作品タイトル不明
姫達との顔あわせ
陽が、内裏の廊を白く照らしていた。
清涼殿の一室。
主上と方仁親王、そして私(長慶)はそのまま話を続けていた。
すると、御簾の向こうから、控えめな声が聞こえる。
「……失礼いたします」
入ってきたのは、『はるちゃん』だった。
いつもと少し雰囲気が違う。おや? と思っていると。
その後ろには、三人の幼い姫君たちが続いた。『はるちゃん』が彼女達を紹介する。
一人は、伏見宮家の第一王女。
一人は、三条公頼の長女。
そしてもう一人は、三条西公枝の二女。
皆まだ七、八歳ほど。幼いながらも、きちんと衣を整え、緊張した顔で控えている。
私(長慶)は一瞬だけ遠い目になった。
…… 『はるちゃん』、連れてきたのね。
主上が言った。
“其方の未来の妻たちよ”と。
正確にはまだ“候補”だ。しかし、すでに勅命は三年前におりていた。
この時代では、既に話は決まっているに等しい。
主上が穏やかに言われた。
「入るがよい」
三人の幼い姫たちは、小さく頭を下げながら部屋へ入る。
その様子を見て、方仁親王が苦笑した。
「随分と固いな」
伏見宮の姫が、緊張した顔で答える。
「ち、父宮様より、“四州近衛様は大事なお方”と……」
あ、完全に事前教育されてる。
三条公頼の娘も、こくこく頷いていた。
「“粗相をしてはなりませぬ”と……」
三条西公枝の娘に至っては、半分涙目である。
中身『令和のおばちゃん』の私(長慶)は思わず話しかける。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だから」
三人がびくっとした。
いや何で? 逆に怖がらせた? 『はるちゃん』が、少し呆れた顔で私(長慶)を見る。
「よし様」
「はい」
「そのお顔で優しく言っても、逆に怖い時があります」
「えっ」
主上が吹き出した。
方仁親王も耐えきれず笑っている。
「其方、時折“戦場の顔”になるからな」
「そんなつもりは……」
「あります」
『はるちゃん』が即答した。
ひどい、思わず涙目になる。けれど、そんなやりとりを見て逆に幼い姫たちは少し安心したらしい。
三条西家の娘が、おそるおそる私(長慶)を見上げる。
「……ながよし様は、ほんとうに未来をご存知なのですか?」
部屋の空気が少し静まった。
主上も、方仁親王も黙る。
私(長慶)は少し考え――。
「全部ではないよ」
静かに答えた。
「未来は変わるから」
「変わる……?」
伏見宮の姫が首を傾げる。
「うん。本来なら存在しなかったものも、今ここにある」
そう言って、私(長慶)は自分自身を指差した。
「例えば“四州近衛家”もね」
三人の姫たちが目を丸くする。
主上が静かに頷かれた。
「本来なら、存在せぬ家なんだ」
「……!」
伏見宮の姫が息を呑む。
方仁親王が面白そうに言う。
「つまり、其方らは“未来になかった婚姻”をするわけだ」
『婚姻』という言葉を聞いて、三人とも顔を真っ赤にした。
まだ七、八歳である。そりゃ恥ずかしい。
『はるちゃん』は、そんな様子を見ながら小さく笑った。
けれど、その視線は、ほんの少しだけ複雑だった。
僅か十四歳。それなのに既に正式な正室。
同時に、これから多くの姫たちを側室として迎える立場でもある。
私(長慶)はその表情に気づいた。『令和のおばちゃん』だからこそ気がついた。
『令和のおばちゃん』的にも夫をシェアするというのは本来なら受け入れ難いものなのは当然理解できるからだ。それがこの時代の常識だとしても。・
「……『はるちゃん』」
「はい?」
「無理はしないでくださいね」
一瞬、驚いたように『はるちゃん』が目を見開く。
「え……?」
「この時代の形は理解しています。でも、辛い時は辛いと言っていいので」
室内が静まり返った。
主上が、じっと私(長慶)を見る。
方仁親王も、何も言わない。
『はるちゃん』は、しばらく言葉を失い―― やがて、ふっと笑った。
「…… 未来の方は、そのようなことを申されるのですね」
「変ですか?」
「少し」
くすりと笑う。
「ですが…… 嫌ではありませぬ」
その声は、どこか柔らかかった。
主上は静かに目を細められる。
「稀仁」
「はい」
「其方、女子を泣かせぬようにな」
「……?」
「既に泣かせそうな台詞を吐いておるが?」
方仁親王がニヤニヤしている。
やめて!
その時、三条公頼の娘が、小さな声で言った。
「でも……」
「?」
「ながよし様が未来を知っておられるなら、きっと、わたくしたちの子や孫も……」
そこで言葉を止める。
私(長慶)は静かに答えた。
「うん」
「……」
「きっと、未来へ繋がっていく」
主上が、穏やかに頷かれた。
「そうだ」
静かな声。
「そなたらは、ただ家へ嫁ぐのではない」
そして。
「未来へ、国を繋ぐのだ」
朝の光が、姫たちの小さな横顔を照らしていた。
御簾の外では、女房たちが静かに行き交っている。
だが室内は、どこか不思議な空気に包まれていた。
未来へ国を繋ぐ。
主上のその言葉は、幼い姫たちにはまだ難しかっただろう。
なんとなく“大事な話”だということだけは、伝わっているらしい。
三条西公枝の二女が、そっと私(長慶)の袖を掴んだ。
「……ながよし様」
「ん?」
「未来って、楽しいですか?」
その問いに、私(長慶)は少しだけ考えた。
楽しい――だけではない。
戦は減った。飢えも減った。病も減った。
だが、孤独はある。不安もある。人は相変わらず悩み続ける。
それでも。
「……面白い時代だよ」
私(長慶)は微笑んだ。
「空を飛べるし、遠くの人ともすぐ話せる」
三人の幼い姫たちが一斉に目を丸くする。
「空を?」
「鳥みたいに?」
「天狗?」
最後ちょっと違う。
方仁親王が腹を抱えて笑い出した。
「ははは! 未来人、完全に妖怪扱いではないか!」
主上も肩を震わせている。
すると、『はるちゃん』が、ふと真顔になった。
「よし様」
「はい?」
「未来では…… 女子も自由に生きられるのですか?」
静かな問いだった。
室内の空気が少し変わる。
私(長慶)は、『はるちゃん』を見る。
十四歳。まだ少女だ。令和だと中学生。
それなのに… 既に“皇家の姫”として生きている。
政略。婚姻。家。
自分の人生が、自分だけのものではないことを理解している。
私(長慶)はゆっくり答える。
「今よりは、ずっと」
『はるちゃん』は黙って聞いている。
「学問もできる。仕事もできる。自分で結婚相手を選ぶ人も多い」
「……!」
三人の幼い姫たちが、ぽかんとした顔になる。
方仁親王は感心したように唸った。
「女子が相手を選ぶのか」
「はい」
「強い世だな」
「かなり」
主上が、ふっと笑われる。
「だが、その方が良いかもしれぬな」
私(長慶)は少し驚いた。
主上は続ける。
「国とは、半分は女子で出来ておる」
「……」
「ならば、女子が力を持たねば、国も半分眠ったままだ」
その言葉に、『はるちゃん』が目を見開く。
この時代に、真正面からそんなことを言う帝は少ない。
主上は、穏やかに言った。
「永寿」
「はい、おもう様」
「学べ」
「……!」
「其方は、ただ美しくあれば良い姫ではない」
静かな声。
「これから先、皇家も、四州近衛家も、多くの者を支える」
そして
「其方自身が、“橋”になるのだ」
『はるちゃん』の瞳が揺れた。
私(長慶)は、その横顔を静かに見つめる。
彼女は、未来では名前すら残らないかもしれない。
けれど… 確かにここに生きていて、未来を支える一人になる。
その時だった。
伏見宮の第一王女が、おずおずと手を挙げた。
「あの……」
「ん?」
「未来では、お菓子はいっぱいありますか?」
空気が一瞬で緩んだ。
子供だ。完全に子供だ。
私(長慶)は思わず笑ってしまう。
「いっぱいあるよ」
「甘いですか?」
「めちゃくちゃ甘い」
「わあ……!」
三条公頼の娘が目を輝かせる。
「毎日食べられるのですか?」
「食べようと思えば」
「天国では!」
『はるちゃん』が吹き出した。方仁親王も笑いを堪えている。
主上が、妙に真剣な顔になる。
「……稀仁」
「はい」
「やはり“あいす”は必要ではないか?」
「戻った!」
アイスの話題に。
『はるちゃん』も期待に満ちた顔でこちらを見る。
「ながよし様…… 冷たい甘味……」
三人の幼女たちまで、きらきらした目になった。
だめだ。完全に包囲されてる。
私(長慶)は額を押さえた。
「……作りますよ」
「!」
室内が一気に明るくなる。
主上、めちゃくちゃ嬉しそう。方仁親王が肩を震わせている。
「未来知識の使い道が、とうとう“あいす”に」
「いや大事ですよ! 砂糖文化と酪農と保存技術に繋がるので!」
「必死だな」
「実際大事なんです!」
『はるちゃん』が、くすくす笑いながら言った。
「でも」
「?」
「よし様が作るなら、きっと未来へ残りますね」
その言葉に、私(長慶)は少しだけ目を細めた。
未来へ残る。
国も。血も。想いも。
そして案外――。
こういう、くだらなくて温かい記憶こそ。
本当に未来へ残っていくのかもしれなかった。