作品タイトル不明
未來の皇家⑤
その言葉のあと、部屋にはしばらく静かな沈黙が流れていた。
誰も軽々しく口を開けない。
炭の赤だけが、ぼんやりと揺れている。
やがて方仁親王が小さく呟かれた。
「……では、“女帝”はどうなのでしょう」
私(長慶)は顔を上げた。主上も静かに視線を向けられる。
方仁親王は続けた。
「令和では、帝には女子がお生まれになっているのでしょう?」
「……はい」
のちに令和天皇と呼ばれるであろう帝には、一人の内親王が、天皇の弟には親王とその姉妹もいると伝えた。
ただし、天皇の弟もその子供も帝王学を学んでいないとも。
そのことを聞いた時『学ばずに天皇にはなれないのに、何故弟宮は学ばないのだと』二人とも驚き嘆いたのだ。
「ならば、その御方(天皇の内親王)が継げばよい、と思う民も多いのでは?」
「多いです」
主上が「ふむ」と頷かれた。
「当然の考えよな」
戦国の帝があまりにも自然にそう言ったので、逆に私は少し驚いた。
主上はこちらを見る。
「稀仁。そなたの世では “女帝”そのものを否定しておるのか?」
「……いいえ。しかし、令和の皇室に関する法では男系男子にのみ皇位継承を認めるとされていました」
「ほう?」
「しかし、それは令和からほんの百八十年くらい前の法律を元にされたもので、それ以前には過去には男系の女性天皇も存在しています」
主上は静かに頷かれた。
「であろうな」
その反応が、逆に現代人の感覚からすると新鮮だった。
主上は続けられる。
「皇家ほど長く続けば、女子が継ぐ時代があるのは自然よ」
「律令でもそれは条件を満たせば可能であると定められておる」
あっさりしている。もっと禁忌めいた反応を想像していたのに。
寧ろ、律令(養老令『継嗣令』)のことまで持ち出されるなんて、私(長慶)の方が逆に驚いてしまった。
だが次の瞬間。主上の目が僅かに鋭くなった。
「……だが“女帝”と“女系”は別であろう?」
「はい」
「つまり……」
「はい。男系女子の女帝は過去にもいました。ですが、女系天皇は歴史上おりません」
主上が深く頷かれた。
その目は、完全に構造を理解した者の目だった。
「つまり問題は “女子が継ぐか”ではない」
「……はい」
「“皇家の系統をどこまで同一とみなすか”か」
「その通りです」
方仁親王が難しい顔をされる。
「ですが……」
「はい」
「血とは、そこまで厳密に分けられるものでしょうか」
その問いに、私(長慶)は言葉を失った。
現代でも、答えが出ていない問いだった。
主上が静かに笑われる。
「方仁。其方は“人”を見ておる」
「え?」
「だが国は時に、“物語”で動く」
私(長慶)は息を呑んだ。主上は続ける。
「皇家とはな、突き詰めれば“信”よ」
「信……」
「民が “この国は続いている”と思える象徴」
その言葉には、妙な説得力があった。
戦国の帝。権力も軍もない。
それでもなお、国の中心に居続ける存在。
それは確かに、“信”でしか説明できない。
主上は炭火を見つめながら言われた。
「ゆえに変えるならば慎重でなければならぬ」
「……はい」
「たとえ理に適っていても、民の心が離れれば意味がない」
その一方で、方仁親王は納得しきれない顔だった。
「ですが、変えねば絶えるのであれば?」
主上が目を細められる。
「……うむ」
「守るために変える。それもまた、“続ける”ことではありませぬか?」
その瞬間、空気がぴたりと止まった。
私(長慶)は、思わず方仁親王を見た。
若い。けれど…
この人もまた、未来の帝になる人なのだ。
主上もじっと息子である方仁親王を見つめておられる。
そして、ふっと笑われた。
「其方、存外に頑固よな」
「父上に似ました」
「言うようになった」
そのやり取りに、少し空気が緩む。
しかし主上はすぐ真面目な顔に戻られた。
「稀仁」
「はい」
「令和の民は、皇家に何を求めておる?」
難しい問いだった。
私(長慶)はしばらく考えた後ゆっくり答えた。
「……“そこに居てくださること”です」
主上が静かに目を瞬かせる。
「戦わずとも。政治を動かさずとも。ただ、変わらず続いていてくださること」
令和の天皇制は、権力ではない。
むしろ逆だ。“権力を持たない象徴”として、存在している。
主上は不思議そうに笑われた。
「妙なものよな」
「はい」
「力を持たぬことで、逆に残るか」
その呟きは、どこか感慨深かった。
応仁の乱以後、武家に力を奪われ続けた皇家。
けれど、だからこそ滅びなかった面もある。
主上は静かに言われた。
「ならば」
ゆっくりと、一言ずつ。
「令和の皇家は、“勝った”のだな」
私(長慶)は息を止めた。
勝った。
その言葉の重み。
戦国という地獄を生きる人にとって、“続いている”ことは、つまり勝利なのだ。
焼け落ちず。途絶えず。五百年後まで残った。
それだけで、十分すぎるほどの勝利だった。