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作品タイトル不明

第五十二話:暗殺すらも資源にせよ 〜冷徹なる泥公方の捕虜活用術〜

天文七年 六月 / 西暦一五三八年 六月

視点:三好 長慶

京の細川高基らが放った凄まじき手だれの忍びどもが、飯盛山城の奇妙な仕掛けによって、指一本触れられることなく捕縛された。その報が畿内を駆け巡ったとき、諸大名が受けた衝撃は並大抵のものではなかった。

武芸の達人が闇に紛れて首を狙う――それは戦国の世において、最も確実であり、最も恐れられる盤面覆しの一手だ。だが、阿波の若君、足利三郎殿はその暗殺という概念そのものを、自ら築いた石の城の仕組み(システム)によって完全に無力化してしまわれた。

生け捕りにされた伏見の忍びどもは、今や城の地下で、青ざめた顔のまま尋問を待っている。

私は、その捕縛劇の一部始終をまとめた書状を手に、若君の前に平伏していた。

「若君……京の高基らは、もはや完全に正気を失っておりますな。ここまでの大掛かりな暗殺を仕掛けてくるとは。いかがいたしますか? 捕らえた奴大夫どもの首を京の河原に晒し、幕府を公然と弾劾いたしますか?」

それがしがそう問いかけると、僅か四歳の主は、小さな机の上に新しい領内の図面を広げながら、実につまらなそうに首を横に振った。

「そんな無駄なことしなくていいよ、長慶殿。死体を晒したところで、あちこちから恨みを買うだけで何の 利益(リターン) もない。戦国の人って、すぐに首を切りたがるから非効率なんだよね」

「は……? では、この者たちを許すとおっしゃるのですか?」

「まさか。生かして、一番有効な『使い道』で働いてもらうだけさ」

若君はそう言って、悪魔のような不敵な笑みを浮かべた。

「京の細川高基は、堺の関税を奪われて今や台所事情が火の車だ。そこにきて、大金を叩いて雇った身内の忍びが、一人も戻らずに生け捕りにされた。……長慶殿、もし君が高基の立場なら、今どんな恐怖を感じる?」

若君の問いに、私は背筋が冷たくなるのを感じた。

「……いつ、その忍びどもが口を割り、己の関与が天下に露見するか、夜も眠れぬほどの焦燥に駆られますな。それに、生け捕りにされたということは、いつでもそれを口実に、我が三好の軍が『義戦』を掲げて京へ攻め込んでくる大義名分を与えてしまったということ」

「その通り。だから、この忍びたちは殺さずに、高基への『無言の脅迫状』として監禁し続ける。生かしておく限り、高基は我が三好に対して一切の強い態度を取れなくなる。これこそが、一番安上がりで確実な 抑止力(デカップリング) だよ」

若君の口から出る言葉は、どこまでも冷徹で、そして恐ろしいほどに合理的だった。

武士の面目や意地などという曖昧なもので動いてはいない。ただひたすらに、最小の損耗で最大の効果を得るための「計算」だけで、畿内の権力構造を操ろうとされている。

「それからね、長慶殿。せっかく捕まえた凄腕の忍びなんだから、ただ牢に入れておくのは勿体ない。彼らの持つ『隠密の技術』や『各地の耳目の繋がり』をすべて吐き出させて、我が軍の『 情報管理部門(インテリジェンス・ネットワーク) 』として再組織(レイアウト変更)するんだ」

「忍びを……我が手下に、ございますか?」

「そう。彼らの家族を堺の経済特区(工業団地)に呼び寄せて、手厚い扶持と安全を保障してあげる。そうすれば、彼らは京の旧弊な幕府のためではなく、自分たちの生活を守るために、喜んで私たちのために新しい耳目となって働いてくれるよ。利権ではなく、生活の 安定(インセンティブ) で人を動かすのさ」

私は絶句した。

襲いかかってきた暗殺者を、ただ防ぐだけでなく、その瞬間に敵の戦力を自軍の組織へと組み替えてしまう。これでは、京の幕府が何かを仕掛ければ仕掛けるほど、飯盛山城の利便性と軍事力が増強されていくではないか。

細川高基の焦燥に満ちた顔が、目に見えるようだった。刃は届かず、放った刺客はそのまま敵の盾となり、目となって自分を監視し始める。これほどの絶望があるだろうか。

「長慶殿、これで京の動きは完全に止まった。次は、君の弟たちの千満丸(実休)や神太郎(冬康)と一緒に、新しくなった堺の工房で、讃岐の鉄砲隊と淡路の水軍を劇的に 進化(バージョンアップ) させる工程に入ろう。古い時代を仕組みで圧殺する準備は、もう整ったよ」

「……ははっ。どこまでもお供いたします、三郎殿」

私は深く、深く頭を垂れた。

僅か四歳のエンジニアが描き出す、冷徹にして完璧な未来の設計図。その歯車が、いま京の古い権威をギリギリと音を立ててすり潰し始めていた。