軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十九話:四歳児の生存戦略 〜暗殺を阻む血反吐の基礎工事〜

天文七年 三月 / 西暦一五三八年 三月

視点:足利 三郎(維直)

「ほれ、若君! 足が止まっておりますぞ! それでは野盗の刃一枚かわせませぬ!」

飯盛山城の裏手にある鬱蒼とした林の中に、容赦のない怒声が響き渡る。

声を張り上げているのは、俺の生存術の師匠たちだ。前世の知識を使ってどれほど頑強な石の城を建てようが、鉄砲の 規矩(きく) を統一しようが、俺の今の肉体は僅か四歳の幼児に過ぎない。

戦国の世における最大の脅威は、大軍による攻城戦だけではない。むしろ、夜陰に紛れて寝所に忍び込んでくる暗殺者や、街道筋で遭遇する野盗といった「個の暴力」こそが一番厄介な死因になり得る。どれほど優れた仕組みを作ろうが、首を一本刎ねられればすべては水の泡なのだ。

「はぁ、はぁ……っ、待って、師匠。この訓練の動線、無駄が多すぎる。もっと傾斜の角度を計算して、効率的な足運びの型を、」

「何をわけの分からぬことを! 窮地で頼りになるのは頭のひねり出す理屈ではございませぬ、体が覚えた泥臭い 呼吸(いき) にございます!」

すかさず師匠の木刀が、俺の尻を軽く叩いた。

痛い。しかし、ぐうの音も出ない。前世の技術者としての悪癖で、俺はどうしてもこの過酷な身体訓練すらも頭の中で「最適化」しようとしてしまう。だが、師匠の言う通り、不測の事態において物理的な身体能力に勝る安全管理など存在しないのだ。

地面を這い回り、泥にまみれながら、俺は四歳の小さな筋肉にひたすら負荷をかけていく。

ただ闇雲に鍛えるのではなく、前世の知識にある解剖学の知見を総動員して、体幹と危険回避に必要な反射神経だけを正確に刺激する。これこそが、俺がこの時代で「畳の上で大往生する」ために避けては通れない、文字通りの基礎工事であった。

一通りの過酷なシゴキが終わり、俺が林の開けた場所で大の字に寝転がって荒い息を吐いていると、がさごそと草むらを分けて近寄ってくる足音が聞こえた。

「――ほう、相変わらず阿波の若君は、戦のやり方だけでなく己を追い込むことにも余念がない大層な変わり者よな」

低く、どこか楽しげな声に目を開けると、そこには三好長慶殿の後ろに控える、見慣れぬ二人の少年たちの姿があった。

一人は、体躯は小柄ながらも、その瞳に鋭い知性を宿した少年。もう一人は、潮の香りを全身から漂わせ、いかにも海の荒波で鍛え上げられたといった風貌の、骨太な少年だ。二人ともまだ元服前だが、ただ者ではない佇まいをしている。

長慶殿が苦笑しながら、俺に向かってその二人を紹介する。

「三郎殿、驚かせてしまい申し訳ない。こちらは私の弟たちにございます。此度の堺の配置換えと飯盛山城の噂を聞きつけ、どうしても若君に拝謁したいと、領国から駆けつけてまいりましてな」

小柄な知性派の少年――次弟の千満丸(のちの三好実休)が、俺の泥まみれの姿を興味深げに見つめながら一歩前に出た。

「長慶が次弟、千満丸にございます。若君が国友や根来にバラ撒いたという『図面』、あれには実に見事でございます。我が讃岐の鉄砲隊にも、ぜひその規矩を取り入れたく参上いたしました」

続いて、海の香りをまとった三弟の神太郎(のちの安宅冬康)が、豪快に頭をかく。

「同じく三弟の神太郎だ。淡路の水軍を率いる一族の元にいる。若君が堺に作ったという『分業による量産体制』、あれを船造りの造船所にも応用できねえかと考えてな。四歳の大先生に、ぜひ知恵を拝借したい」

千満丸に、神太郎。

のちに三好長慶の優秀な右腕となり、畿内を席巻する三好政権の屋台骨となる立役者たちだ。まだ幼名でありながら、すでに各々の領国や軍事の要衝で頭角を現し始めているだけのことはある。

俺は泥を払いながら立ち上がり、四歳の小さな体を精一杯伸ばして、阿波公方の血を引く者としての礼をとった。

「これは、三好の皆様。 某(それがし) の泥臭い訓練の場へ、ようこそおいでくださいました。……讃岐の鉄砲の強化も、淡路の水軍の船造りの効率化も、すべて私の頭の中に『設計図』がございますよ」

不敵に笑う俺を見て、千満丸は目を細め、神太郎は驚いたように目を見開いた。

技術と経済を手中に収めつつある俺のもとに、ついに三好家が誇る最強の「軍事」と「水軍」の才能たちが集い始めたのだ。