軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十話:怪物たちを魅了する設計図 〜鬼十河の槍と堺の量産ライン〜

天文七年 四月 / 西暦一五三八年 四月

視点:足利 三郎(維直)

「――おい、兄者。これが噂の『神童』か? 随分と小さくて、小突き回したら一発で壊れそうじゃねえか」

地響きのような図太い声と共に、飯盛山城の広間にドカリと座り込んできたのは、長慶殿の末弟であり、後に「鬼十河」の異名で恐れられることになる又四郎(十河一存)だった。まだ元服前とはいえ、その体躯はすでに並の大人を凌駕している。

これで三好家の若き四兄弟がこの場に揃い踏みしたことになるが、最後に現れたこの末弟だけは、これまでの兄たちとは完全に毛色が違っていた。

理知的な長慶殿や次弟の千満丸(三好実休)、思慮深い三弟の神太郎(安宅冬康)とは違い、又四郎の全身からは濃厚な獣の気配が漂っている。

俺が考案した 共通規矩(サブロウ・スタンダード) の鉄砲や、堺の量産体制といった「効率化の仕組み」について上の兄たちが熱弁を振るう中、又四郎は終始つまらなそうに鼻を鳴らすだけだった。

「鉄砲の型を揃えるだの、職人の動きを一列に並べるだの、回りくどい理屈ばかりで反吐が出る。戦ってのはなぁ、敵より早く間合いに踏み込んで、この槍で首を獲ればそれで終わりなんだよ」

そう言って、又四郎は私の目の前に愛用の十文字槍を突き出してきた。

凄まじい威圧感だ。前世のエンジニアとしての常識も、私がこれまで積み上げてきた工学的な計算も、この少年の持つ「圧倒的な野生の暴力」の前では一瞬ですべて吹き飛ばされかねない。長兄である長慶殿に対しては辛うじて「兄者」と呼び礼を失わないようにしているが、その牙は誰に対しても剥け放たれていた。

だが、俺は恐怖で縮こまる代わりに、その突き出された穂先をじっと観察した。

「又四郎殿。その槍、確かに凄まじい業物だけど……重心が少し後ろに寄りすぎているね。一撃の威力は高くても、突き出した後の『引き戻し』の動作に、ほんの僅かな無駄な時間が生まれているはずだよ」

「……あん?」

「それに、又四郎殿ほどの腕力があれば、柄の材質を今の 樫(かし) から、私が堺で試作させている『積層強化木』に変えるだけで、しなりを活かして突きの速度をさらに一割は上げられる。……要するに、その野生の強さすら、道具の最適化でまだまだ『性能向上』できるってこと」

私が淡々と物理的な事実を指摘すると、又四郎は一瞬だけ呆気に取られたように目を丸くした。

次の瞬間、彼は豪快に笑い声をあげて、私の小さな肩をバシバシと叩いた。幼児の肉体には正直かなり痛い。

「ハハハハ! 面白いことを言う稚児だ! 俺の武勇を数字で測ろうとした奴は、後にも先にもお前が初めてだぞ!」

「又四郎、若君に対して非礼であろう。控えよ」

長慶殿が鋭い声で嗜めると、又四郎はちっと舌を打ちながらも、すっかり機嫌を良くしたようで「その新しい柄とやら、今すぐ俺の槍に試させろ!」と鼻息を荒くしている。

理屈や数字が通じない野生の塊であっても、その本質が「強さへの渇望」であるならば、工学的なアプローチで十分に 誘導(コントロール) できる。

一息ついたところで、私は揃った四兄弟を見渡した。

「さて、三好の皆様。せっかくご兄弟揃って飯盛山へ来ていただいたのです。口頭で説明するよりも、新しく生まれ変わった『堺の仕事場』を、皆様の目で直接ご覧になった方が早いでしょう。私の現場改善が、これからの戦をどう変えるのかを」

私の提案により、私たちは長慶殿が手配した警護の兵と共に、新体制へと移行しつつある堺の街へと視察に向かうことになった。

数日後、私たちが到着した堺の職人街は、かつての雑多で無秩序な空間から完全に変貌を遂げていた。

三郎殿の『5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)』が叩き込まれた作業場は、ゴミ一つ落ちておらず、資材はすべて種類ごとに整然と色分けされて配置されている。

「……信じられん。これでは、まるで川の流れのように鉄砲が組み上がっていくではないか」

次弟の千満丸が、その流れるような量産ライン(コンベアシステム)を見て、感嘆のあまり声を震わせた。元服前とはいえ、すでに聡明な彼はこの仕組みの本質を見抜いていた。

「これなら、職人の腕の良し悪しに関わらず、常に一定の品質の武器が短期間で大量に揃う。我が讃岐の軍にこれを取り入れれば、他国を圧倒できますな」

「造船も同じだ……」

三弟の神太郎もまた、目を輝かせながら作業場を見つめていた。

「船の竜骨や板材の寸法をあらかじめ規矩で統一しておけば、港に職人を集めて一気に組み立てるだけで、これまでの半分の期間で軍船を仕上げられる。若君、この仕組み、淡路の海を預かる我らにも今すぐ導入させてくだされ!」

三好の軍事を担うことになる千満丸と、水軍を率いる神太郎が、私の提示した「生産の効率化」という果実の価値を完全に理解した瞬間だった。

彼らはもう、古い時代のモノ作りに戻ることはできない。三郎の設計図という名の歯車に、彼らの才能もしっかりと噛み合ったのだ。

視察を終え、夕暮れに染まる堺の港を見つめながら、長慶殿が私の隣に並んだ。

「若君。貴殿は本当に、恐ろしいお方だ。我が幼き弟たちが、皆一瞬にして若君の知恵の虜になってしまった」

「私はただ、みんなが畳の上で安全に死ねる国を造りたいだけだよ。そのためには、三好の皆様の圧倒的な武力と、私の技術が 合致(アジャスト) する必要があったんだ」

私には、前世の記憶にある血生臭い三好一族の未来(史実の悲劇)が見えている。

この優秀な兄弟たちが、内紛や過労、あるいは志半ばの病や暗殺で非業の死を遂げていく乱世など、絶対に効率が悪い。

私の設計図で、三好の兄弟全員を五体満足のまま、新時代の歴史の勝者へと導いてみせる。