軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十五話:淡路の荒波を制する超高速造船 〜神太郎と風を読む設計図〜

天文七年 九月 / 西暦一五三八年 九月

視点:安宅 神太郎

それがし、三好元長の三男・ 神太郎(じんたろう) は、未だ元服前の身にございます。

兄の長慶が畿内を騒がせている一方で、それがしは近い将来、淡路島を拠点に海を駆ける水軍の雄・ 安宅(あたぎ) 家へ養子に入ることが内定しておりました。いずれ安宅の家督を継ぎ、淡路水軍を背負って立つための「見習い」として、今は日々海の上で波と風の扱いを学んでいる最中にございます。

当然、まだ子供のそれがしに、安宅の水軍を動かす実権などございませぬ。

此度、兄の勧めもあって堺の造船特区へと足を運んだのも、それがし一人の意志ではありませぬ。安宅家の舵取りを実質的に握る後見人であり、淡路水軍の重鎮たる宿老―― 菅(すが) 達心(たっしん) をはじめとする、頑固一徹な海の男たちを伴ってのことにございました。

「神太郎様、やはり得心のいきませぬな。いくら長慶様の御指図とはいえ、阿波の四歳の幼児が描いた図面で船を造るなど……。船造りは波の癖を知り、木材の一本一本の『反り』を見極める船大工の勘があってこそ。 規矩(きく) で一様に寸法を揃えるなど、海を舐めておりますぞ」

堺の浜辺に建つ、広大な木造の造船ドック。潮風に肌を焼かれた達心は、不満げに鼻を鳴らしながら、目の前に座る小さな主――足利三郎殿を睨みつけておりました。将来の主君となるそれがしへの礼儀は弁えつつも、海の男としてのプライドが、四歳の神童の「机上の空論」を拒絶している大人の顔にございました。

四歳の主は、そんな老臣の威圧をそよ風ほどにも感じていない様子で、淡々と木製の定規を弄びながら微笑みました。

「菅達心。君の言う通り、波の癖に合わせた微調整は最後に必要だよ。……だけどね、船の骨組みや、外板の切り出しといった『基礎の工程』まで、大工が一本ずつノミで現物合わせをしているから、一隻を造るのに数ヶ月もかかるんだ。私の設計図は、その無駄な時間をすべて削ぎ落とすためにある」

「口先だけなら何とでも言えましょう。職人の技を侮られますな!」

「怒る前に、まず見るがいいさ。私の『現場改善』が、どれほどの速度で船を形にするかをね」

三郎殿が小さく手を叩くと、ドックのなかに大勢の職人や人夫たちが一斉に流れ込んできました。

驚いたことに、彼らが手にしている木材は、すべてあらかじめ同じ長さ、同じ厚み、同じ角度に寸分の狂いもなく切り揃えられていたのです。兄の千満丸が鉄砲の製造で用いた『共通規矩』による部品の規格化が、この造船の場でも徹底されておりました。

「おい、一番の竜骨を並べろ! 次は三番の 肋材(ろくざい) だ、型通りにはめ込め!」

作業場に響く指示は、実におシンプルなものにございました。

大工たちが長年の勘で木を削る時間は一切ございませぬ。あらかじめ決まった寸法に加工された木材を、まるで子供の組木細工のように、用意された台座の上で次々と繋ぎ合わせていくのです。

一本の木を削る者、それを運ぶ者、継ぎ目に釘を打ち込む者――。

職人たちが一列に並び、流れるような滞りで作業が進んでいきます。

「な、なんという手際の良さだ……。職人が迷う暇が一切ない……!?」

達心の目が、みるみるうちに丸くなっていきました。

通常であれば、船大工の棟梁が「あっちの木を削れ」「こっちの角度を直せ」と怒鳴り散らし、遅々としか進まないはずの船骨の組み立てが、ものの半日で驚くべき正確さで組み上がっていくのです。

わずか三日。たった三日で、一隻の立派な関船(軍船)の船体が、眼前にその雄姿を現しました。

「信じられん……。これほどの短期間で、これほど歪みのない頑強な船が組み上がるとは……。これなら、今までの半分の期間、いや、三分の一の期間で水軍の船を倍増させられるではないか……!」

達心はガタガタと膝を震わせ、ついに浜辺の砂地へへたり込みました。海の掟と職人の矜持に生きてきた老臣が、三郎殿の築いた「効率化」という圧倒的な現実の前に、完全に叩き伏せられた瞬間にございました。

三郎殿は、呆然とする安宅家の男たちを見渡しながら、それがしに向かって優しく語りかけました。

「神太郎殿、これが私の『風を読む設計図』だよ。淡路の水軍がこの量産体制を導入すれば、畿内のどこの水軍も太刀打ちできなくなる。君が安宅家を継いだとき、この海を完全に支配するための武器にしてほしい」

「……三郎殿」

それがしは、胸の奥から突き上げてくる激しい高揚感を抑えきれませんでした。

元服前だの、養子だのという小さな枠組みなど、この御方の知恵の前には何の意味もない。

「ありがたき幸せにございます、三郎様。この神太郎、淡路の海を預かる者として、若君の設計図の通りに新たな水軍の波を築いてみせましょう!」

まだ小さな我が手で、三郎殿の手をがっちりと握り返しました。

陸の鉄砲隊、陣を整えし漆黒の黒縄衆、そして海の安宅水軍。三郎殿の描き出す未来の歯車が、いよいよこの畿内の海をも、怒涛の勢いで巻き込み始めたのでございます。