軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5-2

新しいドレス選びが始まった。

パトリシアの侍女として、彼女を立てつつ、決して質素には見えない――そんなドレスが今のアリスにふさわしい。

試着用のドレスに袖を通してみたり、仕立て前の生地を広げデザイン画と照らし合わせてみたり、というひとときに心が躍る。

最近は非番の日も鍛練のために男装をすることが多くなっている気がするが、これでも普通の令嬢なのだ。

「裾はそこそこ広がっているほうが走りやすいものですよ」

「フロックハート隊長のおっしゃることはもっともだわ! いざというとき、武器も隠せるし、布を破れば脱出用のロープも作れるんだから」

さすがに騎士というだけあって、ドレス選びの基準が妙だった。

それでも、令嬢三人で相談しながら行う作業は楽しいものだ。

そうやって、順調にドレス選びは進んでいく。

製作期間が限られているため、昼の装いのうち三着は、仕立屋が試着用に用意していたものを直すかたちとなり、残りの二着はデザイン画から選んだものを急ぎ仕立ててもらうことになった。

それが終わると夜の正装二着を選ぶ。

「一着はご依頼主様からのご要望で、こちらをご用意する予定となっております」

仕立屋がアリスに見せてくれたのは、ふわりとした印象の水色のドレスのデザイン画だった。助手らしき女性が、軽い絹モスリンの生地を運んでくる。

「可愛い……っ!」

夜のドレスは、鎖骨や肩のあたりが露出していて大人びた印象だが、そんな中にも華やかさと可愛さが詰まっている。

さりげないフリルやレースも素敵で、一目見ただけで、このドレスに勝るものはないと確信できるものだ。

「お嬢さまにはきっと、明るいお色がお似合いですよ」

「私、水色が好きなんです。このドレスをランドル兄様が選んで……?」

そう言った直後、アリスは猛烈な違和感を覚えた。

ジュリエットの紹介で、ホールデン子爵家として予約をしているのだから、依頼人は子爵家で、今朝の口ぶりからするとランドルが中心となり手配しているようだった。

(でも……ランドル兄様って……そんな性格ではないのよね……?)

好きな色が水色であることは知っているはずだが、ランドルにこんなセンスはない。

わりと世話焼き体質だけれど、なにかが違う。

子爵家の母ルシールだったら、アリスの趣味くらいわかるかもしれないけれど、性格的に秘密にはしないだろう。

彼女なら「とびきりのドレスを選んでおいたわよ」と、あらかじめ伝えてくれそうだ。

(そういえば……さっきモーンフィールド侯爵様が……)

子爵家を見下す発言に苛立ってその部分は聞き流してしまったが、エイルマーでも予約できない店だと言っていたことを思い出す。

侯爵家でも予約が取りづらいのなら、この店はいったい誰にドレスを販売しているのだろう。

アリスはジュリエットをチラリと観察する。

彼女の父は、都の治安を守る朱鷲騎士団長だ。それなら商業地区にある仕立屋と特別な繋がりがあってもおかしくはない。

けれど、ジュリエットの外出着はおそらくこの店で仕立てたものではない。

ジュリエットのドレスは、小柄で年齢よりも数歳若く見える彼女にぴったりの、可愛らしくかなり甘いデザインで、この店の方向性とは少し違っている気がした。

「お嬢様、どうなさったのですか?」

仕立屋の女性が首を傾げ、アリスはハッとなる。

今はドレス選びに集中しなければならないのだった。

「ごめんなさい。……ドレスのデザインに見とれてしまって……」

「まあ! それでは一着目はこちらで、もう一着は……」

二着目は、マルヴィナとジュリエットの意見を参考に、一着目とは印象の異なる薔薇色のドレスを選んだ。

どちらも可愛らしく、アリスは大満足だった。

そして、ドレス選びを終えて店を出る頃には、ちょうど昼時になっていた。

ここでもジュリエットが取り仕切り、おすすめの店で昼食をとることになった。

付き合ってもらったお礼として、食事代はアリスが負担する予定だ。

「今日のお店は、ジュリエットさんの伝手で予約できたわけではなかったんですね?」

食事が運ばれてくるまでのあいだ、アリスは依頼主について、ジュリエットにたずねてみることにする。

正直、もう答えはほぼわかっていた。

「だ・か・ら! ねじ込んでくれそうな人を知っているって、最初に言ったじゃない」

「そういうこと、だったんですね……」

「あら、気づいちゃった?」

舌をペロリと出して、ジュリエットがおどける。

「朝からランドルお兄様の態度もおかしかったんです。……謎が解けました。ハーヴェイ殿下のご配慮だったんですね?」

きっと、侍女としてパトリシアに仕えることを打診された日、アリスの言動が不自然だったのだ。それでハーヴェイが気を利かせてくれたのだとわかる。

「押しつけがましいから内緒にしてほしいって頼まれたのよ。……うちの団長って、本当にアリスのことが好きよね……」

好き――という言葉に反応し、アリスは動揺してしまう。

「ち……違うんです……そういうのではなく……っ! 誤解です!!」

「は? 違う!? 殿下の気持ちなんて本人しか知らないでしょう? なんでアリスが否定するのぉ?」

ジュリエットは完全にからかっている。

確かにアリスは、ハーヴェイの考えなど知らない。

それに好意はあるのだろう。べつにジュリエットは、恋愛的な意味での好意に限定して言ったわけではないのだから、動揺するのはおかしい。

「ジュリエットさんったら、あまりいじめてはダメよ。……アリスさんは、ハーヴェイ殿下の恩人なのよ」

「恩人?」

ジュリエットが首を傾げた。

「……あ、そういえば、ジュリエットさんにはちゃんとお話ししていなかったですね?」

「そうなのよ。なんだか、私だけが知らないみたいで寂しいんだけど」

白鹿騎士団内に限り、ほとんどの騎士が知っている様子だったため、アリスは進んでハーヴェイとの関係を誰かに語っていない。

せっかく親しくなったし、エイルマーにも遭遇してしまったのだから、ジュリエットに隠す必要はないだろう。

「では……よい機会なので、聞いていただけますか?」

「もちろん」

それからアリスは、ハーヴェイとの出会いについて語った。

その説明をすると、どうしてもエイルマーとの婚約やヴァーミリオン伯爵家との関係、そして四年前の事件と剣姫についても話す必要が出てくる。

貴族の令嬢が他家の養子となったら、生家との不仲を印象づける。

例外は、跡継ぎのいない家が親戚筋の次男三男を養子として迎える場合くらいだろう。

だからジュリエットも、アリスがホールデン子爵家に引き取られた理由については「家族との不仲」だと察していたようだった。

「――というわけで、私はハーヴェイ殿下の協力を得て生家と元婚約者から離れることができたんです」

ジュリエットだったら、話の途中で大笑いをはじめそうだったが、そうはならなかった。

静かに説明を聞き終えたジュリエットは、意外にも冷めた表情だ。

「……ええっと……。もしかして、アリスって……面倒くさい男を製造する、魔性の女なの?」

「確かにアリスさんには、面倒くさい男性を引き寄せるというより、それまで普通に生活していた男性を面倒にする……そんな才能があるのかもしれませんね」

「フロックハート隊長まで! そんなこと……ないと、思います!」

ひどい言われようである。

否定してみたけれど、よく考えてみると的を射ている気がして、アリスは戦慄した。

エイルマーは剣姫への思慕がなければ、普通の侯爵子息だった。

それに以前はもっと思いやりのある人だった気がする。

婚約者がいる状態で初恋の令嬢を想うという精神的な浮気をアリスが許容してしまったせいで、彼の倫理観が壊れてしまった気がしてならない。

(いいえ……なにを流されているの! 違うわっ!)

選択をしたのはエイルマー自身だし、家格の差があるためにアリスにはどうにもできなかったことだ。

だからアリスのせいではない……はずだった。

そして面倒なのはエイルマー一人だ。

「元婚約者はともかく、ハーヴェイ殿下は……面倒くさい男ではありませんよ。ちょっと変わっていらっしゃいますが……とてもすばらしい、尊敬できる団長です」

アリスは鼻息を荒くした。むしろ、迷惑をかけているのに嫌な顔をせず、面倒事を解決してくれるのがハーヴェイだ。

「尊敬と面倒くささは両立するのよ、アリス」

「ええ、ジュリエットさんの言葉が正しいわ」

いつの間にか、二人が結託し、アリスが孤立するという構図ができあがっていた。

これは勝ち目のない戦いだった。