作品タイトル不明
第四十六話:阿波からの手紙、あるいは公方の困惑
天文六年 十二月 / 西暦一五三七年 十二月
視点:足利 義維
阿波国、平島館。畿内の権力闘争に敗れ、この地で再起の機会をうかがう私の元に、連日のように届く京や河内からの報告書は、もはや私の正気を試しているとしか思えない内容で埋め尽くされていた。
あまりの衝撃に、私は一口すすった茶を容赦なく畳へと吹き出し、激しく咳き込んだ。傍らに控える妻も、届いた書状を震える手で握りしめたまま、幽霊でも見たかのように青ざめている。報告書には、三好家に人質兼切り札として預けたはずの我が息子、僅か四歳の三郎が、飯盛山の山頂に「コンクリート」なる不燃の灰色の石で巨大な城を築き、攻め寄せた将軍方の軍勢五千を、味方の血を一人分も流すことなく完璧に退けたと記されていた。
それだけではない。三郎が図面を引いた「規格化鉄砲」なる新式の武器が、今や畿内の軍事バランスを根底から塗り替えつつあるという。私は頭を抱えた。私の記憶にある三郎は、まだ言葉を話し始めて間もない、ふっくらとした頬の幼子のはずだ。それがなぜ、現将軍の義晴を震え上がらせ、戦国の一流の武将たちを顎で使っているというのか。天狗の悪戯か、それとも何かの呪術に違いなかった。
そんな私たちの混乱に拍車をかけるように、阿波の港へ入った三好の船から、三郎本人が認めたという「定期報告」の書状が届けられた。
脅迫されて書かされているのではないかと疑いながら、恐る恐る紐解いたその書状は、およそ四歳の稚児が書いたものとは思えない、不気味なほど整然とした墨文字で埋め尽くされていた。
そこには『今期における飯盛山城竣工報告、および 対幕府軍実証実験(コミッショニング) の結果について』という、見たこともない奇妙な表題が掲げられていた。
読み進めると、「敵軍五千の襲来に対し、想定通りのキルゾーン構築および重力式傾斜弾の運用により、予算内に収まる火薬消費量で防衛を完遂。当方の人員損耗、および建造物への実害はゼロ。 安全管理基準(セーフティ・スタンダード) 上、極めて良好な推移を示す」などと、冷徹な数字の羅列と未知の 理(ことわり) がこれでもかと書き連ねられていた。
末尾に申し訳程度に付け足された「追伸:寒くなってまいりましたので、父上も母上もご自愛ください」という一文だけが、辛うじて息子の温もりを感じさせたが、むしろその落差が不気味さを引き立てていた。
「あなた……これは、一体何なのでしょう。我が子は、恐ろしい魔物に魅入られてしまったのではございませぬか」と、妻が涙目で私の袖を引く。私は書状を見つめたまま、言葉を失っていた。三好長慶や松永久秀といった曲者たちが、この四歳の稚児を「黄金を産む神」として崇め奉っている理由が、この一枚の紙からでも痛いほど伝わってきたからだ。この整然とした数字の羅列は、既存の武士のような感情や野心によるものではない。もっと絶対的な、逆らうことの許されない「世界の法則」そのものを突きつけられているような威圧感があった。三郎は書状の中で、ただ「畳の上での大往生」という平穏を求めていると主張しているが、それを額面通りに受け取る者などいるはずがなかった。平穏を掴むためだけに、城の概念を覆し、鉄砲の歴史を書き換え、五千の軍勢を盤上の駒のように処理する男だ。その真意は、既存の幕府や守護大名という枠組みをすべて塵へと帰し、自らが頂点に立つ「新たなる冷徹な秩序」を構築することに違いないと、私たちは盛大な誤解を深めていくしかなかった。
窓の外、冬の阿波の海は穏やかに波打っていた。だが、その海の向こうにある畿内では、我が息子が引き起こした「灰色の嵐」が、古い時代を文字通り圧殺しつつある。私は、三郎から届いた報告書を丁寧に折り畳み、祭壇の最も高い場所に捧げた。もはや、親として呼び戻せるような存在ではない。私たちはただ、神仏に祈るような心地で、四歳の天才エンジニアが描き出す恐るべき未来の設計図を、遠い阿波の地から見守ることしかできなかった。