作品タイトル不明
未來の皇家④
静寂が落ちた。
ぱちり、と炭の爆ぜる音だけが小さく響く。
主上も『はるちゃん』も――方仁親王も、こちら(長慶)を見ていた。
私(長慶)は慎重に言葉を選ぶ。
「……“旧宮家”と呼ばれる方々がおられます」
主上が僅かに眉を上げられる。
「宮家、とな」
「はい。かつて皇族であった家々です」
方仁親王が首を傾げた。
「“かつて”?」
「ある時代に、臣籍降下――皇族を離れ、臣となりました」
「なぜ?」
「……数が増えすぎたのです」
その瞬間、主上と親王の顔が、同時に「ああ……」となった。
戦国の皇家は、慢性的な困窮状態だ。人数が増えれば、維持費も増える。
だからこそ、宮家の整理という概念自体は理解できる。
主上は静かに問われた。
「その者らを、再び皇家へ戻そうとしておるのか」
「はい。ただ――」
私(長慶)は一度息を吐いた。
「問題があります」
「ほう?」
「その“旧宮家”は……令和から見て、およそ六百年前に分かれた系統なのです」
空気が止まった。
方仁親王がぽかんとしている。
「……ろっぴゃく?」
主上も流石に絶句されていた。
「待て」
珍しく即座に言葉が返る。
「それは最早、ほぼ他人ではないか?」
ですよね! 戦国時代の皇族でもそう思うよね?
「それは……もはや別家ではないのか?」
「はい。令和でも そ(・) こ(・) が大きな論点になっています」
主上は腕を組まれた。
「ふむ……」
私(長慶)は続ける。
「ただ、その方々は“男系”ではあります」
方仁親王が聞き返す。
「だんけい?」
「父から子へ、さらにその子へ――男子を通じて遡れば、天皇へ辿り着く血筋です」
「ああ」
「一方、“女系”は、母方を通じて皇統へ繋がる系統を指します」
主上はすぐに理解されたようだった。
「つまり」
静かな声。
「“血”を重く見るなら男系。“近さ”を重く見るなら女系、ということか」
「…… その状況に近いです」
方仁親王が難しい顔になる。
「ですが、それは妙ではありませんか?」
「妙?」
「六百年前の男系男子より、直近の天皇のお子(内親王)の方が、どう考えても“近い”ではありませぬか」
あまりにも真っ当な疑問だった。
令和でも、多くの人が抱く感覚だ。
私は頷いた。
「その通りです。だからこそ、令和でも意見が割れていました」
主上が低く呟かれる。
「ふむ……」
その顔は、完全に“政治”を考える顔だった。
「稀仁」
「はい」
「余から問おう」
静かな眼差し。
「その六百年の男系男子は、“皇家として生きてきた”のか?」
私は言葉に詰まった。
「……いいえ」
「帝王学は?」
「受けておりません」
「祭祀は?」
「基本的には」
「担っておらぬな?」
「……はい」
主上は深く頷かれた。
「ならば、難しい」
断言だった。方仁親王も静かに続ける。
「血だけでは、“天子”にはなれませぬ」
その声音は、年齢に似合わぬほど真剣だった。
「皇家とは、生まれだけではなく、積み重ねるものでもありましょう?」
胸に刺さる。
令和の議論でも、そこはあまり語られない。
“皇族として育つ”ということ。
祭祀。振る舞い。覚悟。歴史。
主上は静かに目を閉じられた。
「されど」
ゆっくり開かれる瞳。
「男系を重んじる理も分かる」
「……はい」
「皇家とは“永続”の象徴よ。ならば、変えぬことで守られる権威もある」
そこには、千年単位で国を見る者の視点があった。
方仁親王がぽつりと漏らす。
「難しいのですね……」
「はい」
「どちらにも理があるのです」
すると主上が、ふとこちらを見られた。
「令和の民は、何を恐れておる?」
私は少し考えた。そして答える。
「……“終わること”です」
主上の目が静かに細められる。
「皇家が続かなくなることを、皆、恐れています」
戦乱の帝は、その答えに深く頷かれた。
「同じか」
「え?」
「今も、五百年後も」
主上は小さく笑われた。
「人は“続いてほしいもの”を守ろうとする」
その声は、どこか優しかった。
「形は変われど、願いは変わらぬのだな」
私(長慶)は返事ができなかった。方仁親王が静かに言う。
「ですが……」
「はい」
「余は少し、不思議です」
「何がです?」
「五百年後の民が、今なお皇家の行く末を案じている」
方仁親王は、どこか信じられないものを見る目をしていた。
「それほど長く、この国は続くのですね」
その一言に。思わず喉が詰まった。
ああ、この人たちは “未来がある”こと自体を、奇跡のように感じているのだ。
応仁の乱から続く荒廃。
焼けた都。明日どうなるかも分からない時代。
その中で、五百年後まで国が続き、なお皇家が残り、その在り方を議論できる。
それ自体が、彼らにとっては希望なのだ。
主上は静かに笑われた。
「ならば、良い」
「……え?」
「民が案じるうちは、まだ終わっておらぬ」
その言葉は、不思議なくらい重かった。
「本当に終わる国はな」
主上は遠くを見るように呟かれる。
「誰も気にかけなくなる」