軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

“朝廷直属国家”

―― 1534年、弥生半ば。

阿波国・徳島城。

季節はすっかり春だった。

吉野川河口には、柔らかな潮風が流れている。

けれど徳島城『政所』は今日も『地獄』だった。

―― 政所・朝

「殿(長慶)」

小一郎――篠原長房が真顔で言う。

「問題が三十七件あります」

「そんなに? あ、でもちょっと減ってる?」

「昨日よりは」

「昨日いくつだったの」

「六十二でした」

「うぁ……」

小一郎の弟の佐吉が横で苦笑する。

「でも実際、国が回り始めてます」

「だから問題もそれなりに増えてるんだよね……」

今の阿波は“成長痛”の真っ最中だった。

―― 規格化の反発

最も揉めているのは、“規格統一”。

特に。

升。

尺。

秤。

これだった。

「昔からこの升じゃ!」

「親父の代からこれだ!」

年配商人たちが怒鳴る。

しかし若い海商たちは逆だった。

彼らに中には『寺子屋』『三好学校』『職業訓練所』で学んだものも含まれ始めていた。

「統一してください」

「港ごとに違うの面倒すぎます」

「計算合いません」

完全に世代戦争になっていた。

―― 徳島城・評定

「では決める」

海雲――三好元長が静かに言った。

空気が締まる。

「阿波標準升を制定する」

漣立つ評定。

「違反は?」

「罰金」

「悪質なら営業停止」

古い商人たちが青ざめる。

だが、海雲は一切揺れない。

「銭を誤魔化せば、国が腐る」

重い言葉だった。

昔の海雲なら、もっと“武”で押していた。

だが今は違う。

数字。

流通。

制度。

それらを理解し始めている。

そして、それを変えたのは、間違いなく…

木から落ちて『胡蝶の夢』を見た千熊丸だった。

―― “山積みの絵巻”

阿波国人たちは、今でも覚えている。

芝生城。

幼い千熊丸が描いていたもの。

大量の絵巻。

見たこともない道具。

見たこともない橋。

見たこともない船。

見たこともない町。

最初…

大人たちは半信半疑だった。

だが、一つ試す。

上手くいく。

また試す。

また成功する。

その繰り返しだった。

―― 国人たちの本音

その夜の徳島城下の宿。

国人たちが酒を飲んでいた。

一宮城主、一宮成永。

白地城主、大西親武

土佐泊城主、森九郎左衛門

牛岐城主、新開実治

皆、古くからの阿波国人たちだ。

「……正直」

森九郎左衛門が言った。

「最初は恐ろしかった」

「何がです」

「若(千熊丸)様じゃ」

静かな声。

「あれは、あまりにも先を見過ぎておった」

皆、黙る。

「木から落ちてからじゃ」

「……」

「急に変わった」

山積みの絵巻。

未来の道具。

未来の町。

未来の制度。

最初は、“神憑り”かと思った。

しかし海雲は隠した。徹底的に。

理由は単純。

奪われるから。利用されるから。

あるいは… 最悪殺されるから。

だから阿波三好と国人たちは、千熊丸を囲った。

守るために、阿波へ引きこもった。

そして『未来の知識』を少しずつ現実へ落とした。

森九郎左衛門が煽るように酒を飲む。

「だが今は分かる」

「何がです」

「“天領”になるしかなかった」

重い言葉。

「若(千熊丸)様一人では抱えきれぬ」

「……」

「これはもう、阿波一国の話ではない」

皆、その言葉に同意して頷いた。

一方、都。

朝廷でも異変は起きていた。

蔵人所では…

「……量がおかしい」

蔵人が呻く。

阿波から届く書類。

多すぎるし細かすぎる。

「港規格?」

「度量衡?」

「寺子屋統一教本?」

報告を受け取った公卿たちが困惑する。

戦国大名から届く文ではない。

まるで“官僚国家”の書類だった。

――

主上――後奈良天皇は、それらを静かに読んでいた。

長い沈黙。やがて、

「……面白い」

ぽつりと呟かれる。

「戦をしておらぬ」

「はい」

「なのに、“国の骨”を作っておる」

周囲が静まる。

主上は見抜いていた。

これは単なる富国ではない。

国家構造そのものの改革。

「しかも」

主上が小さく笑われる。

「これを、“帝の名”でやっておる」

つまり、阿波の制度改革は、朝廷権威を通じて『正統化』されている。

そこが恐ろしい。武家では止めにくい。

「もし四州全土で完成すれば……」

ある老公卿が呟く。

誰も続きを言わない。

だが分かる。

幕府を通さず、直接地方統治が出来る。

それは、武家政権の構造そのものを変える。

―― 徳島城・夜

その頃、私(長慶)はまだ仕事していた。

「殿(長慶)」

小一郎が死んだ目をしている。

「寝てください」

「あとこれだけ」

「昨日も聞きました」

「……はい」

『はるちゃん』がそっとお茶を置く。

「休まれませんと」

「でも仕事が」

「倒れたらもっと止まります」

正論。強い。

彼女(はるちゃん) は静かに帳面を見る。

「……すごい量ですね」

「四国全部回すには、まだ足りない」

「でも」

『はるちゃん』は少し笑った。

「最初は、“未来の道具”を作ろうとしていたのに」

「うん?」

「今は、“未来でも人が暮らせる仕組み”を作っているのですね」

私(長慶)は少し黙る。

そうかもしれない。

冷凍庫。

ガラス。

船。

最初は『未来の再現』だった。

しかし、今やっているのは違う。

法。教育。衛生。流通。制度。

壊されないための文明の土台作り。

―― 『はるちゃん』の視線

彼女(はるちゃん) は、そんな私(長慶)を静かに見ている。

稀人でも。

英雄でもなく。

疲れて。

悩んで。

帳面に埋もれて。

それでも「どうすれば皆が生きられるか」を考えている。

一人の少年として。

彼女(はるちゃん) のその視線が…

時々、少しだけ切なそうなのを、私(長慶)はまだ完全には理解していなかった。