軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「気をつけて」

「ありがとう」

差し伸べられるハルバートの手に軽くつかまり、アメリアは馬車を降りた。進み出るとすかさず横からマダム・カリファが現れ、アメリアの後方に控える。

馬車ではハルバートがマテオを脇で抱え上げ、ひょいっと赤い絨毯に着地させる。

「マテオ、ここからはこのおじさんと来れるか」

「おじちゃん!」

ハルバートが連れてきたのは服飾の街のギルド長、ラスタ卿だ。

「ラスタ卿、来てくださったんですか」

「マテオも知った顔といたほうが気楽かな、とね」

「嬉しいです、ありがとうございます」

マテオをラスタ卿に預け、アメリアはハルバートのエスコートに身を任せる。

赤い絨毯を一歩一歩、踏みしめるように歩いた。

『素の姿のハルバートと、

こんなに大勢の人の前に出るのは初めてだわ』

学生時代であれば考えられなかったことだ。

馬車止めからエントランスまでは思ったより遠い。ドレスの上にファーのショールを纏い、白い息を吐きながら、プロムナードの装飾を楽しんだ。

「すごい、あの庭木、獅子の形だわ」

「ああ。たてがみ部分に線状の光魔法とは凝っている」

「獅子の髪に雪が積もっているみたい」

「綺麗だな」

エントランスに着くと、他の参加者とは別の方角に導かれ、大きな大きな扉の前で待機させられる。

ドアの隣に控える執事のような初老の男性が、にっこり笑ってアメリアに話しかける。

「ようこそ、魔術師クロシェ・サンドイッチ。

今宵の夜会は王のスピーチから始まり、

今年の褒賞授与の発表、そして表彰。

あなたの入場を以て夜会が正式にスタートします。

もうしばらく時間がありますので、

万事整えてお待ちくださいませ」

良い夜を、と再度にっこりされ、執事は後ろへ下がった。

マダム・カリファが助手…さすがにフリッカーではなかった、を引き連れてアメリアの背後に回る。

「少し身を屈めて」

言われるままに膝を曲げると、マダムの手でショールが取り払われた。

「色々デザインを考えたけど、

3周くらい回ってこの上なくシンプルになっちゃった」

マダムの手で整えられたドレスは確かにシンプルだ。

ボートネックのAラインドレスで、

生地はわずかに光沢のあるグレーの張りのある生地。

内側に控えめなパニエを履きボリュームを出しているが、それ以外何の装飾もない。

「でも、重くなくて着心地がいいです」

「そう?まぁ、これから重くなるんだけど」

五分丈の袖を整え、同じくグレーのレースの手袋を差し出されるまま装着する。

アクセサリーは雪の結晶を思わせる小さなダイヤモンドのイヤリングだけ。

また屈んで、と言われ身を低くすると、肩にずしりと大きな布地が掛けられた。

「魔術師の表彰と言えばローブよね」

マダムが肩にかけたのは、重厚な生地のネイビーのローブだった。まるで花嫁衣装のトレーンのように後ろを長く流している。

ハルバートのタキシードもローブと同じ生地のネイビーに統一されていて、ハルバートは満足そうにアメリアの支度を眺めていた。

支度が済むと、マダムは再度前に周り、アメリアの化粧を確認する。

少し色の褪せた口紅を直しながら呟く。

「次にあなたの生地でドレスを作るなら、

きっと王族用が最初だと思ってたわ。

まさか着るのがあなたになるとはね。

・・・でも素晴らしいわ。

これ以上なく相応しいじゃない」

「マダム」

アメリアは思わず涙ぐんだ。

「支えてくださったあなたのお陰です。

あなただけじゃなく、街のたくさんの人たちのおかげ。

ううん、それだけじゃないわね。

魔術師ギルドの皆さん、単騎隊の皆さん、

ハルバートにイアンにマテオ、モーリーさん。

みんなの力がなかったら、今日の私はいないわ」

「ああ、泣かないのよ、せっかく綺麗なんだから。

それにね、この夜会が終わったら忙しくなるわよ。

きっと注文がひっきりなしになるわ。

張り切ってお仕事して儲けさせてちょうだいね。

さあ、そろそろ時間よ。

思いっきりかましてやんなさい」

アメリア、そしてハルバートに目配せをすると、

マダムは再び後ろへ下がった。

「アメリア、手を」

ハルバートがアメリアの隣に立ち、手を差し伸べる。

ひとつ息を吸って、吐いて、白い手袋に手を乗せた。

扉の向こうから大きな声が漏れ聞こえる。

『今夏、国を襲った魔虫による食糧危機は皆の記憶にあろう。

この国の危機において、ひとりの魔術師が台頭した。

かの者は虫の被害から守る術を考案し、

独占することなく民に広く行き渡るよう取り計らった。

そして更に、あの忌まわしき呪いの虫の竜。

その卓越した精度の魔術により沈めたのもかの者だ。

街に一切の被害を出さぬその仕事は見事であった』

報償を受ける者を紹介する王のスピーチは続く。

「なんだか恥ずかしいわね」

「事実なんだから、しょうがない」

アメリアとハルバートは照れて笑い合う。

そこに執事がさっと現れ、

「さあ、扉が開きます。

顔を上げ、背筋を伸ばし胸を張り、堂々となさいませ」

大きな木の扉を両側から開けるドアボーイがスタンバイする。

『では紹介しよう。

魔術師クロシェ・サンドイッチ、入られよ』

喇叭が高らかに鳴り響き、重い扉が開かれた。

「魔術師クロシェ・サンドイッチ様、

並びにハルバート・イーヴランド様、ご入場でございます」

扉の先に長く続く紅絨毯。

その先には国王陛下および王族が待っている。

絨毯の両脇には夜会の参加者がずらりと肩を並べ、二人の歩みをじっと見つめている。

二人はホールの入り口で深く礼を取った。

頭を下げたまま、自らの衣装に魔力を巡らせる。

グレーのドレスに浮かび上がる、細かく美しい光のレース模様。

その模様は足下を密に、上半身に向かっては伸びやかに消えゆく。

アメリアが顔を上げ一歩ずつ脚を出す度に、きらきらと光の残渣が踊った。

「美しい・・・」

誰かの声が聞こえる。

数歩歩くと、長く後ろに流したローブの全景が観客の前に現れる。

マダムが軽くローブを引くと、「いいわよ」の合図だ。

アメリアはローブにも魔力を巡らせた。

ネイビーのローブにも、ふんだんに光魔法の刺繍を入れている。

長い長いその紺色に浮かび上がる銀の光。

「天の川のようだわ」

思わず漏れた観客の声はアメリアを勇気づけた。

一歩、また一歩とハルバートと歩むその道の最中、

『まるで結婚式のバージンロードのようね』

と思い至ってしまったアメリアは思わず笑った。

ハルバートはさすがに緊張しているようで、『何が面白いのか』といった具合で困惑顔だ。

決められた位置でハルバートの手を離れると、最後はアメリアひとりでの道行きとなる。

無事に国王の前に立ち、儀式めいた動作で報償を受け取る。

決められた動作、決められた台詞。

これからの変わらぬ国への忠誠と弛みない精進を誓い、最後に観客を振り向いて礼を取って終了だ。

『みんな見ててくれてるかしら』

その思いで振り返ると、

紅絨毯のど真ん中にハルバートが跪いていた。

『えーっと、リハーサルの動きと違うような』

アメリアが困惑していると、ハルバートが朗々と歌うように声を張り上げた。

「魔術師クロシェ・サンドイッチ。

幾年も変わらぬ、我が最愛の人よ。

どうかこの後の人生を、私と共に歩む許しを」

は?は?とアメリアの頭を疑問が去来する。

なんだか小難しい言い回しで、彼が何を言いたいかわからずパニック状態だ。

思った返答がないのに焦れたハルバートが叫んだ。

「アメリア、俺と結婚して、家族になってくれ!」

「それなら、あ、はい!ぜひ!」

ようやく意味が分かって思わず反射的に返事をしてしまった。

次の瞬間、

パーン!と頭上に真っ白な花火が上がる。

万雷の拍手が巻き起こり、アメリアは面食らった。

「おめでとう!」

「やったね!」

見知った人たちが次々声を上げている。

アメリアが贈り物をした人たちは皆それを身に着け、魔力がある者は光らせていた。

ハルバートを見ると、満面の笑みで立ち上がり、自らのタキシードに施されたアメリアの刻印を嬉しそうに輝かせている。

人々のなかでも一際背の高いラスタ卿が、マテオを肩に座らせながら次々と花火を繰り出す。さすがエンターテイメント系魔術師だ。

背後にいた国王がぱん、ぱん、と手を叩く。

めでたい雰囲気を残したまま、辺りは再び静寂を取り戻した。

「魔術師クロシェ、そして『蒼の隊』。

もののついでだ、今結婚を許可しよう。

まあ、まさか反対する者もおるまい」

会場の端で誰かが小さくなった気もするが、それも大きな拍手に紛れてしまった。

「おめでとう、ふたりとも。・・・いや、三人か」

国王の視線の先を追うと、いつの間にかラスタ卿の肩から降りてきていたマテオが飛び出してきてアメリアにしがみつく。

「ママ、パパ、おめでとう!」

「ありがとう、マテオ」

抱き上げて柔らかな頬に頬ずりすると、執事に退場を促される。

先ほどふたりだった道を、今度は三人で並んで歩いた。

・・・その夜は長く、幸せなものになった。

マダムはドレスの問い合わせと商談に追われ、

マテオは美味しそうに料理を頬張り、

単騎隊や魔術師たちは時折冷やかしに来た。

アメリアとハルバートは片時も離れず過ごした。

卒業式の夜以来のダンスだって踊った。

「懐かしいわね」

「ああ。あのときは恋人としての始まり。

今度は家族としての始まりだ」

「・・・これからは、あなたに姿を偽らせなくていいのね」

「ああ。苦労をかけてすまなかった」

「もう、逃げなくてもいいんだわ」

「逃げないでくれ。ずっと一緒にいよう」

「ええ、そうね。一緒に」

笑い合う二人の姿を、皆が温かく見守っていた。