軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十一話:京の忍び、灰に塗れる 〜戦国初・完全防犯ハウスの罠〜

天文七年 五月 / 西暦一五三八年 五月

視点:足利 三郎(維直)

月明かりすら届かない漆黒の夜。完成したばかりの飯盛山城は、不気味なほどに静まり返っていた。

だが、その静寂の裏で、城郭の防壁を音もなく登る影があった。京の細川高基らが放った、名高き「伏見の忍び」の精鋭たちだ。

堺の関税や座の特権をことごとく剥ぎ取られ、経済の生命線を完全に断たれた幕府の守旧派にとって、もはや私を暗殺することだけが唯一の逆転の一手だったのだろう。

彼らにしてみれば、どれほど強固な城を建てようが、中に入ってしまえばただの四歳の 児(ちご) が標的に過ぎない。警護の薄い夜陰に乗じ、寝所に忍び込んで首を刎ねる。それだけで勝負は決するはずだった。

サ、と微かな足音が、私の寝所のすぐ外側にある廊下に響く。

暗殺者の一人が、懐から鋭利な小刀を抜き放ち、障子にそっと手をかけた。

その瞬間、カチリ、と硬質な音が闇に響いた。

「——しまっ、」

忍びが察知したときには、すべてが遅かった。

彼が踏み込んだ床板は、私が事前に仕掛けておいた「重量感知式の自動警報床」だった。板の隙間に仕込まれた鋼のバネと連動し、城内の各所に配置された鐘が一斉に、ガランガランとけたたましい音を立てて鳴り響いたのだ。

「敵襲! 寝所だ!」

瞬時に城内が蜂の巣をつついたような大騒ぎになる。

狼狽した忍びたちは、力任せに障子を蹴破って部屋へと突入してきた。だが、そこに広がる光景を見て、彼らは完全に足を止めた。

部屋の中央。寝床があるはずの場所には、四方を分厚い「灰色の一枚岩」——すなわち、私が特製した竹筋コンクリートの防壁で囲まれた、小さな箱のような空間が鎮座していた。

入り口には頑丈な鉄格子の扉が嵌め込まれ、内側から完全に施錠されている。

これこそが、私が設計した戦国初の「 完全防犯寝所(セーフティ・ルーム) 」だ。

いくら四歳の肉体で 生存術(サバイバル・トレーニング) を積んでいるとはいえ、達人の刃を正面からまともに受けるほど私は愚かではない。一番の 安全管理(リスクマネジメント) とは、最初から敵の刃が届かない物理的な絶対領域に身を置くことだ。

「な、なんだこれは……! 石の檻か!?」

暗殺者たちが焦れて鉄格子に刀を叩きつけるが、火花が散るだけで傷一つ付かない。鉄格子の隙間から冷ややかに彼らを見つめながら、私は手元のレバーを静かに引いた。

「侵入経路の 遮断(ロックダウン) を開始する」

ゴトトン、と激しい駆動音が響き、寝所の周囲の廊下に天井から分厚いコンクリート製の「落とし壁」が次々と自重で落下した。

逃げ道を完全に塞がれ、四方の壁に閉じ込められた暗殺者たち。彼らの足元の床板が、さらにガラリと左右に開いた。

「うわあああ!?」

悲鳴と共に、忍びたちが床下の空間へと滑り落ちていく。

そこはただの落とし穴ではない。私が生石灰を大量に敷き詰めておいた「捕縛用の 塵箱(ダストシュート) 」だ。

落下した衝撃で生石灰の粉末が激しく舞い上がり、忍びたちの目や鼻を容赦なく襲う。彼らが激しい咳込みと激痛に悶絶しているところへ、松永久秀率いる手梺の兵たちが一斉に松明を掲げて突入した。

「そこまでだ、ネズミども。若君の設計図の前で、小細工など通じると思うな」

久秀の冷徹な声が響き、暗殺者たちは一人残らず、指一本触れられることなく完璧に生け捕りにされた。

騒動が収まり、鉄格子の扉を開けて外に出た私のもとへ、長慶殿が息を切らせて駆け込んできた。

「三郎殿! ご無事ですか! ……これは、一体……」

一人の死傷者も出さず、それどころか自軍の兵に傷一つ負わせることなく、京の凄腕の忍びたちを「自動的」に捕縛して見せた部屋の有様に、長慶殿はただただ唖然としていた。

「長慶殿、見ての通り私は無傷だよ。……いくら牙を剥かれようが、仕組み(システム)で完全に防壁を築いてしまえば、不測の事態など起きようがない。これで、京の者たちも『物理的な暗殺』が無意味だと骨身に染みたはずさ」

俺は冷え切った生石灰の煙の向こうを見つめながら、不敵に笑った。

力による支配も、闇からの暗殺も、俺の工学的な思考の前ではすべて計算式の一行に過ぎない。

こうして幕府の最後の足掻きすらも完璧に防いだ俺は、次なる一手——畿内の勢力図を根底から塗り替える政治工作へと、いよいよ舵を切るのだった。