軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十五話:羅生門の怪、再び

天文六年 十一月 / 西暦一五三七年 十一月

視点:足利 三郎(維直)

完成したばかりの飯盛山城を、五千を超える幕府方の軍勢が包囲していた。彼らにしてみれば、阿波から来た四歳の稚児と、見たこともない灰色の「泥の城」など、格好の獲物に見えたのだろう。法螺貝の音が山間に響き渡り、敵の先陣が勝ち鬨をあげながら斜面を駆け上がってくる。だが、本丸の物見櫓からその光景を見下ろしている僕にとっては、これは戦争という名の野蛮な衝突ではなく、新築物件の「 性能実証実験(コミッショニング) 」であり、冷徹なリスク管理のフィールドワークに過ぎなかった。

敵の指揮官が声を枯らして命じると、無数の火矢が雨のように降り注ぎ、灰色の城壁へと突き刺さる。通常の木造城郭であれば、一瞬で黒煙が上がり、大混乱に陥る場面だ。しかし、僕が調合を徹底管理した「竹筋コンクリート」の壁は、火矢の炎をただ冷淡に弾き返した。煤が薄くつくだけで、燃え広がる気配など微塵もない。「なぜだ! なぜ燃えぬ!?」と狼狽する敵兵の声が、風に乗ってここまで聞こえてくる。傍らで戦況を見守る三好長慶殿と松永久秀は、信じられないものを見る目で僕を見ていたが、僕はただ手元の水時計(砂時計の代わりに秒単位を測るために自作した簡易漆喰タイマー)に視線を落とし、防衛工程のタイムラインをチェックしていた。

火攻めが効かないと見るや、敵は力任せに城門へと殺到してきた。ここで次の実験に移る。僕はあらかじめ配置しておいた鉄砲隊に伝令を出した。武士の戦いによくある「個人の勇猛さ」に頼った乱射は一切禁止してある。僕が職人たちに叩き込んだのは、三次元的な「 交差火網(キルゾーン) 」の構築だ。城壁に等間隔に設けられた狭間から、規格化され、全く同じ射程と精度を持つ三郎式鉄砲が一斉に火を噴いた。ドン、ドン、ドン、と規則正しい機械的な爆音。弾丸は正確に敵の進軍ルートを面で削り取っていく。名のある武将も、名もなき足軽も、僕が引いた 射線(ガイドライン) に入った瞬間に等しく無力化されていく。そこには英雄の活躍する余地などなく、ただ最適化された「工場の生産ライン」のような光景が広がっていた。

戦意を喪失しかけた敵の残党が、最後の悪あがきとばかりに、斜面の細い隘路へと密集して逃げ込んでいく。それこそが、僕が設計した最大のトラップへの誘導だった。僕は傍らのレバー、すなわち位置エネルギーを運動エネルギーへと変換する「 重力式斜面投石機(グラビティ・シューター) 」の固定を解除した。ガラガラと凄まじい音を立てて、正確に真円へと削り出されたコンクリート球が、木製の誘導レールに沿って加速しながら転がり落ちていく。火薬すら使わない、ただの物理法則の具現化。凄まじい質量と速度を持った灰色の球体は、隘路にひしめく敵兵を文字通り一網打尽に粉砕した。さらに、彼らの足元に仕込んであった生石灰の袋が踏み荒らされたことで、水分と反応して激しい熱と目潰しの白い煙霧が立ち込める。五千の軍勢は、もはや戦う気力すら残っておらず、怪異に襲われたかのように悲鳴を上げて敗走していった。

静まり返った飯盛山城。味方の損害はゼロ。消費した弾薬と資材は、すべて想定していた予算の範囲内。長慶殿は「これが……若君の初陣ですか」と、畏怖のあまり声をつまらせていたが、僕はクリップボード代わりの木板に『現場検証:異常なし。計画通り竣工』と満足げに墨を入れていた。僕にとっての初めての戦場は、凄惨な血の記憶ではなく、ただの「完璧な安全管理の証明」として幕を閉じたのだった。