作品タイトル不明
第188話 ありがとう
朝、目が覚める。
疲れたせいか、いつもの訓練の時間と比べ遅く起きてしまった。
今から訓練をするのは時間がないので諦め、食事を取るために食堂へと向かう。
いつもより静かな朝食を終えた後、今日はどう過ごすかと考えていると、セレスが話しかけて来た。
「一緒にお買い物へ行きませんか?」
「買い物?」
「食材を少し、気分転換次いでにいかがです?」
「……わかった、一緒に行くよ」
そう言って俺は外出の準備をする。
「アリシア、悪いけど……」
「はい、渚沙は私が見ていますのでお父様たちは気兼ねなくお買い物してきてくださいな」
「ありがとう」
屋敷から出て、俺の部屋から出る。
家から出るためには一度リビングからを通らなければならない。
この時間なら誰かしらいるだろう。
……不安だ。
一抹以上の不安を抱えながら俺は階段を下った。
◇
テレビも付けずに、私達は静寂の空間を共有する。
刻々と時間が過ぎていく中、私達の耳に足音が聞こえて来た。
お兄の足音だ。
リビングの扉が開き、お兄が顔を見せる。
私達は一様にそちらの方に注視する。
一日ぶりだというのに、なんだか顔が暗く見えた。
「……」
一瞬の静寂。
静謐と言えるそれはひどく冷たく感じた。
お兄は、合わせてくれた視線を外し、外へ出ようとする。
今を逃したらもう話が出来ない。そんな強い予感が私を襲う。
「――お兄!」
喉に引っかかる様に出た言葉はお兄の足を止めた。
「――あのね!その……」
上手く言葉が纏まらない。
でも、伝えなきゃ。
まるで絞り出すように言葉を紡いだ。
「――守ってくれて、ありがとう」
◇
その言葉は俺の心に染み渡った。
そんな陳腐な言葉でしか表現できないような感覚。
「――ッ、ぁ……」
足は止まり、膝を着く。
あの世界で掛けられた賛辞の言葉は数知れず。
「よくやった」「流石だ」「勇者とはまさに彼の事」
でも、その言葉はひどく刺さった。
「お、お兄?大丈夫?」
「大丈夫……大丈夫だ」
セレスが優しく俺の背中を撫でてくれる。
「……俺は、俺に出来ることをやっただけだから」
「それでも、ありがとう、お兄」
気恥ずかしいが素直にその言葉を受け取り、俺たちは買い物に出かける。
「……よかったですね」
「ああ。……ありがとうな、セレス」
「なにがですか?」
「なんでも」
うん、今日も平和だ。