軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

◆ジュリエット・ノックスへの密命

王妃とパトリシアが乗った馬車が襲撃を受けた事件が発生した日。

ジュリエットは、敬愛するマルヴィナや先輩騎士と一緒に、犯人の家の捜索を行った。

供述によれば、投げ込まれた手紙があるということだったけれど、犯人の部屋からはそれらしきものは見つからない。

手がかりを得られずに撤収するのは大変気まずいが、存在しないのだから仕方がない。

ジュリエットたちは白鹿騎士団本部へ帰還するしかなかったのだ。

その頃にはもう夕方になっていた。

「フロックハート隊長! 私も報告書の作成をお手伝いいたします」

「ありがとう、でも大丈夫よ。……もうすぐ終わるから」

「さすが……さすがです……! ではせめて、皆さんに紅茶をいれてきますね」

マルヴィナは仕事ができるうえに偉ぶったところがない、最高の隊長だった。

ジュリエットは感動して、自分にできることを考えた。

さっそくお湯をもらいに、団員のための食堂へ行こうとしたところで、扉が開く。

「……すまない、ノックスを借りてもいいだろうか?」

そこに立っていたのは、騎士団長ハーヴェイだった。

「ふぇ?」

突然現れたハーヴェイが、ジュリエットをご所望のようだ。

ジュリエットは正直、この王子様が苦手だった。

理想的な騎士団長のようでいて、どこか違和感がある気がするのだ。

「かまいませんよ」

答えたのはマルヴィナだった。

ジュリエットには、敬愛する隊長のためにお茶をいれる時間すらもらえないようだ。

「そうか……では団長室まで来てくれ」

「え……? あの、私……なにかやらかしましたか? 最近、いい子にしていたと思うのですが……」

「内密に、頼みたいことがある」

とりあえず説教ではなさそうだが、それでも嫌な予感は拭えない。

ジュリエットはハーヴェイに続いて団長室に入る。

この部屋は団長と副団長が共同で使っているのだが、今はハーヴェイしかいないみたいだ。

「立ったままではなんだから、こちらにどうぞ」

ハーヴェイは予備の椅子をわざわざ団長用の執務机の前に置く。そこに座れというのだ。

(なんだか……尋問が始まりそう……)

きっと女性に対する気遣いなのだが、とにかく怖い。

けれど、ジュリエットにも団長の指示に従うくらいの常識はあるので、素直に腰を下ろす。

ハーヴェイも団長用の椅子に座った。

「ノックスは……ホールデン準騎士と親しいはずだね?」

「あ、はい……アリス殿ですね! まぁ、親友と言っても差し支えない程度には仲よしですよ」

ジュリエットはふざけて「殿」と言ってみた。

彼がアリスをとんでもなく特別扱いしているのは、白鹿騎士団員全員が知るところだ。

先輩騎士いわく「ハーヴェイ殿下がホールデン準騎士を信奉している」とのことだった。

どうしてそうなったのか、ジュリエットはあえて聞いていない。

そういうことは友人であるアリスから、直接打ち明けられたほうが気分がいいからだ。

そしてアリスのほうも裏表がありそうなハーヴェイの本性に気づかず、わりと崇拝している。

(正直……崇め合って爆ぜろ! ってかんじなのよね……)

まったく恋愛関係に発展する様子がないのが、この二人の不思議なところだ。

そういう部分を眺めているのはじつは面白くて、騎士団員たちの秘かな楽しみだったりする。

もしアリスが団長のお気に入りであることを笠に着て、調子に乗ってしまう人間だったら、先輩騎士から顰蹙を買っていただろう。

けれど準騎士の中で、彼女が最も真面目で雑用も率先して行うわきまえた女であるため、文句は言えない。

ハーヴェイのほうも、贔屓していい部分とそうではない部分の線引きがうまい。

先輩騎士いわく「信奉心を奪ったら、ハーヴェイ殿下が殿下ではなくなるから無理」とのことだ。

そんなわけで白鹿騎士団の中では、団長の奇行は完全に日常として受け入れられているのである。

「し……親友だと? それはない。君の親友の定義はおかしい。……私は彼女の好物も好きな色も、愛読している恋愛小説も、愛剣の寸法まで正確に把握しているが、友人にすらなっていない」

「あの……もう、帰ってもいいですか?」

こんな男に信奉されているアリスに同情しつつ、ジュリエットは立ち上がろうとした。

「待て、本題はここからだ」

「はぁ……一応、聞いてあげてもいいですよ」

もはや任務ではない気がしたが、ジュリエットは立場上、団長の話を聞くしかなかった。

するとハーヴェイは、順を追って説明を始める。

要するに、帝国大使訪問の際、アリスにはパトリシアの侍女としての役割が与えられる。 その際に必要となるドレスを持っているかどうかを確認したところ、彼女が挙動不審になったのだという。

「私にはわかる。……どうやら、私に相談できないなにかがあるようだ……」

「団長命令で聞き出せばいいのに」

なんでも顔に出やすい素直なアリスの隠し事なんて、べつにハーヴェイではなくてもわかると思うジュリエットだが、そこは指摘しないでおく。

「いいや、ここは同性である君が適任だ。……君は友人としてそれを聞き出して、私に報告してくれ。私的な依頼でもあるから、報酬ははずむ」

そう言ってハーヴェイは小さな麻の巾着をすっと差し出し、机の上に置いた。

ジュリエットは立ち上がり、それを受け取る。

中身は銀貨だった。しかもかなりの金額だ。

都にある一流レストランでディナー二人前が注文できるくらいだろうか。

ちなみにジュリエットには婚約者も恋人もいないので、実際にレストランに行くことはない。

「はーい! このジュリエット・ノックス。必ずやハーヴェイ殿下のご期待に応えてみせましょう!」

なんだかよくわからないけれど、楽しそうでもある。

そしてお小遣いも十分すぎるほどもらってしまった。

ジュリエットはとびきりの笑顔を振りまきながら、ポケットに銀貨をしまい込み、団長室をあとにした。

さっそく、翌日から調査を開始する。

機会はすぐにやってきた。騎士団員の食堂で、ジュリエットとマルヴィナが昼食をとっていたところに、アリスとブラッドリーがやってきたのだ。

「アリス、こっちに来なさいよ」

アリスはジュリエットの呼びかけに気がつくと、すぐに近づいてくる。

自然ともう一人の同期であるブラッドリーもやってきた。

「フロックハート隊長、ご一緒してもよろしいですか?」

「もちろんよ」

アリスはマルヴィナに許可を取ってから、彼女の向かいの席に食事が載ったトレイを置き、座った。ブラッドリーはジュリエットの前だ。

しばらく雑談をしながら昼食をいただく。

白鹿騎士団員の食堂で出される食事は、結構おいしい。

警備の都合上、決まった時間に全員が休憩を取ることができないため、メインディッシュは時間が経っても味が落ちない煮込み料理ばかりだけれど、温かく量も多い。

高級食材は使っていないが、貴族ばかりの団員たちにも好評の味だった。

それなのに、今日のアリスは食が進まないみたいだ。

「どうしたの? 浮かない顔をして」

「え? 私ったら、ごめんなさい」

食事に集中できていなかったことを自覚したアリスは、慌ててスプーンを動かす。

彼女はジュリエットから見ても素直でいい奴なのである。

けれど、油断するとまたぼんやりとしてしまう。

「アリスさん? なにか悩みがあるのなら……誰かに相談したほうが早く解決するかもしれませんよ」

マルヴィナからの言葉だ。

ほかの隊の新人まで気遣ってくれるのだから、やはりすごい隊長だった。

「そうですね。もしかしたらお二人に協力していただくかもしれないです。じつは――」

アリスは恥ずかしそうにしながら、手持ちのドレスに問題があることを教えてくれた。

彼女はホールデン子爵家の養子で、本当は現子爵の姪だ。生家のヴァーミリオン伯爵家では冷遇されていたという。

そこまでは社交界の噂などを聞いて、ジュリエットも知っている。

普段着以外のドレスのほぼすべてに、元婚約者が関わっている理由は、実父と義母が無関心だから――ということになるのだろう。

「なにそれ!! 最高におもしろーい。昔の男が選んだドレスしか持っていないって……。ウフフ……」

「ノックス……切実な問題だろう? 笑うなよ」

ブラッドリーから白い目で見られても、ジュリエットはどうしても真面目な顔ができない。

「そんなもの、燃やすか売るかしておきなさいよ」

「お母様に相談したら、もちろん新調するのはかまわないと言ってくれたんです。ただ……急ぎで数が多いとなると、請け負ってくれるお店があるかどうか……」

仕立屋は、得意客や高位貴族に対しては柔軟に対応してくれるものである。

けれどホールデン子爵家には心当たりがないのだろう。

これまでのドレスを、元婚約者が手配していたとなると、その伝手は使えないのだ。

おそらくアリスは、ジュリエットからドレスを借りることを考えているのだろう。

「なるほど。でも貸すのは無理よ。私のドレスでは短いでしょうし、フロックハート隊長はアリスよりも背が高いもの」

「やっぱりそうですよね」

これが一般的な社交の場へ着ていくドレスだったらまだよかった。

今回は王女の侍女にふさわしいドレスでなければならない。丈が合わないのは論外だ。

けれど、ジュリエットには秘策があった。

「……フフフッ」

「だから笑うなって」

「今のは違うわ。『とてもいい解決策がある』という意味の、笑みよ」

ジュリエットがそういうと、アリスの表情がパッと明るくなった。

「解決策、ですか?」

「急ぎ仕上げてくれる店を知っているの! ……というか、まぁ……ねじ込んでくれそうな人を知っているから、私に任せなさい」

ドンッと胸を叩く。

アリスは遠慮しているみたいだが、 あの人(・・・) に報告するだけで解決するだろう。

「本当に?」

「私たち、今のところ休暇も合いやすいでしょう? 一緒に買い物に行きましょうよ」

アリスは、婚約者とお別れしてから時間が経っているのに、今になって負の思い出のドレスしか持っていないことに気づくうっかりさんだ。

そんな彼女には、年上のレディであるジュリエットの助力が必要だった。

「あら、素敵。でしたらぜひ、わたくしも参加させて。動きやすく、見栄えのよいドレスを選ぶお手伝いができるかもしれないわ」

図らずもマルヴィナまで参加することになった。

ジュリエットにとって、アリスは幸運を運んでくる女神なのかもしれない。

その日のうちにハーヴェイに報告を行う。

団長室にはちょうど副団長ランドルもいた。

「ご苦労だったね。……君たちの休みに合わせて王家がよく使っている仕立屋への予約を入れる。……ランドル、そういうことだから昼の正装五着と夜の正装二着……子爵家が払うことにしておいてくれ」

任務で必要なのは昼の正装だけだろうに、なぜか夜の正装までねじ込んでいる。

おそらくそちらも持っていないことを予想しての提案だろう。

「いや……子爵家が払うか、殿下が払ったことをアリスに伝えるか……どっちかにしろよ」

「アリス殿を侍女にするのはこちらのわがままだから、負担は当然だ。だが、金で……女神の心を買いたくない……。しかも私は相談すらしてもらえないただの上官だから、押しつけになるだろう? ランドルが買ったことにしてくれ!!」

(泣きそうな顔をするくらいなら、ドレスを贈って点数稼ぎをすればいいのに……)

この瞬間、ジュリエットはアルヴェリア一面倒くさい男の手下になったことを自覚した。