作品タイトル不明
第五十三話:戦場の常識を塗り替える『数』の暴力 〜讃岐鉄砲隊の完全規格化〜
天文七年 七月 / 西暦一五三八年 七月
視点:足利 三郎(維直)
「――引き金を引く指の角度、火皿に盛る火薬の量、すべて指示通りにせよ! 職人の勘など捨てよ、我らが求めているのは均一なる『数』の暴力ぞ!」
堺の直轄領化された職人街。新設された広大な鉄砲工房のなかに、三好の次弟・千満丸の鋭い声が響き渡る。
まだ元服前の少年でありながら、彼は俺が提示した『分業による量産体制』の価値を完全に理解し、讃岐から連れてきた手梺の兵たちを、瞬く間に製造現場の監督官へと仕立て上げていた。
かつての戦国における鉄砲とは、一挺ごとに弾のサイズも火薬の量も異なる「職人の芸術品」だった。それゆえ、射手には長年の経験と勘が求められ、一兵卒が簡単に扱える代物ではなかったのだ。
だが、今この工房の作業場で作られているのは、ネジ一本から銃身の口径まで寸分の狂いもない『 三郎式規格品(サブロウ・スタンダード) 』の量産型鉄砲である。
一つの長机では台木だけをひたすら削り、隣の長机では鍛冶職人が決まった型(治具)に合わせて鉄を叩いて銃身を揃える。さらにその先では、仕上がった部品をただ組み上げるだけの者が一列に並んでいる。
「素晴らしいな、三郎殿……。これなら、昨日まで鍬を持っていた百姓でも、半日の調練でベテランの射手と同じ威力の弾を、同じ速度で撃ち出すことができる。戦の常識が、根底からひっくり返るぞ」
千満丸が、次々と仕上がってくる完成品を手に取り、驚嘆の混じったため息を漏らす。
元服前とはいえ、さすがは後に三好の軍事を一手に担う男だ。一挺の性能を極限まで高めた芸術品を並べた少数精鋭の部隊など、徹底的に等質化された圧倒的な「数の暴力」の前には無力化する。それこそが、前世の大量生産が証明した歴史の真理だった。
「千満丸殿、この量産型の真価はそれだけじゃないよ。戦場で銃身が破裂したり、部品が噛み合わなくなったりしても、予備の 部品(パーツ) を持っていれば、その場ですぐに付け替えて戦線に復帰できる。つまり、 兵站(ロジスティクス) の面でも他家を圧倒できるんだ」
「……部品を、その場で取り替える? どの鉄砲の部品であっても、すべて形が同じだからこそ成せる業か。そこまで見据えてこの仕事場を 配備(レイアウト) されたとは……」
千満丸は戦慄したように目を細め、俺の手元にある設計図を食い入るように見つめた。
讃岐鉄砲隊の完全規格化は、いまや最終工程を迎えつつあった。他国が必死に銭をかき集めて数挺の鉄砲を買い付けている間に、我らはここ堺の特区で、均一な性能を持つ鉄砲隊を「面」として構築しつつある。
「これで、三好の陸の力は盤石になる。……さて、長慶殿。京からの暗殺の脅威も仕組み(システム)で抑え込み、鉄砲の量産も軌道に乗った。そろそろ、あの捕らえた伏見の忍びたちの『次の使い道』について、本格的に動き出そうか」
俺は工房の窓から、夕日に染まる堺の海を見つめながら呟いた。
刃を届かせなかった飯盛山城の防犯劇。そこから手に入れた「生け捕りの刺客」という極上の資源を、俺はただ牢で腐らせるつもりは毛頭ない。彼らの持つ隠密の技術と各地の情報網を、我が足元を固めるための強固な組織へと作り変える計画が、俺の頭の中ですでに動き始めていた。