軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第121話 人類未到の戦い②

背後から響き渡る咆哮によって、『ドア』を挟んだウェイドリックと春の会話が途切れる。

ウェイドリックは即座に振り返り、仲間の様子を目に入れた。

特に変わりはなく問題はなさそうだ。

続けて咆哮の元である魔物を探るが、簡単に見つけられた。まるで災獣のように、強烈な存在感で浮いてみえた。

その魔物は頭上におり、太い木の枝に、巨大ながらも身軽そうな体でぶら下がっている。

まるで白い毛に覆われた巨人のように一見すると人と似た体躯をしていた。だがよく見れば腕の数が人よりも二対ほど多い。

「多腕の、巨大な猿のような魔物ですね」

その魔物は、威嚇する声をもう一度上げて礫らしきものを地上へと投げつけていた。地上では先ほど倒した魔物の死骸を解体し、『ドア』へ運び入れるといった処理を行なっているところだったが、その作業をしていたゴブリンや仲間達が蜘蛛の子を散らすように撤退している。地上に出ていた死骸はすでに作業を粗方終えていたものの、地中部分には死骸がまだ大量に残っている。しかしそれに執着して欲をかくよりかは、一旦撤退を選ぶという仲間達の判断は正しく思えた。

地中に埋まった死骸の周りから人気がなくなったのを見て、頭上にいた魔物は身軽に地上へと降り立ちその場所を陣取り始めた。どうやらあの死骸を目当てに現れた魔物のようだ。肉をむしり、腕から【炎魔法】で出した火を使って肉を炙って食べている。

魔法、か……。

災獣ではないが強力そうなその魔物は、魔法を駆使するようだ。全身が白い毛で覆われているものの、六本ある腕の体毛部分だけ『赤色』なのは、腕が魔法を使う器官であり【炎魔法】を得意とするからだろう。

「『バジャヴラ』という名前の魔物のようですね。レベルは『2400』台」

手持ち無沙汰になって周りに集まってきていた仲間達が、春の言葉を聞いてざわつく。そして同じく【鑑定】持ちのユキハラへ一斉に視線が集中するが、ユキハラは緊張したように頷くだけだった。いよいよ竜王をも超越するレベルに、固唾を飲む。

「ああいった手合いの魔物は、どのように対処をしているのだろうか?」

「無論、『討伐』します」

魔物は食事に夢中で、こちらに意識を払ってる様子はないため、聞きたかったことを尋ねる。返ってきた答えは単純明快だった。付け加えて、ああいう手合いが居座って邪魔になる可能性が高く、逃せば強くなって戻ってくることもあるため、最も厄介らしい。しっかりと始末をつける必要があると春は言った。

「そうか……。了解した。確実に成し遂げてみせる。任せてくれ」

「……一応、忠告をしておきますが」

「まだ『条件』は満たされていない。そうだろう? 春殿」

何が言いたいかは、聞かずとも分かる。そのため先んじてそう答えた。

「…………」

呆れたように息を吐き出し、返事が返ってこない春に背を向ける。

そして仲間と相談をしながら『バジャヴラ』のいる方向へ歩を進めた。

「あの魔物。ほんの少しだけど、軽い『流れ』だろうに。あーあ……死んだな、あいつら……」

春の背後で、使用人の少女が誰に訊かせるでもなく、そう呟いたことも知らずに。

巨大な魔物が、側で食事をしていた。

この魔物が難敵であることは明白だ。

全くといっていいほど、こちらに意識を向けていない。それだけ相手にされていないのだ。なのにこちら側は、この魔物を認識してからというもの気が休まる時がない。先ほどの立ち話の間もずっとそうだ。側にいて、自由にされるだけで、無条件にそうなってしまう。『2400』というレベルの高さは、それほどだということだ。

ひとまず、この様子なら不意に先制攻撃くらいならばできるだろう。もう一度【合同魔法】を使用することを、道中で相談し事前に決めていた。他にも主軸として戦う面子も決めたが、このままならどちらも予定通りになりそうだ。

それは良いとして、一つ明確に状況が悪化したことがある。それは一緒に戦っていたゴブリンたちが『部屋』の中へと引っ込んでしまったことだ。魔物は現在も当然のようにいるが、その対処をパーティーだけでやる必要がでてくるだろう。

引っ込んだゴブリン達は、食いつくように『ドア』と【門】の向こう側からこちらを見ていた。まるで見せ物だと仲間達と笑い合ったが、逆に認めてもらういい機会だとウェイドリックが言うと、確かにと全員が頷く。

「いくぞ」

先ほどと同じ手順で【合同魔法】を発動する。特に妨害されることもなく順調に、発射が可能なところまで工程を進め、仲間達の顔を一通り確認した。そして一言だけ声をかけて、巨石を発射する。1900レベルの魔物を一瞬で倒した時と同じように、目に捉えられないほどの速さで、巨石が隙だらけなバジャヴラへ襲いかかる。同じ結果を想像し、魔物に大穴が開いてる姿を一瞬、幻視した。

しかし結果は真逆だった。

「嘘……」

「マジかよ」

思わず、言葉がこぼれる。

「倒せるとまでは思わなかったが、まさか全くとはな……」

巨石は『受け止め』られた。

ぴたりと空中で動きが止まった巨石は、体の片側にある三本の腕に持たれている。

そんな巨石の陰から、ゆっくりと凶悪な魔物の顔が覗くようにこちらへ向けられる。その瞳が完全に自分たちを認識し、捉えた瞬間、乱暴に巨石を投げ捨て立ち上がった魔物から尋常じゃない咆哮が響き渡った。

「──GUAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaッ!!!!!!!」

ふと……自分の体が震えてることに気づく。

果たして咆哮の音に震わされているのか、それとも恐怖で震えているのか。それは定かではないが、明らかに先ほど倒した魔物とは一線を画す別格の魔物であることは嫌でも理解させられた。

「面白くなってきたな。さぁ、お前たち、やるぞ」

「おっしゃぁ! いくぜぇ!」

「がはは! 久々にビビったわい! なかなか気合が入っとるのーデカいの!」

「やるわよ!」

自分を奮い立たせるように言った言葉に、仲間達が続く。そのことに心強く思っていると、すぐさま魔物から魔法が放たれて、そんな感情はかき消えた。当然悠長にまってくれるような相手ではないだろうが……。

飛んでくる魔法は分かっていた通り【炎魔法】だ。

六本の腕すべてから放たれて重なった魔法は、ここにいる全員を飲み込むほどの大きさで目が眩むほどの光を発し、地面に生えた雑草を焦がしながら一直線に迫り来る。正直想像よりも強力だ。当然くらえばひとたまりもなく、脳内では命の危機に警鐘が鳴り止まない。

「ホムラ!」

「あぁ!」

そんな攻撃に、人の影が合わさる。

真っ先に魔法を浴びるだろう前という位置に、一人が飛び出したのだ。あまりに自滅的に見える行動だが、それもウェイドリックが指示をしたことだった。

飛び出した男──『イグチホムラ』はバジャヴラとの戦いで、事前に相談し決めた戦闘の主軸にした面子の一人だ。つまるところそれは、少なからず主軸として戦うだけの能力があるということ。

「【炎撃転換】」

バジャヴラが炎の魔法に特化していることは、このパーティーにとってはとてつもない僥倖だろう。なにせ対炎に特化した人物がこのパーティーにはいるのだから。

迫り来る強力な炎魔法は、立ちはだかったホムラに直撃し、何も焼き尽くせないまま吸収されるように消えた。残ったのはホムラだけ。そしてそんなホムラから、あの強力な炎魔法に感じた気配をそっくりそのまま感じていた。

ホムラが自分の手を確かめるように見ながら、呟く

「凄まじい火力の魔法だな、バジャヴラ……ここまで強化されたのは初めてだ……。あまりにも何でも出来そうで、怖いくらいだな」

ホムラの持つユニークスキル【炎撃転換】は、炎を吸収し自分のレベルへと一時的に転換する自己強化のスキルだ。吸収した炎の火力が高ければ高いほど、持続時間と増えるレベルが多くなる。つまり今ホムラの強さがとんでもないものだとすれば、それだけ魔物の放つ魔法が尋常じゃなかったということだ。

「やれそうか?」

尋ねた言葉にホムラは頷く。

「どれだけ通じるかはわからないが……自信はある。見ててくれ」

そう言って目の前から、ホムラの姿が一瞬で消えた。何かのスキルというわけではなく、ただ速く走り去っただけだ。

ホムラが向かった先へ視線を向けると、そこでは巨体のバジャヴラが思い切り殴り飛ばされているなんて、なかなかの光景が繰り広げられている所だった。

「流石にすごいな」

「……負けてられない。……そうだろう、ウェイドリック」

「あぁ、わかっているさ」

返事に満足した様子のシーケットが、追い討ちのため敵の方へと駆ける。頭上に魔法を放ち、数秒遅れてそれに続いた。そしてシーケットと共に、倒れたバジャヴラへと斬り掛かる。だが攻撃の通りは悪い。レベルの差という非情な現実を越えるのは、やはりそんなに甘いものではない。

しかし同時に攻撃をしたシーケットは、しっかりと傷をつけてダメージを与えている。さすが近接に特化し、パーティーでも随一の攻撃力を誇る男だ。手に持つ武器も『右月左歹』という名を冠した神器。高い実力に、見劣りのしない武器ともなれば、終焉の大陸とはいえ全く通用しないわけでもないらしい。

ただこんな結果に甘んじていては『王背追随』というパーティーのリーダーには相応しくない。仲間の頑張りに、見合う男でなくては。互いに高め合えるようでなくては、終焉の大陸の踏破なんて挑む資格すら与えられないだろう。

「魔法を落とすッ!」

そう合図を出すと、バジャヴラの付近から仲間達が引く。それを目に入れつつ自分も引き、倒れたバジャヴラに向かって魔法を発動した。

「【天雷】」

近づく前に頭上に放っていた【雷光魔法】。それを再び発動することで今度は空から降り注ぐ。最初に放つときは紐のように細い頼りない雷だが、空に放てば反復して増幅する。つまり空を漂う時間が長ければ長いほど威力が増すため、走り出す前に一度魔法を放っていた。

巨大な光の柱を彷彿とさせる雷が、バジャヴラを襲う。

光から数秒遅れて、ゴロゴロと轟音が鳴り響いた。それは最初に震えた咆哮にも負けない音だった。

「……手応えはあるが」

【空間魔法】に並ぶもう一つの【ユニーク魔法】──【雷光魔法】。

魔物だとあまり珍しくない魔法だが、人間で使えるのは珍しくユニーク扱いされている。こちらも使い心地に少し癖はあるが、汎用性を考えればどちらが使う頻度が高いかは言うまでもないだろう。

周囲に焦げついた匂いが漂う。雷が落ちた場所は、黒ずんで大きく地面がえぐれていた。そこでバジャヴラが横たわっているようだが、煙でよく見えない。追い討ちをさらに入れるか迷っていた所で、頭の中に直接声が届く。

『ウェイドリック。撃ち漏らしがそちらに行くわ』。

【通信魔法】によって遠隔からもたらされたシヴィラの声に頷く。

そして現れた魔物に、バジャヴラの追撃に使うつもりだった魔法を放った。問題なく処理はできたが、やはりゴブリンのいなくなった影響が出始めている。魔物の処理にもメンバーを割り当てているが、どうしても人数の関係上、撃ち漏らしが出てしまう。

そのため軽く乱戦気味にも思える戦闘となっているが、そうなると状況を把握してユニーク魔法の【通信魔法】で指示を出すシヴィラの存在は、有益で欠かすことができない。『王背追随』の連携面で、彼女は中核を担う重要な存在だ。

「GAAAAAAッ!!!」

魔物の処理をしている横から、唐突に炎を纏った拳が煙を割いて現れる。起き上がったバジャヴラが隙をついて攻撃をしてきたようだ。図体の割に気配も出さず、素早く適切に動けるものだと感心する。

だがここで一撃をくらうようでは、他人に大口を叩いて上から目線で『連携』のことを指図することはできないだろう。

ぴたりと、バジャヴラの拳が止められる。ホムラだ。間に割って入ったホムラは、巨大な手を片手で受け止め、さらに纏っていた炎も再びスキルで吸収している。萎むように炎が消えていく。

「俺を放っておいて別のやつに行くとは余裕だな。それに火力も足りていないんじゃないか。もう少し熱をあげてくれると助かるんだが」

そう言って、ホムラはそのままバジャヴラを掴んで投げる。何倍もの巨体を浮かせ、地面へと叩きつける様は圧巻だ。もはや強化されたホムラとバジャヴラの力の差は明白だろう。

そしてそんな隙だらけな状況を逃すことはなく、シーケットと共に追撃へと入る。仕留め切れるわけではないが、確実にダメージを負わせて重ねている。

戦いの形勢は、完全にこちらへ傾いていた。

レベルは向こうが上だが、数ではこちらに分がある。何よりホムラとの相性が致命的で、完全に策略で相手をはめていた。

バジャヴラもそのことに薄々気づき始めたのか、魔法を使う頻度が減っている。だが今更気づいたところで、もう遅い。

猛攻を続け、じりじりとバジャヴラを削り、追い込む戦いを続ける。

ふと……視界を『黒い塵』が横切る。

「?」

いや、今は関係がないことだろう。戦いに集中しなければならない。

そう思い意識から消そうとするが、どうしても気になって、もう一度目で追った。その黒い塵が『煤』に見えたからだ。

煤は燃えた後に出るものだ。もしそれが煤だったとして、では一体、今何が燃えてるというのか。ちょうど相手が【炎魔法】を控え始めたはずの、この頃合いで。

一度気になると、目につく黒い塵のすべてが気になり始める。

……というよりも、こんなに塵が舞っていただろうか。

いや、明らかに量が増えている。

「ウェイドリック……何か……奴の様子がおかしい……」

「あぁ、そうだな。シーケット。間違いなく変だ」

「毛が」「煤が」

同時に声を発し、顔を見合わせる。

お互い同じことを言っていると思っていたが、どうやら別々なことを言っていたようだ。何も言わずとも、すぐに何のことを言っているのかを互いに確認した。ウェイドリックはバジャヴラの毛を。シーケットは空中に漂う煤を。

そうして二人の認識を組み合わせて初めて、起きている事態を把握する。

バジャヴラの腕の毛が──『焼けている』、と。

炎を纏って燃えているのではない。内側からジリジリと、熱を帯びるかのように『赤い毛』が焼けている。よく見ると熱特有の光を発していたが、それも本来の赤色に紛れ気づかなかった。そしてそれが焦げて焼け切ったものが、煤として空中に霧散していた。

分かってみれば、バジャヴラの腕は毛は最初より随分薄くなり、その先の皮膚が見えるくらいだ。一本の腕に至っては完全に赤色の毛がなくなり皮だけとなっている。他の腕の毛もすべて焦げて無くなるまでは時間の問題だろう。

ただ、だからといって何だと言うのか。

この状況に警戒したらいいのか、安心したらいいのか。それすらもわからない。

「っがッぁ──!」

「……!? ホムラッ!」

ホムラが殴られ、吹き飛ばされていく。

すぐさま飛ばされた場所で体勢を立て直しているため、戦いの継続に支障はなさそうだ。しかし口の端から血が垂れており、強化されたホムラが初めてダメージを負っている。

なぜ今……ホムラは攻撃をくらった?

力関係も明確で、バジャヴラが特化している【炎魔法】も効かないはずなのに。

そう思ってバジャヴラへ視線を向けると、腕にある変化が起きていた。その腕はホムラを殴りつけた腕であり、同時に真っ先に毛が全て焼け落ちた腕でもあった。

その腕が──『硬い岩』に覆われている。

まるで先ほどまでしていた炎を纏うかのように。

役目を終えたかのように、岩がぼろぼろと崩れ、地面に落ちる。そうして見えてきたのはバジャヴラの『茶色』の腕だった。……『赤色』の腕ではない。

「GAAAAAAAA──!!!」

『茶色』の腕から岩が放出され、それを避ける。

仲間たちもまた、色の変わった腕から放たれる魔法を、それぞれが対処していた。明らかに戸惑いながら。

茶色の腕から放たれる【土魔法】を。

青色の腕から放たれる【水魔法】を。

緑色の腕から放たれる【風魔法】を。

水色の腕から放たれる【氷魔法】を。

黄色の腕から放たれる【雷光魔法】を。

果たして、バジャヴラはこんなにも色とりどりな魔物だっただろうか。いいや、そんなわけがない。

しかし気がつけば『赤色の腕』は一本を残すのみとなっていて、それ以外のすべての腕が、赤色でない毛に生え変わっている。

「っちょ……あの魔物、使ってる魔法の属性変えちゃってるんだけど!! さすがに反則すぎない!?」

一体何が起きているのか。

全員が思い浮かべながらも、常識で否定していた答え。それを離れた位置にいるマルベリークが叫んだことでようやく事態を把握し、飲み込む。

魔物の使う魔法が──変わっている、と。

魔物の魔法は人と違い、魔法を発するための器官で発動する。だから人と違い、魔法の形はかなり一定的だ。その分、人と魔物が同じ魔法を使えば魔物の方が質が高いものの、使う魔法を把握し対策を練れば十分対処できる。

これが人間の持つ、魔物の魔法に対する『通説』だ。

そして目の前にいる魔物はそんな『通説』をたった今、根本から覆している。まさに非常識という概念そのものから、頭をぶん殴られたような気分だ。

魔法に長けた魔物というのはいるにはいる。しかしここまで人の使う魔法のように自由自在に使う魔物は、見たことがないし聞いたこともない。属性だけでなく、手の平を握ったり開いたり形を変えることで、魔法を放出したり纏ったりと効果を切り替えてもいるのも地味に驚嘆するべきことだ。

「(この魔物の器官は『腕の毛』だ。だからこそ、ここまで柔軟に魔法を変えてしまうことができる)」

確かにそれなら、内蔵や腕を丸ごと取っ替え引っ換えするよりかは現実的だろう。

それにしてもまるで宝の山のような魔物だな……。魔物の魔法器官は高く売れるが、腐らない繊維の器官なんて、特に貴重な上に有用だ。毛の一本ずつですら高値がついてもおかしくない。魔法に精通する者が見れば、喉から手がでるほど欲しい者もいるだろう。

実際、そのことに気づいたシヴィラの興奮した声が【通信魔法】で届いている。

しかし随分と甚だしい勘違いをしていたものだ。

バジャヴラは『炎の魔法に特化した魔物』なんかではない。もっと根本的に──『魔法すべてに特化した魔物』だったのだ。

『災獣』だけがこの大陸で突出した、異常性の元凶である存在だと思っていた。

だがそうではなかった。災獣以外の魔物ですら、こんなにも常識が通用しない。

これが終焉の大陸、か……。

その後の戦闘は、戦況が悪化する一方だった。

そもそも炎の魔法に特化していない時点で、炎に特化したホムラの利点が消え、こちらの戦略は破綻している。今はまだ炎を吸収した強化の持続時間が残っているが、追加で吸収できなければあまり長くはもたない。

そしてこの強化が途切れれば、戦況はより悪化し、戦いは過酷になる。

発生したこの制限時間の間に、戦況を変える打開策が何としても必要だ。

しかし複数の属性を使うバジャヴラは厄介さに拍車がかかっている。攻撃もホムラだけに任せられたのが、そういうわけにもいかなくなった。魔法は属性ごとに異なる対処に迫られ、攻撃を捌くことに割く神経も必然的に増える。それなのに発動される魔法の量や威力は毎回ヒヤリと背筋が凍るほどのものだ。

おまけに魔法を換えることが有効だと判断したのか、見るからに取っ替え引っ替えするようになり始めた。

「(何か……ないか。何か)」

ふとあることに気がつきシーケットへ声をかける。

「ッ!! シーケットッ!」

「……ウェイドリック。……どうしたんだ? あまり悠長な状況じゃない、が……」

シーケットがつくなりにそう言う。確かにそう言うくらいの状況ではあった。もはや災獣が暴れてるといっても遜色のない有様なのだから。

他の場所で戦っている仲間達や関係のない魔物も、無差別に降りかかる魔法に戦いどころではなくなってる。さらに触発された別の魔物も魔法を放ち始めるなど、かなり狂乱めいた様相をなしはじめていた。

そんな状況だというのに、光明というのは探せば見つかるものだから不思議だ。

「もしかしたらある意味で、これは絶好の機会なのかもしれない」

「……機会?」

「気づいているか? バジャヴラの属性の切り替え方だ」

「……なるほど、残っている炎の腕、だな」

その答えに、頷く。

バジャヴラは今、ひっきりなしに魔法の属性を変えて戦っている。どうそれをやっているのかと言えば、自分で自分の腕を燃やして毛を生え替わらせているのだ。

つまり魔法の属性を切り変えるために一度毛を無くす必要がある。しかし先ほどのように自発的に燃やして変えられるのは【炎魔法】の腕だけのようだ。だから今は残った一本の『赤色の腕』で、わざわざ他の腕を燃やしている。

ならば──その【炎魔法】を使う腕が無くなればどうなる?

見たところ現状、それだけが他の腕を燃やし属性を変えられる唯一の手段だ。だがそれがなくなれば、バジャヴラは毛を無くす手段がなくなり属性を変えることはできなくなる。その可能性はないだろうか。

いや、あるはずだ。そうでなければ散々【炎魔法】が通じないと理解したはずなのに、未だ一本だけ【炎魔法】の腕を残しておく理由がない。あの『赤色の腕』が最初からずっと残っている理由は、他の腕の属性を変えるためになくなると困るからだ。

「賭ける価値は……ある気がする」

感心したようにシーケットはそういったが、すぐその顔を曇らせる。

「しかしそうだとしても戦力はどうする……。結局あの攻撃を掻い潜り、腕を切るとなると、かなり至難だと思うが……」

「それだが、もはやこうなっては戦力を分ける必要もない。総力戦でいくことにしよう」

パーティーを分けていたのは別の魔物に対処が必要だったからだ。しかしもはやバジャヴラの暴力的な魔法が、その魔物を薙ぎ倒してくれている。おまけにそんなバジャヴラへ、他の魔物の敵意も集まりだしている始末だ。

そんな現状を確認して、シーケットは答えた。

「確かに……問題はなさそうだ……」

それからバジャヴラの気を引いているホムラ以外の仲間達を呼び寄せ、作戦を伝える。

作戦を聞いた仲間達は誰しもが作戦を肯定し、やる気を見せていた。

「ここまできて、せっかくの大物だってのに。雑魚相手ってのもどうかと思ってたんだよな」

ヒリッヂがいつも通りの飾らない言葉を口にする。

本来ならそれを他の面子が咎めるものだが、どうやら同じことを考えていたのか、誰も咎める様子がなく雰囲気でそれを肯定している。その様子に苦笑し、多少呆れながらも、自分も立場が同じなら同じだったかと思い言葉を発した。

「悪かった。ここからは望み通り、総力戦。それにもはや──『人類未到』の戦いと言っていいだろう。文字通り格上だが、仕留めきるぞ。準備はいいな?」

全員の顔が締まり、それぞれから頷きや返事が強く返ってくる。とても頼もしい。

しかし想像よりも二人分ほど、返事が足りずに姿を探すと、既に走り始めているところだった。

「あんたには、負けられねぇなぁ! シーケットォ!」

「お前が生意気なのは……まだまだ、言葉だけだ……ヒリッヂ」

「ミーファ、ジィサル。私たちも行くわよ。だけど突出はいつも通り厳禁。わかってるわね。どんな時も訓練通りよ」

「「了解」」

最初に走り出した二人を皮切りに、仲間達がバジャヴラへと向かっていく。

エンリがミーファとジィサルを連れていったのと同様、ビスケンもゼイトを引き連れていった。

「ゼイトッ! わしらはホムラの手助けへと向かうぞ! いつまでも一人きりで任せちゃおけん!」

「うぉぉ!! 合点承知!!」

近接組が去った後、背後から声がかかる。

「君も行ってきたらいいよ、ウェイドリック。こっちはこっちで、適当にうまくやるからさ。折を見て援護飛ばすなり、魔物を処理するなり、逃げたりとさ。状況に応じてね」

王背追随の中でも弓の名手であるゼウハウが、そう言った。

マルベリーク、ユキハラ、シヴィラと遠距離補佐組が全員揃って残っている。

「分かった。そっちは任せる」

少し守りの薄さが気がかりで足を止めていたが、遠距離組とはいえ決して柔な仲間達ではない。信頼し、後方は任せて、バジャヴラとの戦闘に近づいて参加する。

「GOOOOOAAA──!!」

近くまでくると震えるような咆哮と共にえぐれた地面の土や、木の破片、魔物の体などが飛び交って歓迎される。

これまでは変幻自在の魔法は当然だが、単純に腕の多さによる手数の多さも厄介だった。それはパーティー全員が合流し、攻撃の手が充実したことにより解消しつつある。見た目では無茶苦茶に暴れ回っているように見えるが、手傷を負わせているのはこちらの方。そんな具合に戦いを進めていた。

しかし腕の一本をもぎ取るほどの隙は、ここまできても見出せない。

そんな時だった。仲間の注意の声が耳に届く。

「ッ! 何かくる!」

注意の通り、確かにこれまで見たことのない形でバジャヴラは魔法を発動しようとしていた。六本のうち左右一対、二本の緑色の腕で、両手の指同士を組み合わせている。

何が起きるかはわからないが、ひとまず衝撃に備える。

注意の声を受けて出来たのはそこまでだった。

そして尋常じゃないほど強い風が、突如吹き荒れる。

体が一瞬、持ち上げられるほどの強い風だ。慌てて無理やり足を地面につけるが、押し付けるような風の勢いに流され、一歩ごとにバジャヴラの姿が遠のく。水流で押されながら、水中でジャンプしているかのようだった。

そしてようやくまともに立てる頃には、バジャヴラの姿はかなり遠くにあった。

周りを見ると、仲間達も似たような状況だ。そして前に再びでようにもバジャヴラから起きてる風に押し戻され、進めずに立ち往生する。

「全方位に魔法を拡散しての発動か……」

バジャヴラの魔法の多彩さは、未だ止まるところを知らない。風属性の二本の腕を使い、自分を中心にした竜巻のような風を巻き起こし、容易に近づけなくなった。さらに残った腕でおまけのように、風の中で魔法を発動している。炎や氷、雷撃が風の中を漂い、みるみると凶悪さが増す。

これから炎の腕を断ち切ろうという時に、それはまるで阻むかのように現れた。分厚い風の壁。

「【合同魔法】を一人でやられたら、三人で発動してるこちら側の立つ瀬がないな……」

「……ウェイドリック」

「逆に前向きに捉えるのはどうだ? シーケット。この風がある間は、厄介な腕のうち二本は塞がっているとな」

路頭で迷う犬のように声をかけてきたシーケットにそう答える。

実際これまでの魔法と違い、この魔法はずっと持続する必要がある。

答えを聞いたシーケットは「……前向きすぎだ」と笑った。

「だが、それもそうだな……。なら……機会を物にするためにも、攻めなければならない……。俺が、最初に行こう。パーティーの特攻役は、他には任せられない……からな」

そう言ってシーケットは、両手に持っている双剣のうちの片方をバジャヴラへと投げつける。凄まじい切れ味を誇るその神器は、吹き荒れる風を物ともせず、火も氷も雷も。間にあるすべてを切り裂いて、一直線にバジャヴラへと向かった。

だがバジャヴラは、投げられた短剣を容易く見切って避けた。ほんの少し体毛を掠めただけで、体の脇を通過し、後方へ消えようとしている。

「……待っている」

「あぁ、すぐに続く」

会話を終えた直後、一瞬にしてシーケットの姿が消える。

視線をバジャヴラへ向けると、直前まで目の前にいたはずのシーケットが背後から襲いかかっているところだった。

「ッ!?」

突如すぐそばに現れたシーケットに、バジャヴラが驚いている。

シーケットの持つ『右月左歹』は剣ごとに効果があり、片方の右月には、もう片方の左歹の元へ転移する効果がある。その効果を使い、シーケットは投げた左歹の元へ転移し、暴風の壁を越えた。

そうして不意をついたシーケット。だがバジャヴラも思うよりすぐに反応し、殴りかかっていた。振るわれている腕はちょうど『赤い腕』だ。

当然、シーケットの視線は殴りかかってくるその腕に一瞬、吸い寄せられる。だがそれに何かを感じたのか、バジャヴラは攻撃の途中でピタリと赤い腕を止めた。そして岩を纏った腕を庇うように赤い腕に重ねる。

「……勘が鋭いな。だが──」

シーケットはバジャヴラの対応に、とっていた攻撃の行動を緩めることはしなかった。

そのまま斬りかかり、バジャヴラの血飛沫が舞う。

「腕を一本狙って切れるのなら……別に首を切り取ったっていい……。そう思うのは俺だけか……?」

ぱっくりと裂けた傷から、血液が溢れ出る。

バジャヴラの首元にできた、真新しい傷。

それはシーケットが負わせた、この戦いの中で一番大きく致命傷に近い傷だった。

「AAAAAAAaaaaa──!!!」

しかしその傷をもってしても、バジャヴラは倒れない。

だが相当な危機感を煽り、シーケットが危険であると印象付けられたようで、夢中になってシーケットを攻撃している。四本の腕の猛攻にさすがのシーケットも回避で精一杯になっていた。

「まだ俺の強化が残っているのを完全に忘れているだろう!」

その攻防に、自力で風を突破したホムラが加わる。

戦況が変化したことで、回避で精一杯だったシーケットが攻撃に回るようになった。シーケットに二本の腕、ホムラにも二本の腕を割くことでようやく戦いが拮抗している様子だ。文字通り少しでもどちらかに手を抜けば、どちらかの攻撃はバジャヴラの元へ届くだろう。

その様子を視界に収めながら、練り上げた魔力を指に込めて、バジャヴラへと向ける

ただ見てるわけではないのは──ウェイドリックも同じだ。

『すぐに続く』とシーケットに言ってのけたこと。それは言葉の綾なんかであるつもりは、全くないのだから。

「【 光雷(こうらい) 】」

それは【天雷】と違って空から降り注ぐようなものでなく、一直線に他の影響を一切受けず突き進む雷の魔法だ。当然、暴風なんて物ともせず風の中を雷が突き進んだ。発動したほぼ次の瞬間には、標的に当たった。命中の精度も、ほぼ狙い通りといってものだ。

だが【光雷】は威力重視の【天雷】と比較しても、そんなに強力な魔法ではない。その分、精度と速度に重点が置かれた魔法だ。

そのためバジャヴラは魔法を避けなかった。あまりの速さに避けられなかった、と思いたい所だが避けるまでもない威力だと思われてしまったことも実際にはあるだろう。結果も毛を焦がした程度で、とてもではないが手傷を負わせたといえるような攻撃ではなかった。

「──【雷光追随】」

……そんな魔法でも、避けない判断が致命的な窮地を作りだす。そのことをバジャヴラは身をもって思い知るだろう。

三つ目のユニークスキルを発動した途端、ウェイドリックの視界は眩く歪み、周囲の景色が急速に過ぎていく。それは【雷光】がたどった軌跡を体が同じ速度で追随するというスキル。【雷光追随】が発動した場合の特有の景色だ。

そして次の瞬間には、目の前の景色が白い体毛で溢れていた。

シーケット、ホムラに続き、暴風の領域を乗り越えてバジャヴラに接近したのだ。

体毛に手を伸ばし、バジャヴラにしがみつく。

狙い通りだ。視界にあるのは、白い体毛。それ以外にも先ほど放った魔法の焦げ跡と──シーケットがつけた『首元の傷』。

──『首を切る方が早い』。

全くもって、同感だった。

腕の二本は、魔法を発動して塞がっている。

さらに残った四本は、仲間達が抑えてくれている。

考えてみれば、この厄介な魔物を完全な無防備な状態に追い込めているのだ。そんな絶好の機会に『腕一本』などでは割に合わない。

狙いを定め、剣を突き刺す。

狙うのはもちろん、首元についた『傷』だ。

──ガキンッ。

「なっ……」

突き刺した剣が、硬い物に当たって弾かれる。

自分が突き刺そうとしていた場所へ視線をむけると、傷があったはずの場所に『茶色の毛』が生え、『岩』がそこを覆っていた。

「ちっ……」

それなら、そのでかい目玉から脳まで剣を突き刺してやる。

そうして狙いを上に変えて、再び剣を突き立てる。

「がっ……ぐっ……」

しかしその攻撃は成し遂げられず、予想外の衝撃によって体が突き飛ばされる。

バジャヴラにしがみついていられず、地面に投げ出された。受け身をとって立ち上がるが、衝撃の余韻がかなり残っており少しふらつく。

視線をバジャヴラへと戻すと、シーケットとホムラは四本の腕と戦い続けていた。となると、攻撃を加えてきたのは残った二本の腕だろう。

「……今のは効いたな」

口から血を吐き出す。

「だが──『風が止んで』いるぞ」

全体に拡散する暴風の魔法は、左右の手を組み合わせて発動していた。

手が解ければ必然的に、魔法は解ける。なのにバジャヴラはたった今、解いてはならない腕を使って、攻撃をしてきた。ならば起きた結果は明確だ。

腕の位置も手の形も変わっており、近寄ることを阻んでいた風も当然、止んでいた。

「どっせい!!」

「っしゃおらぁぁ──!! 【捻穿】ッ!」

「【シールドバッシュ】!!」

こんな絶好な機会を逃すような者は、王背追随には一人としていない。

ここぞとばかりに、全力でバジャヴラへ攻撃を畳み掛ける。もはや再び手を組み合わせ暴風の魔法を発動させる暇すらも与えない勢いだ。

バジャヴラは攻撃の一つ一つを、それぞれの腕で対応しようとしていた。

だが攻撃に対しバジャヴラの腕の数が足りていないのは明らかだ。

だからその時が訪れたのは、必然だった。

「「「【振り下ろし】」」」

エンリ、ミーファ、ジィサル。

三人の『スキル重ね』が、バジャヴラの炎の腕を根本から切断した。