作品タイトル不明
『統一規格』
――1534年、如月末。
阿波国・徳島城。
春の気配が、少しずつ吉野川河口へ降り始めていた。
港には船が増えた。人も増えた。荷も増えた。
とはいえ、増えれば増えるほど“問題”もまた増える。
―― 徳島城・政所
「……限界です」
朝、政所へ入るなり、小一郎――篠原長房が真顔で言った。
私(長慶)はまだ眠い。
「何が?」
「全部です」
「雑!」
「雑ではありません」
ばん、と帳面が置かれる。
「港ごとに重さが違う」
「塩の量も違う」
「長さの基準も違う」
「税率も違う」
「紙の大きさも違う」
「船改めの書式も違う」
「寺子屋の教本も地方ごとに違います」
私(長慶)は頭を抱えた。
「あーーーーーーー戦国時代ーーーーーー!」
そう、今の日本には“統一規格”がほぼ存在しないんだった。
―― 阿波で起き始めた問題
例えば塩だ。
阿波産の塩一俵。
けれど港ごとに“俵の大きさ”が違った。
「詐欺じゃん」
「昔からです」
「嫌すぎる……」
しかも、長さも違う。
一尺。一間。
同じ『阿波』であっても地方で微妙に違う。
それでも、ほぼほぼメートル法やほぼほぼグラム法を浸透させてきてはいるのだけれど、従来通りの尺や貫、間取りも併用している。しかもそれ自体も全く『統一』されていないのだ。
「工事できないじゃん」
「実際ズレてます」
「うわぁ……」
さらに、証文や帳面の書き方といった書類も同様だ。例えば船荷証文の形式が港ごとに違う。
そうなると毎回確認が必要となり、手間がかかり時間がどんどん溶けていくしその分全てが『遅れ』てしまうのだ。
その日、海商たちが政所へ来ていた。
「殿様(長慶)」
「ん?」
「讃岐と伊予で升が違います」
「またか!」
「魚油の量が合いませぬ」
「面倒くせぇ……」
海商たちは本気で困っていた。
「阿波は今、流通が増えすぎております」
「港同士の規格差が邪魔です」
「統一していただければ、 も(・) っ(・) と(・) 回(・) り(・) ま(・) す(・) 」
つまり“阿波が成長したからこそ”、旧来制度が邪魔になり始めている。
そして何より現場がそれに気づき、切実に『統一規格』を求め始めていた。
―― 未来知識の恐ろしさ
小一郎から話を聞き、私(長慶)は机へ突っ伏した。
「規格化……」
「?」
「標準化……」
「?」
「システム化ぁ……」
小一郎が妙な顔をした。
「また何か始まりますね?」
「必要だから!」
未来知識を持つ私(長慶)には分かってしまう。
規格。
法。
帳簿。
それらは地味だけれど、文明を爆発的に伸ばすことを。
―― 『阿波式』
数日後、徳島城政所で新しい方針が決まる。
名はまだない。
だが後に人々はこう呼ぶ。
――『阿波式』と。
―― まず法を揃える
「まず、“同じ罪に同じ裁き”を」
評定で、私(長慶)はそう言った。
国人たちが静まる。今までは裁きは領主ごとに違った。
感情。
身分。
縁故。
全部加味された。だから揉めた。
「商いで揉めた場合」
「港奉行へ提出」
「証文優先」
「口約束より帳面優先」
小一郎が粛々と進めていく。古い武士たちがざわついた。
「帳面を?」
「証拠とするのですか」
「する」
私(長慶)は即答した。
「じゃないと流通が死ぬ」
―― “感覚”から“制度”へ
これは、戦国時代にはかなり異質だった。
今までの政治は『人』で回る。
有力者の顔。
力関係。
恩義といった感じに。
だが私(長慶)は、出来る限り『仕組み』で回したい。
なぜなら『人』は死ぬからだ。
その度『中断』もしくは『断絶』だった。
それがどんなに『優れたもの』であったとしても…
正しく『引き継ぐ』ものがいなければ、知識も文明も途絶えてしまうのだ。
評定後、小一郎が静かに言った。
「殿(長慶)は」
「ん?」
「“人に依存する国”を嫌っておりますな」
私(長慶)は少し黙る。
「……うん」
それは『未来知識』故だった。
名君が一人いても意味がない。次代で壊れる。
だからこそ『仕組み』にする。
誰が治めても、最低限回るように。
次に始まったのは、教本統一だった。
「文字を揃える」
「算術を揃える」
「単位を揃える」
つまり『阿波中どこでも同じ基礎教育』。
これも革命だった。
今までは、寺ごと、師匠ごと、微妙に全部違う。
けれど教える内容を『統一』すれば、優れた人材を他にも回せるようになる。
―― 三好学校
さらに… 三好学校。職業訓練所。
ここでも改革が進む。
「鍛冶」
「船大工」
「左官」
「紙漉き」
「養蚕」
「測量」
全て“技術記録”を残し始めた。
その道のプロが『教官』になっていた。そう教官である名人と呼ばれる『職人』たちが最初は嫌がった。
「秘伝ですぞ!?」
「門外不出です!」
だが私(長慶)は言った。
「お前が死んだら途絶える」
皆、黙った。
―― 技術の保存
未来知識を持つ私(長慶)には分かる。
文明は“記録しないと消える”。
だからこそ…
絵図。
工程。
寸法。
視覚的にして、誰もがそれを理解できる形で全部残す。
小一郎が地獄の閻魔大王みたいな顔していた。
「書類が増えます」
「頑張れ」
「殿(長慶)も書いてください」
「ぐっ」
―― 『阿波工法』
さらに。
橋。
港。
倉。
建築にも規格を入れ始める。
「木材寸法統一」
「石積み角度統一」
「倉庫換気構造統一」
小太郎こと大西小太郎が感心した。
「これで職人たちが移動しやすくなりますね」
「そう」
「どこ行っても同じ工法だから」
人材が流動化する。それは強みになった。
―― 弩とバリスタ
軍事も同じだった。
阿波では既に、従来の『バリスタ派閥』以外にも。
弩や大型バリスタの配備が始まっている。
問題は矢だった。それまでは現場に任せていた。
しかし、
「長さ違う」
「重さ違う」
「射程ズレる」
「ダメじゃん」
結果、これも厳密に定め各パーツごとの『専用の工房』をつくることになった。
矢も規格化。
弦も規格化。
部品も規格化。
太郎こと佐々木太郎が目を丸くした。
「壊れてもすぐに交換できますね」
「そう。同じ部品だからね」
この結果、“兵站”が成立し始めていた。
―― “阿波を模型にする”
徳島城天守。
いつものように城下町を一望しながら、私(長慶)は手元の地図を見ていた。
阿波。讃岐。伊予。土佐。
四国… さてどうするか…
そこへ『はるちゃん』が来る。
「まだ起きておられたのですか」
「うん」
私(長慶)は地図を見る。
「まず阿波で完成させる」
「……」
「法も」
「港も」
「教育も」
「医療も」
「流通も」
全部だ。
「“動く形”を作る」
『はるちゃん』は静かに聞いていた。
「それを…」
「他の三州へ広げるのですね」
私(長慶)は頷く。
「いきなり天下は無理」
「でも」
「模型は作れる」
未来国家の… 小さな試作品。
―― 『はるちゃん』の感想
彼女(はるちゃん) は、しばらく地図を見ていた。
そして、ぽつりと言う。
「……よし様」
「ん?」
「これ、“国を作っている”というより」
一拍。
「“世界の動き方”を作り替えておられますね」
私(長慶)は苦笑した。
「そこまで大層じゃないよ」
「ですが」
『はるちゃん』は静かに言う。
「皆が同じ単位を使い」
「同じ法で裁かれ」
「同じ学を学び」
「同じ規格で物を作る」
その目が、真っ直ぐ私(長慶)を見る。
「それはもう、“同じ国になる”ということではありませんか」
風が吹く。
遠く港の灯が揺れていた。
私(長慶)は、その光を見る。
阿波… まだ小さい。
けれど、確かに今ここで『未来の国家』の原型が、この地で形になり始めていた。