作品タイトル不明
”戦国あいす”
その日の昼過ぎ。
内裏の一角が、 妙な熱気に包まれていた。
「塩を入れるのです!」
「違います! 先に器を冷やさねば!」
「乳が分離しておりまするー!」
――地獄だった。
私(長慶)は頭を抱えた。
どうしてこうなった。
原因はもちろん、朝の一言である。
『……作りますよ』
あの瞬間、主上の目が本気になってしまったのだ。
結果、内裏の台所総動員。
女房たちまで巻き込み、“冷たい甘味開発計画”が始動していた。
いや、戦国時代の宮中でやることじゃない。
主上が興味津々で覗き込む。
「稀仁、これは成功しそうか?」
「理論上は……!」
「その言い方、失敗する時のやつでは?」
方仁親王が横から冷静に刺してくる。
やめて。
実際難しいのだ。阿波でも山間部、雪の多い三好の冬風物なのだ。条件が違う。
冷却:(今は霜月。この時代は小氷河期)条件的には夏に作るよりかはマシ?
糖分:(御所にも薬の一種として大陸から少量ではあるけれど、持っていた。それと献上品として阿波から送っていた『楓砂糖』と『蜂蜜』も残っていたものを主上自ら確保したらしい。いいのか、それで?)
乳脂肪:(『御料牧場』から主上が確保済み)
衛生:(阿波からの献上品の『石鹸』や使う道具は一度全て煮沸した)
『卵』はちょっと怖いから、今回は使わない。単純なミルクアイスにすることにした。
条件を整えれば再現が可能なように内裏の料理担当の人にも手伝ってもらうことにした。
今回は阿波からの献上品が役に立った。
阿波ではすでにガラス瓶を使った密閉可能な容器が作られるようになっていた。
その空き瓶ですらこの当時では高価なものだ。それを煮沸して使うことにした。
念の為、鍋に牛乳を入れ火を入れて温める。糖分を加えて溶かす。
ガラス瓶に材料を入れる。蓋をしてシャカシャカ混ぜる。氷室の氷を砕き、塩を混ぜ温度を下げた中にその小瓶をいくつも入れて冷やす。
一、二時間ごとに冷え方を見ながら中身をシェイクする。
多分これでなんとかなると思うけど。
まあ、令和のように冷凍庫ではないのでなかなか固まらないだろうけど。
令和なら簡単でも、戦国では難易度が高すぎる。
私(長慶)はちらりと周囲を見る。
『はるちゃん』に伏見宮の第一王女、三条公頼の長女、そして三条西公枝の二女。
みんな、目を輝かせてこちらを見ていた。
期待が重い。
逃げられない。
「……やります」
私(長慶)は覚悟を決めた。
その瞬間。
「おお!」
主上が、完全に“面白い玩具を見つけた人”の顔になった。
主上、威厳どこいったの?
『はるちゃん』が、くすくす笑いながら袖を押さえる。
「よし様、顔が戦場の時と同じです」
「命懸けなので」
「甘味作りで?」
「失敗したら皆の期待が死にます」
方仁親王が吹き出した。
その時だった。
女房の一人が、恐る恐る器を差し出す。
「……できました」
全員の視線が集中する。
器の中には、半分凍った白いもの。
見た目は――。
かなり微妙。
私(長慶)は恐る恐る口に運んだ。
冷たい。
甘い。
若干しゃりしゃりしている。
そして少し乳臭い。でも…
「いけます!」
「!!」
空気が弾けた。
『はるちゃん』が身を乗り出す。
「本当ですか!?」
「はい!」
主上が、完全に少年みたいな顔になっている。
「食す!」
「待ってください、お腹壊したら困るので少しずつ――」
もう遅かった。
主上が躊躇いもなく、ぱくっといった。
室内が静まり返る。
ごくり。
全員が固唾を呑む。
主上の目が、ゆっくり見開かれた。
「……冷たい」
「はい」
「甘い」
「はい」
「なんだこれは」
「アイスです」
主上は、しばらく無言だった。
「稀仁」
「はい」
「其方、天下を取れるぞ」
「アイスで!?」
主上の言葉に方仁親王が腹を抱えて笑い出した。
『はるちゃん』も、ついに声を上げて笑っている。
三人の幼い姫たちは、完全に目を輝かせていた。
「わたくしも!」
「食べたいです!」
「冷たいー!」
小さな匙を渡され、おそるおそる口に入れる。
「……!」
伏見宮の第一王女が、ぱあっと顔を輝かせた。
「おいしい……!」
三条公頼の娘も、感動したように呟く。
「あまくて、つめたいです……!」
三条西公枝の二女など、感極まっている。
「未来すごい……」
いや、未来でもここまで苦労して食べない。
『はるちゃん』は、静かに一口食べ――。目を丸くした。
「……すごい」
ぽつりと漏れる。
「まるで、雪を食べているみたい」
その表情が、本当に嬉しそうで。
私(長慶)は少しだけ肩の力を抜いた。
主上が、『アイス』を食しながら妙に真剣な顔になる。
「稀仁」
「はい?」
「これを広めよ」
「はい?」
「戦を減らせるやもしれぬ」
「アイスで?」
「うむ」
主上、割と本気だった。
方仁親王が笑いながら言う。
「“甘味外交”か」
「実際、食は人を繋ぎます」
私(長慶)がそう返すと、主上は満足そうに頷いた。
「ならば良い」
そして、ふと遠くを見る。
「……未来とは、案外こういうものかもしれぬな」
「?」
「大きな戦や政ではなく」
静かな声。
「人を笑顔にする、小さなものの積み重ね」
『はるちゃん』が、そっと主上を見る。
私(長慶)も、黙ってその横顔を見つめた。
戦国の帝。だがこの人は、誰よりも、“平和な時代”を夢見ているのかもしれなかった。
翌日の昼過ぎた頃。
「よし様」
「はい」
「……昨日、お父様が嬉しそうで安心しました」
その声は、どこか年相応だった。
十四歳。
未来のことも、皇家のことも、政のことも理解している。
けれど同時に、まだ父を案じる娘でもある。
「最近ずっと、難しいお顔ばかりでしたから」
私(長慶)は静かに頷いた。
「お父様は、先のことを考えておられます」
「はい」
「たぶん…… 百年単位で」
『はるちゃん』が小さく笑った。
「よし様みたい」
「え」
「似ております」
待って。
それ、褒められてるのか分からない。
彼女はくすくす笑う。
「でも、お父様とよし様は少し違います」
「違う?」
「お父様は“国を残そう”となさる。よし様は――」
そこで振り返る。
真っ直ぐ、こちらを見る。
「“人を残そう”としておられる」
息が止まった。
「皇家も。宮家も。公家も。武家も。皆が滅びぬよう、必死に繋ごうとしておられるでしょう?」
図星だった。
四州近衛家。
それは単なる家ではない。
皇家と武家を繋ぐ楔。
そして、“稀人”を未来へ残す器。
『はるちゃん』は少し困ったように笑う。
「だからお父様、本当に安心しておられるのです」
「……安心?」
「はい」
彼女は庭へ視線を戻した。
「よし様がいる限り、皇家は急には滅びないと」
その言葉は、重かった。
主上がやろうとしていること。
それは単なる皇位継承対策ではない。
“文明の継承”だ。
皇家。宮家。摂関家。武家。
それぞれを孤立させず、血と役割で結び直す。
『はるちゃん』こと永寿内親王は私(長慶)の正室となった。
伏見宮第一王女。三条公頼卿の長女。三条西公枝卿の二女。
多分他の家の幼い姫君たちも、未来には四州近衛家へ入る予定になっている。
政略結婚。と言えばそれまでだ。
けれども、主上は、もっと長い視点で見ている。
血を散らし、繋ぎ、滅ぼさぬための仕組み。まるで、巨大な生態系みたいに。
「……不思議です」
『はるちゃん』がぽつりと言う。
「何がです?」
「昔は、皇家は“閉じる”ことで守られてきました」
「はい」
「でも今は逆です。“繋がる”ことで守ろうとしている」
それは、確かに時代の転換だった。
平安。鎌倉。室町。皇家は神秘性と隔絶で権威を守った。
だが戦国は違う。
閉じれば、そのまま途絶える。
それに気づいた主上は、あえて外へ血を流し始めることにした。
その中心にいるのが、四州近衛家。
そして――私(長慶)だ。
「よし様」
「はい」
「怖くありませんか?」
「何が?」
「未来です」
静かな問いだった。私は少し考える。
未来。知っている。
これから起こるであろう戦乱も。飢饉も。革命も。敗戦も。
知っているからこそ、怖い。
「……怖いですよ」
私(長慶)は正直に答えた。
「すごく」
『はるちゃん』は驚かなかった。
「でも」
私(長慶)は空を見上げる。
「未来を知ってても、全部は守れません」
「……はい」
「だからせめて滅びないようにだけはしたい」
文明は壊れる。国も変わる。制度も変わる。
けれど、“繋がっている”限り、また立ち上がれる。
たぶん主上も、同じことを考えている。
『はるちゃん』はしばらく黙っていたが、やがて小さく言った。
「でしたら」
「?」
「私も頑張ります」
その顔は、少し大人びていた。
「よし様が未来へ走くなら、私は横で支えます」
「……はるちゃん」
「その代わり」
彼女は急に悪戯っぽく笑う。
「ちゃんと寝てください」
「うっ」
「あと甘味を忘れないこと」
「そこ重要!?」
「重要です」
真顔だった。
「未来を救うには甘味が必要です」
誰だこの思想を植え付けたの。
絶対、主上だ!
その時、向こうから、主上の声が響いた。
「稀仁ー!“あいす”はまだかー!」
主上、来たーーー!?
しかもめちゃくちゃ期待してる!
渡殿が爆笑に包まれる。
戦国の内裏。
本来なら、重苦しいだけの時代のはずなのに。
今この場所には、確かに笑い声があった。
未来へ繋がる、笑い声が。