作品タイトル不明
未來の皇家⑥
その夜、話はそこで終わる――はずだった。
主上がふと、こちらを見られた。
「稀仁」
「はい」
「其方、“令和の帝”については、あまり語らぬな」
心臓が跳ねた。方仁親王も興味津々でこちらを見る。
「どのようなお方なのです?」
どう説明すればいい。
令和の天皇。
世界最古の王朝。
だが同時に、“権威”と“人間”の狭間で、極めて難しい立場に置かれた存在。
私(長慶)は慎重に口を開いた。
「……穏やかな御方です」
主上が静かに聞いておられる。
「民に寄り添おうとされる方です。災害があれば被災地へ赴かれ、苦しむ人々の傍へ行かれる」
方仁親王が目を丸くした。
「帝自ら?」
「はい」
「危うくはないのですか?」
「危ういです。ですがそれでも行かれます」
主上がふっと笑われた。
「なるほど。“祈る帝”か」
その表現に、私(長慶)は少し驚いた。
だが確かにそうだった。
令和の天皇制は、武威でも統治でもない。
祈り。
慰め。
寄り添い。
そういうものへ、長い時間をかけて変わっていった。
主上は炭火を見つめながら呟かれる。
「面白いものよな」
「……はい」
「余の時代では、帝は“政治から遠ざけられた存在”よ」
自嘲気味に笑われる。
「されど五百年後には、それが逆に意味を持つか」
私(長慶)は肯定する意味で頷いた。
「はい。政治を持たぬからこそ、どの民にも寄り添える存在になりました」
方仁親王がぽつりと漏らす。
「不思議です……」
「え?」
「武もなく、政もなく、それでも必要とされる」
主上が微笑まれる。
「方仁。それを“象徴”と言うのだ」
その言葉に、私(長慶)は息を呑んだ。
象徴天皇制。それをすんなり理解した主上に驚いてしまった。
それは近代で生まれた概念だと思っていたけれど… もしかしたら違う?。
もっとずっと前から、皇家は“象徴”へ変わり続けていたのかもしれない。
主上は静かに続けられる。
「稀仁」
「はい」
「余はな、少し安心した」
「……何をです?」
「五百年後の帝が、民の傍におると知った」
その横顔は、どこか穏やかだった。
「それならば、皇家はまだ“国の中心”におる」
私(長慶)は言葉を失った。
“国の中心”、それは支配者という意味ではない。
人々の心の中心。
国の記憶の中心。
そういう意味だった。
その時、方仁親王が少し躊躇いがちに尋ねられた。
「……令和の帝は、お幸せなのでしょうか」
その問いは、思った以上に重かった。
私(長慶)はすぐには答えられない。
幸せ。
天皇に対して、それを問う人は現代でも少ない。
責務。公務。象徴。伝統。
語られるのはいつも、“役割”ばかりだ。
主上も静かにこちらを見ておられる。
私(長慶)はゆっくり答えた。
「……簡単ではないと思います」
二人が静かに聞いている。
「常に見られ、常に求められ、自由も少ない」
「うむ……」
「けれど」
私(長慶)は少し笑った。
「それでも、国民から敬愛されています」
方仁親王の顔が少し和らぐ。
「ならば……良かった」
主上も静かに頷かれた。
「民に愛されるか」
ぽつり、と呟かれる。
「それは、帝にとって最も得難いものよ」
戦国時代。権力者は数多いる。
だが“敬愛”される者は少ない。
恐怖で従わせることはできても、心から慕わせることは難しい。
主上は小さく笑われた。
「余など、銭がなければ公家にも逃げられるぞ」
「父上……」
「事実であろう?」
苦笑する親王。
私(長慶)は知っている。この人は五百年後にも名を残す。
焼け跡の都で、必死に“国を繋いだ帝”として。
主上はふと、こちらへ視線を向けられた。
「稀仁」
「はい」
「令和の民へ、余から伝えられることはあるか」
不意打ちだった。
私(長慶)は言葉に詰まる。
五百年前の帝から、令和へ。
何を伝える?
主上は静かに笑われた。
「説教ではないぞ」
「……はい」
「ただ、少し気になっただけよ」
私は考えた。長く。静かに。
そして…
「……きっと皆“当たり前”だと思っています」
「何を?」
「この国が続いていることを」
主上も、方仁親王も、静かにこちらを見る。
「でも本当は、全然当たり前じゃない」
焼けなかったから。途絶えなかったから。
守ろうとした人たちがいたから。
名前も残らない無数の人間が、次へ渡し続けたから。
「だから――」
そこで言葉が詰まった。
胸の奥が熱い。
「ありがとうございます、って。令和の民から逆に感謝の言葉を伝えたいと思うと思います」
主上が、静かに目を見開かれた。
「……そうか」
それだけだった。
けれど、その一言は、なぜか涙が出そうになるほど優しかった。