軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第122話 人類未到の戦い③

── 『スキル重ね』。

それはレベルが格上の相手に対し、攻撃を通用させるため、古来からある原始的な方法だ。

できる限り同じ瞬間、同じ場所に、同じスキルを複数人で叩き込む。

方法はそれだけの単純なものだ。ただそれだけで同じスキルを別々に何度も打ち込むのとは、わけが違う威力が瞬間的に発揮される。実際に【振り下ろし】というスキルは、普通の木こりすら持っているものだ。それでもあの硬いバジャヴラの腕を切断するまでに至っている。

しかしその分、スキル重ねは相当きっちりと攻撃を合わせなければ、スキルの相乗効果が発動されないと言われている。方法の単純さとは裏腹に、かなりの技術と膨大な訓練が必要となる攻撃方法だ。同じスキルを持っていることも地味に難易度が高い。

だから引っ切りなしにパーティーの面子が入れ代わり個人色も強い冒険者には根付かなかったが、軍や騎士団といった均一的で安定した戦力が望まれる場所では、未だ採用して訓練をしている所も多い。

ぼとりと、腕が生々しい切断面を晒しながら地面へと落ちる。

軍からパーティーへ移ってきた三人が、強みを遺憾なく発揮し、見事な『スキル重ね』をきめた結果だ。

「よし──」

これでバジャヴラが魔法の属性を変えることは封じた。

加えて、手数と発動する魔法の数を減らせたのも大きい。

このまま腕をまた狙って戦力を削るにせよ、直接バジャヴラの命を狙うにせよ。これまでの戦いよりもずっと有利に物事を運べるだろう。

「GA……」

苦しそうな声を漏らすバジャヴラに、容赦なく全員で攻撃を畳み掛ける。何人かの攻撃は防がれるが、何人かの攻撃が防御の隙間を潜り抜けて傷を負わせる。かなり不利な状況に敵を追い込めている手応えがあった。

「GA……GAA……Glaa……GA」

断続的に漏れる苦しげな鳴き声。白い体毛の、赤く染まる面積が増えていく。それでも当然、手をとめることはない。逆にこの攻勢を無駄にすれば、今度はこちらが追い込まれかねない。そんな想像を強烈にさせる、終焉の大陸の魔物、独特の圧力があった。

さらにもう一本の腕を切り落とし、さらに状況は優勢へと傾く。

そんな時だった。

「GA、GAAAAAAAAAAAAAA──」

巨大な咆哮……いや。

というよりもそれは、悲鳴に近いものだった。

なりふり構わない叫び声のように、徐々に甲高い音へと変わっている。

「AAAAAAAAAAAAAAAA──A────A」

「……ぐっ」

その声は長く、しつこい。そして際限がないほど音が高くなるため、音波のようになり、耳に刺すような痛みが走った。それを我慢してでも攻撃を加えたかったが、流石に耐えられず耳を塞ぐ。一体何がしたいのだろうか、この魔物は。

『気をつけて、みんな!!』

そんな時、頭の中に鳴り響く声。

ちょうどいい頃合いで、シヴィラの通信魔法が届いたが、声色からはかなりの焦りが伝わる。

その理由は、続く言葉で即座に理解した。

『その魔物『詠唱』してるわ!!』

あぁ、そうなのだろうな。

言葉を耳に入れながら、同時に目でもその意味を理解していた。

大量の『煤』が視界を横切っていく。

それは腕の毛をバジャヴラ自身がすべて焼き尽くした証拠だ。

『詠唱』で発動した魔法は、そのためのもので──シヴィラの言葉が耳に届いたときにはもう、発動されていた。

そして新しい毛にあっという間に生え代わった今。

バジャヴラの腕はすべて『紫色』になっていた。

ここにきての、新しい色……。

しかし今更『何の魔法が発動されるのか』なんて、当たり前の問いかけをしている余裕はなかった。いますべきことは一つだけだ。

「奴に魔法を使わせるな! 攻撃を──」

言葉の途中で、ふと、異臭を感じる。

直後に視界が歪んだ。立ちくらみがして、ふらつく。

まずい……これは……。

なんとかその場を踏ん張り、バジャヴラから距離を取る。

──『退避よ!』

シヴィラの声を合図に、他の面子も同じように距離を取った。

「『毒』か……」

バジャヴラから離れ、起きたことを整理しながら回復薬を飲んで、忌々しく呟いた。

紫色の腕で発動する魔法は【毒魔法】のようだ。他の魔法であれば発動の予備動作で攻撃ができただろうに。発動のみでその場で充満し相手を害せる毒では、行動の速度で負けてしまっていた。

しかし不思議なのは魔法を発してるバジャヴラ自身も、毒の効果に苦しんでいるように見えることだ。口から咳をするように血を吐き出し、 自分もくらう毒の中、バジャヴラは微かに妙な動きをしようとしていた。

「遠距離攻撃で、畳み掛けるぞッ!」

どんなつもりなのかは理解できない。

ただあの魔物が、自分で自分を傷つけて終わりなんて、甘い結末を選ぶような敵ではない。それだけは明確だ。

だからこそ、追撃の手を緩めるつもりはなかった。

【天雷】を発動する。

仲間達もそれぞれ、使える遠距離攻撃を放っていた。

だが動きはバジャヴラの方が早い。

単純に向こうのほうが動きが小さいというのもある。

ただやはりやっていることはわけがわからなかった。

なぜか【毒魔法】を発動する紫色の腕。その手のひらをすべて、体に当てて添えているのだ。それは優しく自分の体を抱いているようにも見える。

その動きに妙な予感を覚える。

あの魔物に魔法を発動させてはならない……と。

そんな危機感をおそらく全員が抱いていた。

だが──間に合わなかった。

魔物の魔法は、人よりも発動が速い。

奇しくもそんな魔物の使う魔法の性質が、ここにきて状況を左右した。

その瞬間はやけに、時間が遅く感じ、出来事もゆっくりに見えた。

放った攻撃と攻撃の間から、バジャヴラが発動した魔法効果を目の当たりにする。

それは全身についた傷のすべてが、みるみると塞がっていく光景だった。

傷は塞がり、皮膚は再生し、毛は生え変わり。咲いたばかりの花のような艶を全身で帯びる。

これまでの戦闘による疲労も。自身を蝕んでいた毒も。すべて消えたかのように顔色が生気を取り戻す。

そして切り落とされてからずっと晒されていた『切断口』には、虫が群がり蠢くかのように──新しい『肉』が内側から盛り上がって生まれていた。

そこまで目にしたところで、突如魔物の姿を煙が覆った。

攻撃が魔物に着弾したには、少し早かった。どうやら毒が可燃性で、攻撃が魔物に当たる手前で毒に引火し爆発を起こしたようだ。

そんな煙の中へ、仲間の放った攻撃が吸われるように消えていく。

遠距離とはいえ、それぞれが持てる屈指の攻撃を放った。だから結果には、少しでも期待があっていいはずだ。

それなのにまるで誰も、期待が持てないかのように、重苦しく声を発さない。直前に見た光景と頭によぎる予感がちらついて仕方がないからだ。

一方で絶望の声も漏らさないことが、どこかに一縷の希望を持っているということでもあった。

どうかあの光景が何かの見間違いであってほしい……と。

最後に巨大な光が、轟音と共に煙の中に降り注ぐ。

【天雷】だ。バジャヴラ相手にも十分通用する魔法であることは、最初食らわせたときに証明している。今回もかなり手応えのある威力だ。

だがこの魔法を見ても、全員が口を開くことができなかった。

重々しい空気を、この魔法では振り払うことができなかった。

振り払えたのは魔物の周りに漂う『煙』だけだ。落雷の勢いで晴れるように掻き消える。

それすらもが──『絶望的事実』を白日の元へ晒すだけでしかない。

煙の中にいたバジャヴラは、岩を纏った『四本の腕』を甲羅のようにして、【天雷】から身を守っていた。しかしその『岩の腕』はどうやって変化させたのか。つい先ほどまで、それらの腕は【毒魔法】を放つ紫色の腕だったはず。またも『詠唱』をした、なんてことはあるはずがない。

当然自分で燃やして、変えたのだ。

切断口から生えてきた──『二本の赤い腕』で。

「GY゛AAA゛AAAAA゛AAAAAA゛aaaaaaaOOOOO゛OAAA──!!!!」

狂ったように『六本の腕』で乱暴に地面や自分の胸を叩きながら、咆哮が轟く。

まるで怒りをこの上なく表したような動きだった。あるいは自分の強さをひけらかし、できる限りにこちらを見下すかのような。

「『全快』……」

ようやく、現実を受け入れ、言葉を発する。

それがたとえ絶望に染まっていたとしても。

「【治癒魔法】なんて……そんな……」

これだけ戦ってきて、傷が全快するなんてことなってしまえば、否応無く打ちひしがれる。

練熟した【毒魔法】は、どこかで【治癒魔法】として使うことができるようになる。そんな眉唾めいた話は、噂で耳にしたことがあった。

しかし実際に目にしたことは一度もない。【毒魔法】自体が珍しい上に、熟練者ともなると出会うのすら稀有だ。それに【治癒魔法】として使えたところで、本来の【治癒魔法】を受ければ事足りる。もしかしたら【毒魔法】の可能性がある【治癒魔法】なんていうのは、身内でなければ好んで頼むこともないだろう。

そんな見聞の無さがここにきて響いたというのだろうか。

今更そんなこと言っても遅いのだろうが……。

「来るぞッ!」

失意に溺れ、呆然としている時間はない。そんなものは与えられないし、そもそもとして、必要としてはならない。そう戒めるかのように、状況が目まぐるしく動く。

これが終焉の大陸だというのだろうか。締め付けるように実感していた、大陸の厳しさ。それがいよいよ、痛みや苦しみの伴うところまできた感覚があった。

バジャヴラは、一本の腕をこちらに向けて魔力を貯めている。

「(ならば……何度でも付き合おう。例え振り出しからになろうとも……)」

徒労感を振り払うように、再び戦闘に望む。

だが振り出しといっても本当の意味での振り出しではない。戦い始めの時と状況は同じでも、条件は全く変わっている。

なのにどこか同じように現状を捉えていたのだろう。

そうでなければ、もっと早く、それに気づけたはずだった。

「待て……。あれは……」

バジャヴラが魔力を貯めている腕。

そこに違和感があり、注視をしてようやく気づく。

あれは──。

「『切り落としたバジャヴラの腕』だ!!」

バジャヴラが魔力を貯めていたのは、奴自身の一本の腕だと思っていた。しかしそうでない。いつの間にか地面に転がっていた腕を拾い上げ、そこに六本の腕すべてから魔力を流し、魔法を使おうとしていた。原始的な魔道具のようにだ。

今度ばかりは何をしたいか見当がつく。

単純に魔法を六本の腕から七本分で魔法を放てること。より魔力だけに集中して魔法を撃てること。何より自分の肉体の限界以上に魔力を込められることだ。

本来、体というものは自分の肉体の限界以上に、力が使えないようになっている。それは当然、魔力を扱う器官もそうだ。自分で自分を傷つけないため、生物としてあるべき制限。

だが体から切り離された『あの腕』には、その制限は当てはまらない。ただの『道具』として、一発放てば壊れてしまうほどの魔力も支障なく込められる。

つまり……思いつくすべての理由が『高い威力の魔法を放つ』という結論に、集約されていた。自分たちが向けられた魔法がどんなものか、それに全員が思い至り、緊張感が膨れ上がる。

……なんだ?

バジャヴラがなぜか、魔法を向けている場所をズラした。そのおかげでここにいるメンバーは魔法の照準からは外れたことになる。

しかし何故だ? 何かを狙っているのか……?

今にも魔法が発動しかねない腕は、それからも微妙にずれ続けている。明らかに目的があって動かしてるようだった。

「ッ!! 狙われているぞッ!」

その腕の先にいる人物が目に入り、声をあげる。

「──シヴィラ!!」

巻き添えを避けるため、味方と場所が被らないよう、一人移動していたのだろう。

しかしまさか魔法の矛先が、自分以外の全員を差し置いて、自分に追従して移動するとは思ってもいなかったはずだ。

なぜ急にシヴィラへ執着を──。

いや、それよりも……。

もう──魔法が。

「待っ……」

魔法が放たれる。

空に浮かぶ、世界を照らす眩い星をも彷彿とさせる、強烈な『光』。見ているだけで刺さるような痛みが目に走る。

その光は一直線にシヴィラの方へと突き進んだ。道中にいる魔物もすべて飲み込み、跡形もなく消して。赤い腕から放たれた【炎魔法】のはずだが、明らかにそんな次元に収まっていない威力だった。

結局、目に走る痛みに耐えながら見ていることしかできなかった。

【雷光追随】で移動するため【 光雷(こうらい) 】を放とうと魔力を貯めるも、あまりに行動が周回遅れだった。

シヴィラに魔法が襲いかかる光景を……ただ無力に、黙って……。

しかし魔法が当たる寸前、シヴィラと魔法の間に何かが割って入る。

──ホムラだ。

すかさずシヴィラを覆い、守る体勢をとっている。

さすがだ……。よく間に合ってくれた……。

ほっとしかけた直後、二人の姿が魔法に飲まれ息を呑む。【炎撃転換】で吸収できると分かっていても、ぞっとする光景だ。

すぐさま使えるようになった【光雷】を、二人のいた方向へ放ち移動する。

「【雷光追随】」

バジャヴラの放った魔法は、巨木を何本か焦がして倒しながら、はるか遠くへ消えて行った。二人の姿は元いた場所に残っている。そのことに安堵するが、遠目で状態が掴みきれない。再び魔力を練って魔法を発動する。【雷光】が二人のすぐそばまで達したとき、無事でいてくれと祈るように思いながら、【雷光追随】を発動した。

「ぐっあああああっ……がっ、あああああ!!!」

スキルの発動し一瞬で二人の側にまで来ると、途端に痛ましい絶叫が耳に届いた。

すぐさま二人を視界にいれる。

「ホムラ! シヴィラ!」

「い゛っ゛……あ゛あああぁぁぁあ!!!」

絶叫は、ホムラのあげてるものだった。

目を向けると、あまりにひどい状態だ。茹で上がったかのように全身が赤い。呼びかけに返事もできず、のたうち回っている。

【炎撃吸収】は効果を発動しなかったのか? いや、吸収できる許容量を超えてしまったのだろうか。初めての事態に確信がもてない。

ひとまず持っている『回復薬』を、ホムラの全身にふりかける。やけどの特効薬よりは効果が薄いだろうが、少しすればマシになるだろう。

「──シヴィ、ラ……」

シヴィラの方へ顔を向けて……言葉を失う。

あまりにひどい状態だった。装備に覆われたところは多少マシだが、それでも装備の金具や小物が溶けて歪んでいる。

そうでない部分があまりにもひどく、最悪な所では皮膚が焦げつき、煙が上がっていた。特に顔がひどく、装備を纏った腕で守っていたのか半分ほどは無事だとしても、守りきれなかった部分が見るに耐えないほど焼け爛れ、焦げ付いている。

もはや生きてるのかどうかすら、疑うほどの状態だった。

それでも微かに息が続いている。シヴィラはまだ、生きている。

「リーダー……」

遅れてきたユキハラがシヴィラに【治癒魔法】を使うものの、全く効く様子がなく、泣きそうな顔をしながらこちらをみて言った。

残りのメンバーも、不安そうな顔で集まっている。これからの方針と指示を待っていた。

「一度『部屋』に撤退する。だが、『奴』は──」

この状況で嬉々として追い討ちをかけてくるだろう敵。むしろ攻撃が続いていないのが不思議な魔物の方へ視線を向ける。

一応シーケットとヒリッジ、ビスケンが自己判断で魔物のところへ残っている。助かる判断だ。だがどうやら現在は戦闘が行われていないようだった。その理由は視線を向ければ、一目で理解できた。

「『魔素溜まり』か……」

ここにきて『災獣』の発生する、巨大魔素溜まりの発生。環境の変化に足を掬われないよう、全員が警戒し、硬直したように動いていない。バジャヴラもまだ魔物が発生していない魔素溜まりに、うねるような威嚇の声をあげている。

「環境は何に変わる?」

周囲を見回すが、未だ環境の変化らしきものは見当たらない。

そう思っていたが、すぐにじんわりと周囲の景色が白く霞み、視界の見晴らしが悪くなる。この環境の変化は……。

「──『霧』か……。ついているな。まさか災獣に助けられるとは思わなかったが……。この霧に乗じて、『部屋』までの撤退を行う。ゼウハウは矢で離れている三人に撤退の合図を出してくれ」

全員が頷き、行動に移る。

それから滞りなく、撤退は行えた。離れていた三人の回収も問題はなかった。いよいよ魔物が生まれる魔素溜まりに夢中で、バジャヴラもこちらに意識を払っていなかった。

なるべく慎重に、しかし素早く、負担をかけないようシヴィラとホムラを背負って運ぶ。途中で襲ってくる魔物もあしらって、戦闘を早く切り上げて終わらせた。

「すぐに横にしてください」

『部屋』に戻ると、すぐさま春に、最小限の言葉で指示される。

床には既に布が二人分敷かれており、そこにホムラとシヴィラを寝かせた。

「【ハイヒール】」

横にさせたシヴィラに、春が【治癒魔法】を発動する。

とてつもない効果に、かなり高いスキルレベルであることが容易に窺える。シヴィラの状態が、輪をかけて良くなるのがわかる。

「……すごい」

一度魔法をかけているユキハラが、感嘆するように呟く。

だが魔法をかけ終わった後に顔をあげた春の表情は、少し苦々しさが浮かぶものだった。

「これ以上は難しいようですね。完治までいければよかったのですが……」

そう言うものの先ほどの焼死体とも見分けがつかない状態から比べれば、かなりマシになった。確かにまだ痛々しく、ひどい全身火傷の状態という感じだが、ほんの少し顔色が人らしく戻っただけでも少なからずほっとする。

「場所を『治療室』に移します。錦。あなたはそちらの方の移動を。それとテレスト・ラタァラを呼んでください」

「了解した。我が長よ」

「あなた方はここでしばらく待機をお願いいたします。そんなに長い間離れるつもりはありません」

錦と呼ばれる怪しい執事を伴い、春は『治療室』とやらへ歩いて行った。

そしてシンと『部屋』が静まり返る。空気が重く、誰一人として声をあげない。

よくある敗走の直後の雰囲気だ。全員が似たようなことをきっと考えているのだろう。自分のレベルの低さ、未熟さ、至らなさ……。どれだけ考えたところで、取り返しなどつかず、答えが出るわけでもなければ、きりもないはずなのに。それでも考えてしまう。

意識を逸らそうと開かれた『ドア』へ視線を向けるも、霧で覆われた景色はまるで白い塗り壁を見ているみたいだ。おかげで気を紛らわせることもできなかった。

結局、沈黙が思考を呼び、思考が沈黙を呼ぶ。そんな悪循環をめぐらせるだけだった。

体感ではやたらと長く感じる時間だったが、本人が言っていた通り、春が帰ってきたのはすぐのことだった。

「ひとまず、二人とも命の危機は脱せたようです。男性の方に至っては【治癒魔法】で済んだので、すぐに目を覚ますでしょう。ただ女性の治り具合に関しては何とも言えないようですね。薬の効き具合によって、どこまで回復できるか、完治までの期間。色々と左右されるようです」

その言葉にようやく場の雰囲気が少しだけ和らぐ。なんとか一つでも重りをおろせたかのようだ。

やはり仲間の無事は、何よりもの吉報だ。

「……春殿。ただでさえこちらの我儘で振り回しているところ、あまつさえ治療を施してもらえ、仲間の命を救っていただき、心から感謝を述べさせてほしい。本当に……仲間を救ってくれてありがとう」

「いえ、お気になさらず。確かに我儘で振り回されてるのは事実ですが」

「はは……手厳しいな」

そこで一度、会話が途切れる。

春は不思議そうに周囲を軽く見まわし、何かを感じ取ったのか再び口を開いた。

「約束通り逃げる判断をしたこと。また実際に逃げ切れたことは、賞賛に値するでしょう」

淡々とした口調だ。だがどこか優しげにも感じる声で言った。

「それに戦いぶりも上出来と言えるのではないでしょうか。少なくともこちらの想定より戦えていると思います。想定外といっていいでしょう。もちろん、良い方にです」

……どうやら気を使われてしまったようだ。

自重気味に笑いながら、顔を上げる。周りの仲間たちも、少し気を持ち直しているようだ。

「春殿。あの魔物は、終焉の大陸ではどれくらいの魔物なのだろうか?」

確かに落ち込んでばかりいても仕方がない。

とりあえずここは有益な情報でも得ようかと、春に疑問を投げてみる。

「どれくらい……ですか……」

しかし尋ねられた言葉に、春は顎に手を当てて思い悩んでいた。少し、難しい質問だっただろうか。

「私は他の大陸の情報や活動経験を持ち合わせていません。申し訳ありませんが、それを他の大陸と比較したようなわかりやすい具体的な基準で、申し上げることはできないでしょう」

それならば答えられないだろうと、諦めようとしたとき、逆に質問が投げかけられる。

「……皆様の故郷では、どんな魔物が、一番身近な魔物だったのでしょうか?」

その質問に、仲間同士で考えるように顔を合わせる。

どういう意図の質問かはわからないが、きっと他大陸に興味があるだろう。終焉の大陸しか知らないようだから、それも当然の話だ。

そう思い、ウェイドリックから口を開く。

「私たちのパーティーは半数近くがほぼ同じ地域の出身なのだが、私のところでは無難にゴブリンがそこやかしこにいたな」

「バガスがぎょうさんおったわい。たまにガバスが紛れてて、いい小遣いになったりの。ガハハ!」

「俺ん所じゃ下水道にピクートって魔物がうじゃうじゃ居ついてて、駆け出しの頃は死ぬほど駆除して回ったぜ。もう見たくねぇなぁ〜」

興味深そうに頷きながら、春は話に耳を傾ける。

そして聞き終えると、なんてことのないように言った。

「では、それらの魔物と同じくらいだと思っていただければと思います」

「「「…………」」」

全員が押し黙る。

まさかそう返されるとは思わず、不意打ちをくらったような気分だ。

それに自分たちで具体的な例を挙げていった分、よりわかりやすく実感できてしまうのが、なんとも心境を微妙なものにさせた。

「それはとても『普遍的』ということだろうか?」

春が頷く。

あれほどの魔物が、ありふれた魔物……。

分かりやすく想像もつきやすい。なのにどうしてだか、事実である実感がもてない。いや、持とうとしていない。

おそらく、心のどこかで思っているのだ。苦戦した強敵には強敵であって欲しいと。

だから受け入れ難い。あのバジャヴラがこの大陸では、ゴブリンや下水道に蔓延る敵と同じだなんて事実が。

──『GLAAAAAAAAA!!』

開かれた『ドア』の外で咆哮が響く。

視線を向けると同時に、ぶわりと濃い霧が晴れた。暴力的な咆哮と風の魔法が、無理やり霧を晴らした。

それでもしつこく発生する霧と吹き荒れる風が、せめぎあうように渦を巻いている。そのせいでうっすらと 靄(もや) のかかる視界の中、バジャヴラと災獣の戦いへ食い入るように視線を向けた。あの濃い霧の中で戦闘の口火は、すでに切られていたようだ。

霧の災獣は『2800レベル』台だとユキハラが言った。バジャヴラよりも高い。

災獣は人工物のような多面体の姿をしており、綺麗な鏡みたいな外殻に全身が覆われ、翼がないにも関わらず宙を浮いている。あまり生物に見えない、奇妙な魔物だ。

鏡のような外殻には魔法を反射する効果があるようで、バジャヴラの魔法や自分の魔法を反射して相手に命中させている。

怒り狂ったバジャヴラが本体に殴りかかり、バキバキと音が鳴って表面がひび割れるものの、すぐに外殻を再生しながら浮いて逃げている。周囲には、飛び散った外殻の破片が地面に落ちず空中を漂っていて、災獣はそれを遠隔で操り魔法を反射するのに利用していた。魔法が効かず、多角的に不意をついてくる相手にバジャヴラもやりづらそうだ。発生したばかりだというのに、随分強かで、隙のない魔物だ。

「あれって……」

「そういえば、もう一本の腕を落としてたな……」

バジャブラは切り落とされた自分自身の腕を持っていた。

直前の記憶が蘇り、自然と苦々しい声になる。

どうやら魔法が効かなくても力押ししてやろうという魂胆みたいだ。どちらが勝るのかは興味あるが……。

すぐさまバジャヴラが、躊躇もなく七本の腕を使って魔法を放つ。

最高火力の魔法と、それを反射する魔物。勝者はあっさりと決まった。魔法を反射する魔物だ。高火力の一撃があらゆる方向に乱反射し、宙に浮かぶいくつもの破片となった外殻を伝って、バジャヴラ自身に戻り降り注ぐ。

自分が放った魔法ながら、さすがにたまらないのか。バジャヴラから悲鳴のような声が漏れて周囲に響く。

「さすがに相性が悪そうだな……」

そう呟いた、直後だった。

再び濃くなろうとする霧の中から、バジャヴラが現れ、災獣を真上から猛打した。素手の攻撃は効いていなかったはずだが、あそこまで強く猛打できる物などあっただろうか。そう疑問に思いつつも、その尋常じゃない衝撃は浮いていた霧の魔物を地面へ叩き落とした。

すぐさま馬乗りになったバジャヴラは災獣の外殻を殴りつけた。多腕の本領を発揮し、何度も何度も途切れることなく。再生した途端に割られて宙を漂う外殻の量が、殴打の激しさを物語っている。

やがて外殻の再生よりも拳が上回ったのか、拳は外殻の内側へと到達した。

その瞬間バジャヴラは拳から魔法を発動する。そこには当然、もう厄介な魔法を反射する外殻などありはしない。

『────────』

甲高い悲鳴が鳴り響く。災獣の外殻の隙間から、ダラダラと血液が溢れ出した。狙いをつけずめちゃくちゃに放たれる魔法が、まるで手足をじたばたさせてもがく姿のようだ。

その間もバジャヴラの猛攻は止まらず、何度も魔法を同じように放つ。やがて災獣から魔法が途切れた瞬間、宙に浮いていた外殻がガラガラと音をたてて地面に落ちた。

霧の災獣が、息絶えた瞬間だった。

「……………………」

余韻のように、主人を失った霧が漂っている。

勝者であるバジャヴラは、これまでのように咆哮をあげて誇示するわけでもなく、傷だらけの姿で静かに佇んでいた。

あまりの尋常じゃない戦いに、言葉を失いながらもその姿から目が離せなかった。

特にバジャヴラの手に握られたものへ、自然と視線が向かう。それは災獣を地面に叩き落とすため、棍棒のようにして振るわれたものだ。

本来はそんな急に、都合よく、武器にできるものなどあるはずなかった。

それでも無理やり揃えた。必要だったから。自分の身体からむしりとって、それを調達したのだ。

バジャヴラは岩を纏った自分の腕をひきちぎり、それを振って叩き落とした。腕がなくなった場所では、斬った時よりも雑な傷から血が溢れ続けている。

この事実に気づいたとき、背筋に寒気が走った。

そして今もまた、同じような寒気を感じている。

それは佇むバジャヴラが不思議なことに、なぜかこちらを向いていて、その目と合ってしまったからだ。

ズサ。

「…………?」

足元で音が鳴る。視線を向けると、自分の足が一歩分、後ろに下がっている。

それは意識した動きではなく、無意識なもの。

……もしかして、臆しているのか?

必要があれば自らの腕を引きちぎり武器にする、あの狂ってるとすら思える命の輝きのように。

こちらに向けられた──『無機質な瞳』を。

「(こんな魔物が、『どこにでもいる魔物』……)」

──こちらの想定より戦えていると思います。

春の言った言葉は、果たして本当のことなのだろうか。

冷静に考えれば、それはただ想定があまりにも低かっただけではないのか。

逃げるときバジャヴラがこちらに目もくれていなかったのは、結局取るに足る存在ではなかったからではないのか。

ふつふつと、募る不安。湧き出る疑念。

……俺たちは、この大陸で本当に。

ふと、視線を感じて、『ドア』から目を逸らす。

そして視線の方へ目を向け、思わず息を呑んだ。

こちらに視線を向けていたのは『態度の悪いメイド』の少女だった。決して前のように悪態をつくわけでもない。静かに座り、ただ真っ直ぐにじっとこちらを見ているだけ。それなのに、感じる圧力は前の比ではない。

バジャヴラと同じ『無機質な瞳』に、ただ気圧される。

果たして、どのような意図があるのだろう。

こんなものかと呆れているのか、見合わない実力の場所から失せてほしいのか、醜態をやきつけようとしているのか。あるいはただ単に気に食わないだけなのか。結局それは分かりようのないことだった。

しかしその瞳はバジャヴラと同時に、あの黒いゴブリンをも彷彿とさせる。ゴブリン達に大口を叩いた時からみれば、今の自分たちはなんと情けないことだろう。

徐々に少女の視線の圧力に飲まれ、動揺し、冷たい汗が頬を伝う。

もしかしたら……。

「(もしかしたら想像よりもずっと、大きな岐路に立っているんじゃないか。俺は……俺たちは)」

この終焉の大陸で──やっていけるかどうかの。大きな境に……。

「……使用人に行かせましょう。少々厄介そうですので、念の為──」

外を同じように眺め、何かの思案を巡らせていた春は、決断を確認するように一人呟く。

気づけばそこに割って入り、口を挟んでいた。

「私たちに、やらせてほしい」

「……なんですか?」

「もう一度、奴と戦う機会を与えていただきたい」

「正気でしょうか」

春の目が疑念に染まり、鋭くなる。

さりげなく『ドア』を塞ぐように立っている位置を数歩分、移動していた。

「災獣はいなくなり、最初にされた条件は満たしていない。問題はないのではないか?」

「既に二人の被害が出て、始めの時とは状況が異なっています。そもそも万全な状態で戦いを挑み勝てなかった敵に、人数を欠いて不利が決定づけられた状況で、再戦の許可が出ると思っている方が不思議です」

「…………」

「それに得る物は十分得たはずでしょう。終焉の大陸のこと、それに対するあなた方の立ち位置。情報としても十分有用で貴重なものです。その代償は払うことになりましたが、言い方は悪いですが、『安く』済んだと私は考えています。もっとひどくなる可能性はいくらでもありました。それでも犠牲者だけは出さずに済んでいます。これ以上はリスクだけが高く、得る物は少ない、蛇足です。必要性がないことをするのは──『愚か』なことです」

あまりにも正論だった。愚かだというのもその通りだろう。

しかし自分たちは未知を行く冒険者だ。

自らの愚かさも、正論も。歯牙にかけず進めないようなら、未知などには到底挑んでいられない。

「春殿はなぜ、我々がここへ来ることを受け入れた?」

唐突な疑問に、表情を少し怪訝なものに変えながらも春は答えた。

「あなた方が来られることを希望したからです。あえて加えるとすれば、それもサイセへの配慮にしかすぎません」

「だがそれでも強引に断ることもできたはずだ。むしろそうした方がよかっただろう。この場所が他人に無闇に伝えるよりも秘めるべき場所であることは、知れば知るほど理解できる。それでも受け入れたのは、危険性以上に何かを我々に求めている、あるいは期待している。そんな目的が、他にあるからではないのか?」

「それは今のあなた方には、述べる必要がありません」

ウェイドリックは頷く。今の段階で、それを教えられるとは思っていなかった。

「そうか。しかしおそらくだが、春殿。あの魔物と戦いきれなかった私たちは、春殿の想像よりも使い物にならないと思うぞ。それに使えるようになるまでもきっと長い時間がかかるはずだ」

「……それはなぜでしょうか」

「なぜ、というほどの話でもない。それが『弱者』というものだ。未知や格上に挑むなら、危険性や代償なんてものは常につき纏う。特に種族として屈指の脆弱さを誇る我々人間からしてみれば、こんなのは宿命のようなものだ。だからこそ分かるが、おそらくこれは今だろうが後だろうが関係なく、いつか渡る必要のある橋であり、唯一私たちにできることは『挑み続ける』ことだけだ」

「…………」

「この場所を築き上げた人物も、おそらく私たちと同じだったのではないか? これだけの環境と危険性。決して安全第一で無難な選択の連続……なんて風にはいかなかったはずだ」

思案を巡らせていた春が、その言葉を聞いて少しだけ体が揺れた。

感情の読めない視線がこちらに向けられる。

「私の故郷にはこんな言葉がある──『試練を越えし者に祝福を』、と」

あの弱ったバジャヴラすらどうにかできないようでは、先はない。

おそらく次に同じレベルの別の魔物と、再び万全な状態から戦ったとしても、勝てる確率は今よりも低いように思える。

勝負所はもう、ここしかなかった。

「この『試練』を……。どうか私たちに、最後まで全うさせてほしい」

そうして数秒視線を交わした後。

ため息をついた春は、『ドア』の前を空けるようにそっと場所をずらした。

再び外へ出る前に、準備を整える。

バジャヴラは『ドア』から見える範囲で、別の魔物と戦い続けていた。そんな最中にこちらだけが態勢を整えるというのも卑怯じみているが、だからといってこの優位性を捨てる気にはなれない。そこまでできるほど自分たちの力を過信する気にもなれず、正々堂々の勝負を求めているわけでもないからだ。

「リーダー」

声をかけられ視線を向けると、ホムラが立っていた。

「まだいける。問題がないなら、俺も行かせて欲しい」

「大丈夫そうなのか?」

ホムラは頷く。確かに見た目は問題がなさそうだった。

それなら当然断る理由などない。むしろ来いと命令したいくらいなため、許可を出す。

「無様な姿を見せた」

「間に合ったのはホムラだけだ。俺たちに言われても感謝しか返せる言葉はないさ。よくやってくれた」

「そうか……。それなら、良かった。それと彼女も話があるらしい」

そう言って背後を見せるようにホムラが身を避ける。

そこには錦という怪しげな執事がおり、そんな彼の腕の中で横になったシヴィラがいた。

「シヴィラ……。生きていたのは本当によかったが、さすがにこの状態のお前は、連れて行かせてはやれない。まだ寝てなくてはダメだ」

布と包帯でほぼ体全体を覆い、体に力も入っていなさそうなシヴィラに告げる。するとシヴィラは困ったように笑った。かろうじて包帯に覆われていない片目しか見えないものの、付き合いの長さで表情程度なら読み取れるものだ。

「ユキハラに……魔法を渡しに来たの。必要でしょ?」

「あぁ。確かに、それは助かる」

呼ばれて側にやってきたユキハラが、弱々しく伸ばされるシヴィラの手を掴む。

「【模倣魔法】」

繋がれた手がぼんやりと光り、【ユニークスキル】が発動された。

これでユキハラは一時的にシヴィラの持っているユニーク魔法の【通信魔法】を使うことができる。連携の精度を落とさずに戦い抜くことができるだろう。

「みんなは任せて、シヴィ」

ユキハラの言葉に、シヴィラが頷く。

だが直後に見えている瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。それはすぐ、包帯に吸われて見えなくなる。

「一緒に……戦い抜きたかった……。足を引っ張って、ごめんなさい。健闘を祈ってるわ」

そんなシヴィラの言葉に必ず勝ってくると答え、再び『ドア』の外へと踏み出した。

──再戦。

そうは言っても、もはや隠していた攻撃や秘めていた切り札なんてものはない。おそらくバジャヴラもだ。手札は互いにすでにみせきっていて、戦況はただ全力で戦う総力戦、あるいは消耗戦の様相を呈していた。

それに周囲にいる別の魔物たちも入り乱れ、混戦にもなっている。今までバジャヴラに敵意が集中し戦いに集中できていたが、その時の魔物はすでに一掃されてしまったようで、一周して最初のような状態に戻っている。

そのため他の魔物への対応が、多少は必要だ。

だからこそ逆に。

『左、攻撃注意』

シヴィラよりも端的で、淡々とした通信が届く。

ユキハラが役割を引き継いだことは、より大きな価値を持つようになった。すべてを補助できるわけではない。しかし致命的になりかねない不意打ちや、気が散りすぎて目の前の魔物に集中できないことを、幾分か緩和できている。

「…………くっ」

それでも攻撃が体を掠める。

あまりの魔物の数に押され、攻撃を捌ききれないこともある。

あるいは疲れが出始めているのだろうか。

しんどさ、辛さ、苦しさ。そういったものが、動作のたびにいちいちのしかかる。しかし忍び寄る死の気配に追い立てられ、体を必死に動かした。そんなのは無理やり、体を動かされてるようなものだ。

「しッ!」

魔物を斬り殺す。

だが不思議なことに体のキレは悪くはない。余計な思考や、無駄な体の動き、必要のない感情が削ぎ落とされていく感覚がある。

生き残ること──今あるのはそれだけだ。

ただそれだけを目的に、自分の全てが整えられていく。それがとても不思議だった。終焉の大陸だからこその感覚だろうか。なんにせよ自然に飲まれ、一体となったような気分の中、ただただ原初的な闘争を続けた。

視界を一瞬、端に向ける。

そこでは仲間達も、全てを振り絞ってバジャヴラと戦っていた。

「オラッ! ははっ! 魔法スキルのない俺でもこれなら魔法が撃ち放題だぜ!!」

ヒリッジが切り落とされた腕を使い、炎の魔法を撃っている。

さらにその先では、岩を纏った別の腕をビスケンが振り回していた。

どうせ切り落としたものを使われるくらいならば、こちらが先に使ってしまおうという魂胆だ。意外にも作戦はうまくはまっている。切り落とすまでが難しいがマルベやゼウハウらの援護射撃にシーケットの近接火力とが連携し、じわじわと腕を切り落とすまでに至っている。

そしてようやく──戦いに光明の兆しが見え始めた。

バジャヴラに腕を治す様子が見られないことだ。

それに大規模な魔法を使う頻度も、明らかに減っている。

それは無尽蔵とも思えた魔力が、ここにきて尽きかけていることの兆候だった。災獣のように強くとも、使ってる力は災獣と同じではない。魔力を消費する、れっきとした魔法だ。消費をすればいつか終わりは訪れる。

はったりの可能性もあるため油断はできないが、自分の戦力を削りすぎているため見立てには自信がある。あれでは利益よりも危険性の方が高いからだ。

そう現状の判断していると、バジャヴラに動きがあった。よく見なければ見逃しかねない、微かな動き。

【土魔法】の腕の先に、小さな石の弾を一つ作っている。戦闘に紛れかなりさりげなく、目立たずにしているものの、注視してみればかなり強い魔力を感じる。それにどうやら今も魔力を込めつづけている様子だ。

その魔法を『標的』に向け、細かく照準を合わせ続けている。魔力が溜まればすぐにでも放つつもりだ。そうなればかなりの威力に為す術もなく貫かれるだろう。

「(──来た)」

ずっとしこりのように、疑問が残っていた。

シヴィラはなぜ標的にされたのか。

おそらく考えてみれば、単純な話だ。

これだけ魔法に長けた魔物が、『魔力感知』に不得手なわけがない。【通信魔法】の魔力を感知し、シヴィラが連携の核であることを見破っていたなら、すべてに説明がつく。

今この瞬間『ユキハラ』に照準を合わせていることも。

いずれこの時が訪れる。

そう思い、遠目で様子を窺い続けた。この危機を絶好な逆転の機会とするために。

いつでも使えるよう準備していた魔法をバジャヴラへ向けて放つ。

「【光──!?」

魔法を発動する直前だった。

地面から急に迫り上がってきた高い岩の壁によって、バジャヴラの姿が遮られて見えなくなる。別の腕で発動した【土魔法】によって、邪魔をされた。

読まれたのか……!?

「くっ……【光雷】ッ!」

もはや苦し紛れに、【雷光魔法】を放つ──。

岩の壁に身を隠し、バジャヴラは魔法に魔力をこめる。

そもそもここまで追い詰められたことが、あまり理解ができなかった。有象無象にいる他の魔物と比較しても、決して突出しているわけでもなく、なんなら見劣りするほどの強さの敵。群れてはいるものの数も中途半端で、分裂して雪崩のように襲いかかってくるわけでも、擬態して巨大な魔物のように振る舞うわけでもない。

それなのに妙に手強く厄介な理由。それは一匹が『要』として動いているからだ。まずその敵を処理する必要がある。その『要』から魔力が飛ぶたびに、狙っていた攻撃がうまくいかなくなる。

魔力が見える瞳のおかげで、早いうちからそのことに気がつけた。

今、離れた所から魔法を準備して虎視眈々と狙ってきている敵がいることもだ。妙な方法で瞬間的に移動してくる敵だ。

だがその敵の対処は既に済んだ。魔法を近くに撃たせなければ移動してこないことはわかっている。

あとはこの【土魔法】で作った弾丸に魔力を込めきって放てば『要』の排除も済む。今すぐ魔法を放ってもいいが、もう少し魔力をこめれば目で捉えられないほどの速さで、どんな敵をも貫く弾丸となる。避けたり防がれるする場合があるよりも、ほんのあと数秒でそうなるなら、そちらのほうが確実だ。

──バチ、バチ。

「?」

手元に静電気のような、小さな電気が流れる。

それに一瞬不思議に思った直後、声が耳に届いた。

「──『魔法は奪える』というのは、こっちの大陸では常識なのか?」

いつの間にか腕の上に、遠くで魔法を放とうとしていた敵が、立っていた。

理解ができなかった。魔法は遮った。一体どうやってここまで魔法をとどかせたのか。なけなしの魔力で作った高い壁が、頭上からの侵入も許さないはずだった。

「魔力で覆いやすい『小ささ』、込められた魔力による『威力の高さ』。魔力が少なくなれば、効率を考えて、こんな魔法を使ってくれると思っていたんだ。奪うのに都合のいい魔法を使ってくれるとな」

そこで弾丸の魔法が、敵の魔力に覆われていくことに気がついた。男が唐突に現れたことに思考を使ってしまい気づくのが遅れた。魔力が見える瞳があるというのに。

慌てて魔力を操作して主導権を取り戻そうとする。

「多彩さはシヴィラに、威力はマルベに劣ってはいるが……器用さは負けていない自信がある。意外か?」

魔法の主導権が取り戻せない。

ならばいっそ、このまま撃ってしまおうとするも、それすらもできなくなっていた。

もはやヤケクソのように、腕に乗っている男に向けて殴りかかる。

しかし間に合うわけがなかった。

自分でそう仕上げたのだ。『目で捉えられないほどの速さで、どんな敵をも貫く弾丸』を……と。

「俺は……これが自分たちの実力で掴んだ勝利だとは思わない。それでも勝つぞ。この大陸での夢への一歩を、歩み続けるために……」

弾丸が放たれる。

進む方向は、本来の想定とは真逆だ。敵に向かって離れるはずのそれは、急激な勢いで迫ってきていた。

咄嗟に腕で守ろうとするも紙のように貫かれ、全く意味をなさない。

やがて弾丸が顔にまで到達し、衝撃で目玉が吹き飛ぶ。

その目玉は、少し離れた場所にいる敵の仲間を見つけた。

敵の仲間は少し前まで存在していた『霧の災獣』の外殻の破片を持っている。

あれだ──あれを咄嗟に利用して魔法を反射させ、ここまで魔法を届けた。

ようやく種を明らかにできた。

しかし弾丸が頭部を既に貫通して事切れた命に、もはやそんな答えなんてものは、関係のないことだった。

ずしん、と。バジャヴラの大きな体が地面に倒れる。

ようやくやれたか……。達成感よりも、途轍もない疲労感に思わず地面に膝をつく。

だがここは、状況や感慨なんてものを推し量ってくれるような、親切な大陸ではない。

死体の奥から魔物の気配を感じる。

それどころか既に周囲を取り囲まれているようだ。

「息つく暇もないな……」

再び戦闘の体勢を取る。同時に、死体の上に魔物が飛び乗ってきた。

魔物はこちらにむけて威嚇をしている。今にも飛びかかってきそうな様子に、迎えうてるように身構えた。

だが次の瞬間、横から現れた影が魔物を薙ぎ倒す。

代わりに死体の上に立っていたのは、あの『黒い紋様』を片腕にいれたゴブリンだった。

ゴブリンは自分が薙ぎ倒した魔物を一瞥し、こちらに一瞬視線を向けて言った。

「……なかなかやるな」

そう言い残して、黒い紋様のゴブリンは死体から飛び降りる。別の魔物の所へ戦闘しに向かったようだ。

気づけば取り囲んでいた魔物も戦闘状態だ。『ドア』から一斉に出てきていたゴブリンたちが魔物と戦っている。

思わず口角が上がるのを感じる。

不思議なことに黒いゴブリンのたった一言だけで疲れが吹き飛んだような気分になっていた。

「いいや、まだまださ」

そうしてゴブリンに混じるように、戦闘へと参加する。

パーティーの仲間達がそれに続くまで、そう長い時間はかからなかった。

そんな様子を、少し離れた『ドア』から見ていた春は呟く。

「思っているよりも戦えるようですね。『1000レベル』より高い人を『超人』と持て囃している、なんて聞いたときは、どうなることかと思いましたが……」

その言葉を聞いて、近くにいた錦はこくりと頷く。

そして近くにいたもう一人の使用人に、声をかけた。

「君も、少しは認識を改めるしか、ないのではないかね? まさかあれだけのレベル差を覆せるとは、はなから思ってはいなかっただろう」

「ちっ……」

錦の言葉を受けて『態度の悪い少女の使用人』は舌打ちをし、意地を張るように視線を逸らした。

だがやはり気になるのか、再び『外』へと視線を向ける。そしてたっぷりと沈黙したあと、一言だけ、ぽつりとつぶやいた。

「……ほんの少しだけならな」