軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

“戦国”の次

―― 評定が終わった後も

徳島城の空気は、どこか熱を帯びていた。

外は冬。

吉野川から吹き込む潮風は冷たい。

だが城内では、多くの者がまだ帰らず、灯火の下で話し込んでいた。

国人たちは理解してしまったのだ。

今日の評定は、単なる“服属確認”ではない。

“阿波という国が、別の何かへ変わる日”だったのだと。

―― 若い国人たち

広間の端、若い国人たちが、小声で話していた。

「……正直、怖かった」

「分かる」

「領地返上と言われた時、終わったと思った」

苦笑が漏れる。

戦国で、領地を返上させられる。

それは普通、“滅び”を意味する。

だが、今日の評定は違った。

「安堵する、と先に言われた」

「しかも、“国を回せる者は必要”と」

そこが違う。

従来の戦国なら、力ある国人は警戒される。

削られる。潰される。

だが『四州近衛』は違う。

“使えるなら使う”。しかも制度側へ組み込む。

―― “家臣”ではなく“役人”

若い国人の一人が、ぽつりと言った。

「……あれ? もう“家臣”ではないな」

「え?」

「“役人”だ」

皆、黙る。

それはまだこの時代には存在しない感覚だった。

家のためではなく、国全体を回すために働く者。

その意識が少しずつ生まれ始めている。

―― 佐々木太郎(右京進)の違和感

丁度その頃。

城の渡り廊下では、太郎こと佐々木太郎(高経)が腕を組みながら歩いていた。

「……変な感じだな」

隣を歩く次郎こと一宮次郎九郎(成助)が苦笑する。

「何がだ」

「昔はさ」

太郎は頭を掻く。

「誰を討つか、どこの城取るか、そんな話ばっかだったろ」

「まあな」

「なのに今」

太郎は評定の方を振り返る。

「厠と産婆の話で評定してる」

次郎が吹き出した。

「確かに」

そんな二人も分かっていた。

その“厠”や“産婆”で、本当に人が死ななくなっていることを。

―― 芝生城時代の記憶

「覚えてるか」

太郎が思い出したかのように笑う。

「昔、千熊丸様が『便所を離せ』って騒いでた時」

「ああ……」

次郎もまた思い出を辿るかのように遠い目になる。

「最初、皆“何言ってんだこいつ”って顔してた」

「(篠原)小一郎なんか、“若様また変なこと言い始めた”って顔してたしな」

二人で笑う。

あの頃は、まだ半信半疑だった。

―― “胡蝶の夢”の後

木から落ちた後、千熊丸様は変わったそうだ。

自分達はそれぞれ父親からその話を聞かされた。

正確には、“視線”が変わったと。

海雲の命で『芝生』に阿波国人城主の『子供』たちが、未来の『側近候補』として集められることになるのだと、そして自分達も『芝生城に行け』と言われた。

―― 最初の“未来の絵巻”

「俺、今でも覚えてるぞ」

太郎が言う。

「芝生城の蔵で見せられたやつ」

「あー……」

次郎も笑う。

積み上げられた巨大な絵巻の山。

そこには、見たこともない町が描かれていた。

真っ直ぐな道。

川へ沿って並ぶ倉。

大量の荷車のような銀色の箱。

船着き場。

湯屋(それぞれの家に設置されているらしい)や温泉。

学校。

市場。

そして…

“誰でも使える厠”。

「意味分からんかったな」

「全然分からんかった」

あの時、千熊丸様は一生懸命説明はしてくれたけれど、当時の自分達には意味不明だった。

けれど、不思議なことに『今の阿波』は…

徳島城下はその絵へ少しずつ近づいている。と感じていた。

―― 森彦太郎(元村)の実感

別室では、彦太郎こと森彦太郎(元村)が茶を飲んでいた。隣には小太郎こと大西小太郎(頼武)。

「……増えたな」

「何がだ」

「子供だ」

小太郎が黙り、彦太郎は言葉を続けた。

「前は冬になると減った」

それが普通だった。

寒さ。飢え。病。

毎年、静かに人が消える。

幼心なりにも周囲のそういった変化を感じ取っていた。

けれども今は…

「ガキが走り回ってる」

城下で。

港で。

寺子屋で。

笑い声が増えている。

―― “未来”の匂い

小太郎がぽつりと言った。

「殿様(千熊丸/長慶)、前に言ってたよな」

「ん?」

「“未来ってのは、子供が普通に大人になれることだ”って」

彦太郎が、少し笑った。

「……あいつ、本当にそういうこと考えてたんだな」

――(篠原)小一郎の胃痛

一方その頃。

政所。

「予算が足りません」

「また?」

小一郎の声だった。

帳面が山になっている。

小一郎は、ぶつぶつと言葉で並べていく。

「寺子屋追加」

「港拡張」

「下水整備」

「産婆育成」

「薬草園」

私(長慶)は慌てて口を挟む。

「待って」

「金が溶ける」

小一郎は、そんな私(長慶)を見て、

「だから言いました」

「冷菓子専用氷室は後です」

「まだ言う?」

そこへ小一郎の弟の佐吉が笑いながら入ってくる。

「兄上、顔死んでるぞ」

「死んでる…」(小一郎)

「即答?」(長慶)

―― 政所の変化

その光景を見ていた古参奉行は、静かに思っていた。

変わった、と。

昔の評定で行き交うのは『怒号』だった。

疑心暗鬼だった。

誰が裏切るか。

誰が奪うか。

誰を斬るか。

そればかりだった。

だが今の政所では“人を生かすための議論”が行われている。

―― 『はるちゃん』の夜

その夜、『はるちゃん』は、女房たちと共に城下を見ていた。

湯気が見える。

共同浴場。

新しく整備された湯屋だった。

「……夜なのに、女たちが笑っています」

京では、夜の町は怖い。

だが阿波は違った。

完全ではない。

まだ荒い。

治安も盤石ではない。

けれど“暮らそうとしている町”だった。

―― 阿波の女たち

湯屋から出てきた女たちが、『はるちゃん』へ気付く。

「あっ……!」

「ひ、姫様」

慌てて頭を下げる。

その様子を見た『はるちゃん』は、ふわりと笑った。

「温かかったですか?」

女たちが固まる。

「え……」

「冬のお湯、気持ち良いですよね」

その瞬間、空気が柔らかくなった。

「へへ……」

「最近できたばっかなんです」

「子供も風邪ひきにくうなったんですよ」

自然と会話になる。

―― “上に立つ者”

今日からついてきた侍女の一人が、小さく驚いていた。

京の姫宮なら『民へ』こんな風に自然に話しかけない。

ましてや『皇女』様…

けれど『はるちゃん』は違う。

なぜなら、 彼女(はるちゃん) 自身、既に理解し始めているから。

この国では… “民が生きていること”そのものが『国の力』なのだと。

―― 港の灯

その後、『はるちゃん』は天守近くへ上がった。

港の灯が見える。

荷を降ろす船。

夜でも動く倉。

潮の匂い。

遠くで鳴る鐘。

私(長慶)はその隣に行くと。

「寒くない?」

「少しだけ」

彼女(はるちゃん) は微笑む。

「でも、不思議です」

「何が?」

「乱世なのに」

彼女は港を見る。

「皆、“明日が来る”と思って動いています」

私(長慶)は少し黙った。

「よし様」

「ん?」

「もしかして」

彼女(はるちゃん) は静かに言った。

「よし様が見ているのって、“戦国の勝ち方”じゃなくて」

潮風が吹く。

「“戦国の終わらせ方”なんですか」

私(長慶)は、すぐには答えられなかった。

港の灯が揺れる。

人が動いている。

船が流れる。

子供が生き残る。

それは『刀(武)』だけでは辿り着けない未来だった。