員の皆さんから、話には聞いていました。

まさか直接、名指しで言ってもらえるなんて……!

「それと……。これを渡しておく。使い方はピートに習うといい」

ダグラスさんがコトリと小さな笛を机の上に置きました。キラキラ光る、新品の“銀笛”です!

「えっ、いいんですか!?」

「ああ。銀笛が必要な危険な任務に関わらせるつもりはないが、持っていれば役に立つこともあるだろう。ヘンリーにも教えておいてくれ」

「はい!」

憧れの銀笛です! 以前ピートくんに借りて吹いた時は、スースーしか鳴りませんでしたが……。

「がんばって練習します!」

銀笛は現場で隊員同士が、合図として鳴らします。それは警ら隊の機密なのです。

だって、“現場に急行”とか“突入”なんていう合図が、悪い人に知れてしまったら困るどころではないのです。

そんな大事なものを渡されたら、張り切るしかありません!

「くれぐれも、危険なことに首を突っ込むなよ? 窓を割って二階へ突入なんて真似は、俺だってそうそうやらないんだからな?」

あっ、ダグラスさんの目が怖いです。アニーちゃんを保護した時の話ですね……。あの時のお説教は長かったです……。

ヘンリーの耳と尻尾もペタンと垂れていました。

「はい!」

「わふっ!」

「良い返事だ……。頼んだぞ」

ジト目で見られてしまいました。もしかして、わたしも『返事だけは良いな……』とか思われているんですかね? 不本意です!

ダグラスさんのことは、詰所にいる時は『ダグラスさん』、ダグラスさんのお家にいる時は『お父さん』と呼んでいます。

これからは、制服を着ている時は『隊長』と呼ぶことにします。ふふ、ダグラス隊長です!

三つも呼び方があってちょっと大変ですが、それがわたしを隊員として扱ってくれたことに対する、通すべき筋ですから!

* * *

「おおい、エルシャ。詰所の前に迷子が来てるぞ。対応してくれ」

副長のジョンソンさんに声をかけられました。連れて来られた男の子は、鼻を真っ赤にして泣いていました。

近くの公園で泣いていたところを、保護されたそうです。

「はい。どうぞ、こちらに座って下さい」

わたしが声をかけると、男の子は目を丸くして泣き止みました。

「おねえちゃん、けいらの人……?」

「そうですよ。子供特別警ら隊員のエルシャです。こちらは警ら犬のヘンリー」

「えっ、こどもも、わんこも、けいらたいいんになれるの?」

「運と実力とコネがあれば」

「こねってなあに?」

わたしが“子供特別警ら隊員”になったのは、運が三割実力が二割、コネが五割くらいの割合です。困りました……小さい子に誇れません……。

「あなたも警ら隊員になりたいですか?」

「ううん。ぼくはパン屋さんになるの。クリームパンをたくさん作るの」

「それは素敵ですね。あなたのお名前は?」

「リック、よんしゃい」

指を三本立てて言いました。きっと四歳になったばかりなんでしょうね。若干卒業しきれてないです。

「四歳のリックくん、お母さんの名前は言えますか?」

流れるように聞き取りに入れました。これなら実力を三割程度と見積もってもいいかも知れませんね!

リックくんはお母さんと買い物に来てはぐれてしまい、いつも来る公園に行ってみたところで保護されたようです。

ジョンソンさんが、買い物をしていたお店と、公園に行ってくれました。

その間、わたしとリックくんは、ホットミルクを飲みながら、クリームパンのお話をして待つことにしました。

リックくんは迎えに来てくれたお母さんと、上機嫌で帰って行きました。今度クリームパンを持って遊びに来てくれるそうです。

その後、初孫に会いに来た初老のご夫婦を、ヘンリーと一緒に道案内しました。

娘さんへのお土産の、薄い緑色のグースベリージャムをひとつもらってしまいました。

帰ってから紅茶に入れてみたら、甘酸っぱい香りが爽やかでした、底にとろりと残る実がたまらないと評判になり、詰所で引っ張りだこでした。

そんな風にして、ちびっ子警ら隊員としての仕事に慣れはじめたある日。

やんちゃそうな男の子が、キラキラ光る、その落とし物を持ち込んだのです。