軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第45話 ドアマット幼女、父との決別

皆さま、こんにちは。

エルシャ・グリーンウッド六歳です。

父が、わたしとの面会を受ける条件に出したのは、“わたしがひとりで来ること”でした。

弱虫で姑息な、あの人らしいですね。

エバンスさんが粘り強く交渉してくれましたが、わたしはその条件を受けることにしました。

大丈夫です、ヘンリーを連れていきます。

『ペットの犬なら一緒でも構わない』という了承をもらいました。

ヘンリーが、熊にも負けないわたしの相棒だということは内緒です。そんなことを教える筋合いはありません。

当日は、ソフィアさんがお直ししてくれた、母様の子供の頃のワンピースを着て行きます。ダグラスさんが買ってくれたブーツを履いて、エバンスさんにもらった帽子も被ります。

ダグラスさんは直前まで、門まで着いて行くとか、変装すれば大丈夫とか言っていましたが、最後は引いてくれました。

その代わり、長いことヘンリーに話しかけていました。こっそり聞いていたら『お前が守れ』とか『腕や足なら噛み付いてもいい』とか言っていて、笑ってしまいました。

* * *

グリーンウッド邸へは、エバンスさんが付き添ってくれます。たぶん父は警ら隊の人たちが怖いんでしょうね。

「エルシャくん、これが必要な書類です。必ず家章を押してもらって下さい。グリーンウッド邸では、何も口にしないこと。部屋に入って、エドワード氏以外の人間がいたら、すぐに退室して下さい。私は隣の控え室にいます。ヘンリー、くれぐれも、頼みましたよ」

「わふっ!」

何人もの人に、わたしのことを頼まれて、ヘンリーは鼻息が荒いです。落ち着いてと声をかけてから、ドアを開きます。

父は机に 片肘(ひじ) をついていました。部屋には他に誰も見当たりません。

わたしを見て、うんざりした顔をしています。何度も見た覚えのある顔です。そのあと、ヘンリーを見てぎょっとして言いました。

「なんだその大きな犬は! 聞いてないぞ!」

「大人しい犬です」

父と会話をするのは初めてです。こんな人でも話しかけて欲しくて仕方なかった頃もありました。今は嫌悪感しかありません。

「早速ですが、この書類にサインと家紋の封蝋をお願いします。後ほど、隣の部屋にいるエバンス取り調べ官が確認してくれます」

父の前に書類を二枚並べます。ヘンリーはわたしの足元から離れずに、ぴったりくっついています。

「なんだこれは……」

「わたしの、爵位の放棄と、グリーンウッド家からの離籍届けです」

「意味をわかっているのか?」

バカにしたような、皮肉気な顔で言いました。

「もちろんです」

「平民になるんだぞ? お前みたいな子供が、どうやって生きて行くつもりだ」

「ご心配は無用です。あなたと関わらずに生きて行くことがわたしの希望です」

「エルシャ……」

「……わたしの名前、知っていたんですね。グリーンウッド伯爵 代(・) 理(・) 」

父の顔が赤く染まりました。

「非常に不快なので、もう二度と呼ばないで下さい」

「父親に向かって、なんて言い草だ!」

「あなたが父親だったことは、わたしの記憶の限り、一度もありません」

「こ、このっ!」

父がガタンと椅子から立ち上がりました。

ヘンリーがわたしの前に進み出ました。身体を低くして、唸り声を上げます。

父が「ヒィィ」と言って、椅子に倒れ込みました。笑ってしまうほどにみっともないですね。

「もう、いいじゃないですか。サインして下さい。欲しかったんでしょう? ……妻を見殺しにしてまでも」

「お前……、誰にそんなことを吹き込まれたんだ?」

気味の悪いものでも見るような顔をしていますね。でも、このくらい言わせてもらいます。

「この家も、伯爵位も、あなたにあげるわ。わたしはいらないもの」

「つ、強がりを言いおって!」

大きな声で怒鳴りました。声が 掠(かす) れています。お酒の飲み過ぎですね、きっと。

ヘンリーがまた、唸り声を上げました。今度は『ガルルル』と喉も鳴らしています。

「脅すつもりか!」

「脅す? なぜ? わたしはあなたの希望を叶えるために来たのに。でも、ヘンリーもわたしも、あなたがとても嫌いなので三度目は飛びかかるかも知れませんね、わたしとヘンリーで」

父が慌てて引き出しを開けて、万年筆とグリーンウッド家の紋章印を取り出しました。二枚の書類に、読みもせずにサインをし、封蝋に印を押します。

「確認しなくていいんですか?」

「もういい! さっさとこれを持って出て行け!」

投げ捨てるように、書類を渡して来ます。わたしは床に落ちた二枚の書類を拾いました。

「では、失礼致します。母様と、おじい様、おばあ様の分まで、せいぜい長生きして下さいね。グリーンウッド伯爵」

わたしが捨てたものを、後生大事に抱きしめて、この寒々しい屋敷で長生きすればいい。

返事はありませんでした。ただ、椅子の肘掛けを握る指先が、真っ白になっているのが見えました。

控え室に戻ると、ドアのすぐ前にエバンスさんが立っていました。ヘンリーもクゥーンと鳴いて、足元に擦り寄って来ます。

「エルシャくん、大丈夫でしたか? 怒鳴り声が聞こえたので……!」

「ヘンリーが守ってくれました。これ……書類です」

父から受け取った二枚の書類を、エバンスさんに渡します。エバンスさんは、すぐに机の上に広げて、用意していた書類と見比べています。

「……ええ、大丈夫です。署名も紋章印も、正式なものです」

エバンスさんは書類を大切にしまって言いました。

「さあ、長居は無用ですよ」

* * *

「待ちなさいよ!」

玄関から出て行こうとするわたしに、声をかける人がいました。父の後妻のキャサリンです。

かつて『 義母(はは) 』と呼んだこともある、わたしの最後の 頸木(くびき) です。