軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5-1 大使訪問

数日後の休暇の日。朝食が終わり、部屋に戻ろうとしたアリスに、ランドルが声をかけてきた。

「あぁ……ええっと、だな……。ノックス男爵家から紹介があった店に、昼の正装五着と夜の正装二着の製作を依頼してある。支払いは子爵家に回るように手配済みだから、おまえはただ好きなドレスを選んでこい」

「ありがとうございます。でも、夜の正装まで……?」

確かにいずれは必要になるが、なんだか気遣いがランドルらしくないと感じてしまうのは失礼だろうか。

「そっちも持ってないだろう? 毎回ではないが、独身の騎士団員は優先してそういう催し物に参加できる。……ヴァルシュタイン帝国の大使が滞在しているあいだ、一度はアリスにも機会があるだろう」

大使の滞在期間は二週間ほどだ。

そのあいだ、歓迎を兼ねて、宮廷では様々な催し物が開かれる。到着から二日目の晩と、最終日の一日前には舞踏会も行われる予定だった。

アリスは白鹿騎士団員だから、基本的に宮廷の警備を担うと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。

(婚約者と舞踏会を楽しみたい団員もいるでしょうし、まだ婚約者のいない団員は、華やかな社交の場に出たいはずだから、先輩方が配慮をしてくださっているのね?)

といっても、アリスはここ最近、騎士として一人前になることを最優先にしている。

だから、社交の場には一切出ていない。

正直、きちんと給金をもらい子爵家に迷惑をかけずに生きていけるので、結婚なんてしなくてもいい気がしていた。

子爵家の両親もランドルも、とくにお見合いなどは勧めてこないので、同じように考えているかもしれない。

「わかりました、ではジュリエットさんやフロックハート隊長とも相談しながら、素敵なドレスを選んできます!」

「ああ……そうしておけ」

アリスは外出着に着替え、メイドに髪を整えてもらい出かける支度をした。

今日は、ジュリエットが迎えに来てくれることになっていた。ジュリエットの屋敷が商業地区から一番離れているため、向かう途中で乗せてくれるというのだ。

(ジュリエットさんって……じつは、かなり面倒見がいい方なのよね……)

いつの間にか、彼女が今日の予定を取り仕切る立場になっていた。

最初は、仲よくなれそうもない人だと思っていたけれど、そんなことはなかった。

たまに配慮のない発言をするけれど、それすら親しい証のような気がしてくるから不思議だ。

予定どおりジュリエットの家の馬車に乗り、途中でフロックハート伯爵家にも立ち寄って、商業地区にたどり着く。

ジュリエットが手配してくれた仕立屋は、大通り沿いだった。

少し手前で馬車を停め、そこから歩くことになったのだが……。

ちょうど店の前で、十代前半の平民と思われる少年が、警邏活動中の朱鷲騎士団員に声をかけている場面に出くわした。

「騎士様! すみません、これ……なんて書いてあるんですか?」

「それは私の任務ではないな。親にでも読んでもらうといい。……仕事の邪魔をしてはならない」

少年が紙を持っていて、それを必死に広げている。

(あの人は……っ!)

そっけない態度のその騎士は、なんとエイルマーだった。

少年が手にしているのは、チラシかなにかだろう。身なりからしてあまり裕福な家庭の子ではなさそうだ。

もしかしたら、文字が読めないのかもしれない。

(元婚約者とは関わりたくない……でも……っ)

都の治安を維持することが朱鷲騎士団の職務であり、確かに少年の話を聞いてあげることは任務ではない。

けれど、エイルマーの態度は、あまりにもアリスの理想とする騎士とは違っている。

「あの……」

どうせ、彼に気づかれないまますれ違うのは無理だろう。

それなら介入したって、なにかが変わるわけではない。

「……アリス……?」

「モーンフィールド侯爵様、ご無沙汰しております。大変申し訳ございませんが……今は、こちらの少年への対応を優先させてください」

アリスはそう言ってから、少年のほうをまっすぐに見た。

「……ねぇ、君……その紙を私にも見せてくれる?」

「読んでくれるの?」

「もちろんよ」

少年は素直に紙を差し出してきた。

「……一週間後に、新しいパン屋さんができるって書いてあるわ。開店初日だけ、半額でパンを売ってくれるみたい」

「それなら僕にも買えるかも!」

少年の顔がパッと明るくなる。

「地図は読める?」

「……ここが大通りで、こっちは噴水広場? ……そこを左に曲がるとお店!」

「そう、大正解」

「お姉さん、ありがとう」

少年はぺこりと頭を下げた。

用が終わるとすぐに、チラシをしっかりと持ったまま、走り去っていく。

「……余計なことを」

ボソリとエイルマーのつぶやきが聞こえたが、アリスは反論はせず、彼を一瞥した。余計なことだとは思うけれど、とくに咎められることでもないから、受け流す。

「……こんなところで会うなんて。なにをしているんだ?」

「買い物です。……ドレスを作りに」

「ドレスって、まさかこの店で?」

エイルマーが目を見開く。

貴族の令嬢がドレスを作ることのどこに、そんなに驚く必要があったのだろうか。

「はい、どうかなさったのですか?」

「ここは侯爵である私ですら予約が取れなかった店だぞ? 子爵令嬢になってしまったアリスがどうして……?」

「なってしまった、という表現は……どうかおひかえください」

「……前は、私に文句なんて言わなかったじゃないか」

確かに、婚約者だった頃のアリスは、彼や彼の母親に従順だった。

モーンフィールド侯爵家にふさわしい花嫁であれと言われてきたし、自分でもそうしなければならないと思っていたからだ。

侯爵家の花嫁としてふさわしくない剣術の稽古をこっそり続けていたのだから、その従順さも見せかけだけのものだったのだけれど……。

「文句ではなくお願いです。私はもう、モーンフィールド侯爵様とは縁のない人間ですから……配慮をしていただきたいだけです。それでは予定もありますし、私たちは失礼――」

「待ってくれ! アリス」

立ち去ろうとしたところで、エイルマーに腕を掴まれた。

「まだ、なにか?」

剣姫に婚約者がいないという情報を得た直後、いとも簡単に婚約解消に応じたのは彼だった。

すでに、アリスにこだわる理由はないはずだけれど、いったいどうしたというのだろうか。

「君が……白鹿騎士団に入ったのは本当なのか? いつから剣術をやっていたんだ?」

「最近です」

アリスは迷わず即答した。

ハーヴェイが対策を考えてくれたわけだし、わざわざエイルマーにヒントを与える必要なんてない。

「最近とは、具体的に……いつからなんだ? ホールデン子爵家の養子になってからではないはずだよね? それなら……」

やたらとしつこかった。

もしかするとエイルマーは気づきかけているのだろうか。

明らかな嘘となってしまうが、事件のあとから習いはじめたと言っておくべきかもしれない。

「よろしいでしょうか、侯爵閣下? ……私、アリスの友人のジュリエット・ノックスと申しますがっ!」

ジュリエットがズンッと一歩前に出る。

一応敬語だけれど、いつもどおり態度が悪かった。けれど、おそらくエイルマーは立場上、彼女を咎められない。

エイルマーの顔色が悪くなる。

にらみつけてくる小柄な女性が、家名を名乗ったからだ。

「今日は、私とアリスと、フロックハート隊長の三人でアリスのドレスを選んだあとにお茶とケーキを食べて雑貨店を回る予定で、とっても忙しいんです! 騎士にとって休暇は貴重ですから、そろそろご遠慮いただけませんか?」

「ノックス? フロック……ハート……? こ、これは……失礼いたしました。私は警邏活動に戻りますので……」

ジュリエットが家名を名乗り、マルヴィナの名を出したのはわざとだ。

朱鷲騎士団に所属している彼には、上官の娘、そして白鹿騎士団の隊長をしている女性には無礼はできない。

敬礼をしてから、そそくさと立ち去っていく。

「……助かりました。ジュリエットさん、ありがとうございます」

「あんなに不親切な騎士もいるのね……。まだ準騎士のくせに態度も大きいわ。侯爵だから? ついでにあれがアリスの元婚約者……? もしかして、男の趣味が悪いの?」

ジュリエットは、アリスにもエイルマーにも容赦がなかった。

「破談になったのでしょう? それなら、アリスさんの趣味は悪くないのではなくて?」

マルヴィナがアリスを庇ってくれる。

けれどジュリエットと同じく、エイルマーへの批判とも取れる言葉をサラッと言っている。

「あぁ……それもそうでした。さすがはフロックハート隊長! アリス、ごめんね? あなたの趣味が悪いなんて言って」

本当に散々な言われようで、アリスは少しだけエイルマーに同情するのだった。