作品タイトル不明
第四十七話:堺の全財産、一瞬で紙切れと化す 〜四歳児のオープンソース戦術〜
天文七年 一月 / 西暦一五三八年 一月
視点:足利 三郎(維直)
年が明けて早々、僕の元に不穏な知らせが飛び込んできた。
もたらしたのは、顔を真っ青にした三好長慶殿と、珍しく眉間に深い皺を刻んだ松永久秀だ。
「若君、堺の会合衆が動き出しました。南蛮の商船を丸ごと買い叩き、見たこともない『巨大な鉄砲』を数十挺も仕入れたとのことです」
長慶殿の声には、明らかな焦燥が混じっていた。
僕がバラ撒いた『 三郎式規格(サブロウ・スタンダード) 』のせいで、鉄砲の利権を完全に干された堺の商人たち。
彼らが選んだ対抗策は、実にシンプルで、それゆえに強力なものだった。
「市場のルールを上書きされたなら、それ以上の『圧倒的な暴力』でルールそのものを叩き潰せばいい」
つまり、資本の力に物を言わせた、札束での殴り合いだ。
彼らが輸入した新型の大型銃——いわゆる「大筒」や「フランキ砲」の類は、僕らが量産している通常の火縄銃とは口径も弾のサイズも全く違う。
当然、僕の作った共通規格の弾薬は使えない。
堺の狙いは明確だった。
圧倒的な破壊力を持つ「規格外の怪物」を戦場に投入することで、僕の作ったちっぽけな「標準化」の価値を暴落させ、再び武器市場の主導権を握り直すこと。
まさに、資本主義の暴力による、デファクトスタンダードの破壊工作だった。
「若君……いかがいたしますか?今すぐ力ずくで堺の倉庫を押さえますか?」
久秀が物騒な提案をしてくる。
だが、僕はフッと息を漏らして笑った。
「いいよ、そんな野蛮なことしなくて。
わざわざ高いお金を払って、僕のために『見本』を運んできてくれたんだから、むしろ感謝しなきゃ」
「……は?」
二人が呆然とする中、僕は手元の木板に、サラサラと新しい図面を引き始める。
戦国の商人たちは、大きな勘違いをしている。
工業製品における本当の恐怖は、「強力な新兵器が現れること」じゃない。
「その新兵器が、あっという間に『リバースエンジニアリング(逆コンパイル)』されて、市場にタダ同然で溢れ返ること」だ。
僕は、忍びを使って堺の倉庫から南蛮大筒の「寸法」と「構造」のデータをすべて盗み出させた。
そして、前世のエンジニアとしての知識をフル回転させ、その構造を徹底的に解析した。
南蛮製の大筒は、確かに強力だが、職人の手作りのため製造コストが高く、何よりメンテナンス性が最悪だった。
「だったら、その大筒の構造を限界まで簡略化して、
僕たちの『三郎式』の部品やネジがそのまま流用できるように設計し直せばいい」
これがいわゆる『モジュール化』の力だ。
僕は、完成した『三郎式大筒・改良図面』を、近江の国友や紀伊の根来といった、すでに僕の信奉者となっている鍛冶職人ネットワークへ一斉に無償公開した。
今で言う『オープンソース化』である。
条件はいつも通り。
「この図面通りに作るなら、誰が作って誰に売っても構わない。ただし、部品のサイズは寸分の狂いもなく指定通りにすること」
職人たちは歓喜した。
堺の商人が莫大な現金を叩いて独占しようとした「南蛮の最新技術」が、なぜか四歳の公方の手によって、自分たちの手持ちの道具で量産できる「親切な説明書」として配られたのだから。
わずか数週間後。
堺の商人たちが見満を持して「南蛮の巨筒」を近隣の大名へ高値で売り込もうとしたときには、すでに市場は崩壊していた。
「ん? そんな高い南蛮製を買わなくても、国友に行けば、もっと軽くて、修理も簡単で、おまけに値段が三分の一の『三郎式大筒』がいくらでも手に入るぞ?」
「しかも、弾薬は三郎式の共通規格をそのまま使えるらしい」
大名たちの冷淡な反応に、堺の商人たちは泡を吹いて倒れたという。
莫大な投資をして仕入れた最新兵器が、売る前に「型落ちの旧式」にされ、無価値な不良在庫へと変わったのだ。
資本の暴力に対し、僕は「情報の非対称性の破壊」と「圧倒的な開発スピード」でカウンターを叩き込んだ。
「ルールを書き換えるのは、やっぱり金じゃない。……物理と、それを社会に最適化させるスピードだよ」
懐が完全に冷え切った堺の会合衆たちが、顔を真っ青にして羅生門へ五体投地しにやってくるのは、もう時間の問題だった。