作品タイトル不明
『戦国の外側の論理』
――1534年、弥生初め。
阿波国・徳島城。
雨だった。春雨が静かに瓦を叩く。
徳島城『政所』では、灯明がまだ消えていなかった。
理由は単純 ――仕事が終わらない。
―― 政所・深夜
「……殿(長慶)」
小一郎――篠原長房が、帳面を閉じながら言った。
「これ、もう国づくりというより」
「?」
「化け物づくりです」
私(長慶)は眠そうに顔を上げる。
先日、十二歳の誕生日を迎えたばかり。その日も仕事に明け暮れていたっけ。
「ひどくない?」
「ひどくありません」
即答だった。
周囲の側近たちも頷いている。
小一郎の弟、佐吉。
佐々木太郎。
一宮次郎九郎。
新開太郎。
森彦太郎。
大西小太郎
皆、子供なのに顔が少し死んでいた。
私(長慶)『令和のおばちゃん』的には、小中学生にめちゃめちゃブラック環境で働かせて申し訳ないと思ってる。
でも、自分達以上に海雲も彼らの父親たちも、現場で『仕組み』作りに奔走させているのも知っているのだ。
たまに『何やってるんだ』って、思っちゃうもんね(苦笑)
―― 芝生城の頃
「昔は良かったな……」
ぽつりと彦太郎が言った。
「芝生城で紙漉いてりゃ良かった」
皆が笑った。
懐かしい、あの頃。
定期的に集められた国人衆の子供たち。
芝生城。
そこで待っていたのは、剣術でも馬術でもなく『体験学習』だった。
―― 阿波紙
山。
冷たい水。
皮を剥く。
叩く。
漉く。
「何で俺ら紙作ってんだ……」
子供だった太郎が半泣きだった。
すると、幼い千熊丸が真顔で言った。
『戦より強いから』
『???』
『紙』
皆、意味が分からなかった。だが、今なら分かる。
―― 記録できる国
小一郎が静かに言った。
「千熊丸様が最初から欲しかったのは」
「刀ではなく、紙でしたな」
誰も否定しない。
記録。
帳簿。
図面。
法律。
技術書。
寺子屋。
全部、紙が要る。
紙がある国は強い。
それを、千熊丸は子供の頃から知っていた。
―― 太布織
「俺は木を剥いてたな……」
次郎が苦笑した。
樹皮から繊維を取る。
煮る。
叩く。
撚る。
織る。
気の遠くなる作業。
『服って大変なんだよ』
幼い千熊丸が言った。
『だから布は財産』
今なら理解できる。
衣服。
保温。
労働。
衛生。
全部繋がっている。
だから今の阿波では、太布工房が増え”冬死”が減り始めていた。
―― 養蜂
「蜂もやったなぁ……」
四郎が笑う。
皆、一斉に顔をしかめた。
「刺された」
「死ぬほど刺された」
「千熊丸様だけ平気だった」
私(長慶)は少し咳払いする。
「いや防具作ったし」
もちろん最初は刺された。パンパンに腫れた。
そこで『未来知識』で作ってもらった。
布。煙。手袋。
簡易防護。
自分でその試作品を試してみた。
結果は上々だった。
なので、その仕様の防護服を量産してもらうと人的被害が激減したのだ。
蜂蜜が激増した。
糖。
保存。
栄養。
薬。
全部に繋がることになった。
―― “暮らし”から始まる国
『はるちゃん』は、その話を静かに聞いていた。
「……皆、子供の頃から?」
「うん」
私(長慶)は頷く。
「剣術より先に『産業』を見てた」
彼女(はるちゃん) が目を丸くする。
「戦国なのに……?」
小一郎が苦笑する。
「最初は皆、意味分からんかったです」
そして、少し笑う。
「でも今は 分(・) か(・) り(・) ま(・) す(・) 」
その目が政所を見回す。
帳簿。図面。法令草案。
「全部、あの頃から繋がってます」
―― 阿波を模型にする理由
その夜更け。人が減った政所。
私(長慶)は地図を見ていた。
阿波。
讃岐。
伊予。
土佐。
まだ未整備だ。
制度バラバラ。
税も違う。
法も違う。
寺も違う。
港も違う。
「……いきなり四国全部は無理」
やることが多すぎる…
私(長慶)がぽつりと呟くとそれを拾った小一郎が頷く。
「だから阿波」
「うん」
阿波は、実験場だった。
成功例を作る。“動く模型”。
私(長慶)は紙へ線を引く。
「規格」
升。
尺。(ほぼほぼメートル式の導入も含めた)
重量。(ほぼほぼグラム式を含めた)
帳簿。(令和の複式簿記)
税。
港。
「これが揃うと」
少し黙る。
「国って、急に強くなる」
未来知識があるから知っている。
近代国家。
工業国家。
物流国家。
全部。規格化で加速する。
―― “見えない力”
武士たちは、刀を見て強さを測る。
兵数を見る。
城を見る。
だが違う。
真に恐ろしいのは… 一見見えないものだ。
道路。
衛生。
記録。
教育。
法律。
流通。
数字。
単位。
それら“目立たないもの”。
けれど一度回り始めれば『戦国の常識』を壊す。
「殿(長慶)」
ふと、小一郎が言った。
「もし」
一拍。
「阿波が完成したら」
私(長慶)は地図に目を落とすと静かに答えた。
「讃岐へ持っていく」
「次は伊予」
「土佐」
「四州全部」
小一郎は少し息を吐いた。
「つまり… 『えげつない』ですね」
「小一郎、言い方!」
だが否定できない。
―― 『はるちゃん』の理解
そこへ、いつの間にか残っていた『はるちゃん』が言った。
「……分かりました」
「何が?」
「皆が、四州近衛を怖がる理由です」
静かな声だった。
「戦をしていないのに」
「戦より強くなるから」
部屋が少し静まる。
彼女は続ける。
「しかも」
その目が優しい。
「よし様自身は、“強くなろう”としている顔ではなく」
一呼吸おいて
「“皆が普通に暮らせる方法”を探している顔なのです」
私(長慶)は少し困る。
「まあ、その方が大事だし」
「ですが」
『はるちゃん』は笑った。
「それが一番怖いのです」
窓の外は春雨。
港。
夜の灯。
船。
働く人。
学ぶ子供。
病で死ななくなった母子。
飢えなくなった冬。
少しずつ増える笑顔。
全部繋がっている。
確かに、阿波はまだ小さいし未完成。
しかも問題だらけ…
予算も足りない。
人手も足りない。
けれども確実に『戦国の外側の論理』が、ここで動き始めていた。
そして、徳島城の灯はその夜も遅くまで消えなかった。