軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『はるちゃん』の『お国入り』⑤

――1533年、極月。

阿波国・勝瑞館。

永寿内親王――『はるちゃん』のお国入りの様子は、阿波全土へ凄まじい勢いで広がっていた。

そして、その熱は、歓迎だけでは終わらない。

“様子見”もまた、始まっていた。

戦国大名。

国人。

寺社。

海賊衆。

旧細川方。

平島公方側。

誰もが見ていた。

――この“新しい国”が、本当に続くのかを。

◆ 勝瑞館 大広間

夜。評定が開かれていた。

場所は、勝瑞。

“阿波三好”としての政務は、依然ここで行われている。

広間には。

三好元長――海雲。

私(長慶)。

そして側近たち。

中でも篠原長房。通り名、小一郎。まだ若い。

父である、千熊丸の傅役である篠原長政に似て、政務も軍務も異様に切れる。

さらに、

三好家古参。

阿波国人衆。

水軍衆。

旧細川被官たち。

そして、隅の方には、“平島公方側”の者たちも座っていた。

彼らは、かつて細川晴元側に連なる勢力だった。

細川晴元。

そして畿内三好政長一族。既に処刑済み。

その粛清の余波で、多くが路頭に迷った。

だが海雲――三好元長が、嘆願した。

「罪を広げるな」

「使える者まで殺せば、国が死ぬ」

その結果、一部は助命。一部は阿波へ吸収。

だから今、この場には、“かつて敵だった者たち”もいる。それが、今の阿波だった。

◆ 評定開始

「永寿内親王殿下のお国入り、無事終了致しました」

小一郎――篠原長房が淡々と告げる。

まだ少年の顔立ち。だが目だけは、妙に冷静だ。

「港周辺の混乱も無し」

「民衆熱狂による圧迫数件」

「軽傷のみ」

「熱狂って何?」

私(長慶)が頭を抱える。

小一郎は真顔だった。

「殿(長慶)様へ触れようとした者が多数」

「だから何で」

「人気ですな」

その言葉に海雲が笑う。(いや笑い事じゃない)

とはいえ、その場の空気は悪くなかった。

むしろ少し柔らかい。理由は単純だ。

“永寿内親王が、思った以上に阿波へ馴染んだ”。

それが大きかった。

◆ 旧細川方の視点

評定の端。

一人の男が、静かに『はるちゃん』を見ていた。

旧細川被官。かつて晴元側だった男だ。

彼の主家は滅びた。

細川晴元は処刑。 三好政長一族も消えた。

当然、恨みはある。

……はずだった。

「……不思議なものですな」

隣へ座る同輩へ、小声で呟く。

「何がだ」

「憎みきれぬ」

相手は黙る。

それも当然だ。

阿波三好は、晴元派を見限った。

再三の要請にも応じなかった。結果、晴元は高国に敗れた。

阿波三好が阿波に引きこもった結果、主家を潰した。

だが同時に、“皆殺し”にはしなかった。

途中袂を分かって阿波に下向した、足利義維と阿波細川の細川氏之とそれに従った家臣たちを阿波三好は『保護』した。

帝や朝廷に多額の献金をし、足利義維と細川氏之の『助命嘆願』をし、それが認められた。

田畑を守った。

家族を生かした。

仕官口を与えた。

しかも、今の阿波は、明らかに豊かになり始めている。

その男は、小さく息を吐く。

「晴元様がおられたの頃より、民が笑っております」

その言葉に、誰も、否定できなかった。

◆ 平島公方側

別の場所では…

足利義維――平島公方側近だった老人が、静かに酒を飲んでいた。

「……妙な世になりましたな」

隣の老臣が頷く。

「公方様も、生き延びました」

それが全てだった。

本来、政争に敗れた公方側など、消されてもおかしくない。

だが海雲は違った。

「公方は“権威”じゃ」

「粗末に扱えば、世が乱れる」

そう言って保護した。

その結果、平島公方側は、今や阿波の“権威装置”の一つとして静かに組み込まれている。

老人は苦笑する。

「阿波三好に救われるとは思わなんだ」

そして、遠くを見る。

「……しかも、あの童に」

視線の先、私(長慶)は小一郎と揉めていた。

「だから冷凍庫は必要なんだって!」

「優先順位がおかしいです、殿」

「氷室強化は超重要だよ!」

「その前に港湾税制です」

「ぐぬぬ」

平島側の老人が、ぽつりと言った。

「……あれが、“四州近衛”か」

別の老人が苦笑する。

「もっと恐ろしい化物を想像しておりました」

「わしもです」

次の瞬間、私(長慶)が地図を広げた。地図を指差しながら指示を出す。

「ここへ新港」

「吉野川水運を接続」

「寺子屋網はこの村まで」

「塩と炭の流通統一」

「あと街道補修」

空気が変わる。皆、自然と地図を見る。

そして気付くのだ。

この十一歳、頭の中へ、“国そのもの”が入っていると。

◆ 小一郎の視点

篠原長房――小一郎は、静かに主君を見ていた。

(本当に、不思議なお方だ)

戦を語る時より、港を語る時の方が楽しそう。

兵糧より先に、塩の流通を気にする。

城より先に、橋を架けたがる。

だからこそ、民が付いてくる。

小一郎は、若いながら既に理解していた。

“戦が強い”だけでは、国は続かない。

この乱世、本当に必要なのは。

「この国で生きたい」

そう思わせることだ。

そして、殿(長慶)は、それを本気でやろうとしている。

◆ 『はるちゃん』と阿波の女たち

一方、勝瑞館の奥では『はるちゃん』が、阿波の女房衆や町娘たちに囲まれていた。

「まあ、お肌が白い……!」「お声も綺麗……」「帝のお姫様や……」

完全にアイドル状態だった。その扱いに『はるちゃん』は困惑していた。

「え、えっと……」

そこへ、一人の農家の娘が恐る恐る近づく

「あの」

「はい?」

「ほんまに……女子も字ぃ学んでええんですか」

空気が静まる。

一瞬だけ驚いた表情を見せた『はるちゃん』は、それから静かに微笑んだ。

「はい」

優しい声。

「学んではいけない理由は、ありません」

少女が目を見開く。

「でも……」

「私も学んでおります」

そう言って、『はるちゃん』は笑った。

「一緒ですね」

その瞬間、周囲の女たちの空気が変わった。

――ああ。

この人は、“京の遠い姫君”ではない。ちゃんと、こちらを見ている。

◆ 海雲と古参家臣

夜更け。

海雲は古参家臣と酒を飲んでいた。

「……変わりましたな、阿波も」

老臣が呟く。海雲は静かに笑う。

「そうじゃな」

「昔は、細川の内輪揉めばかりでした」

「うむ」

「今は、港と寺子屋の話をしている」

海雲は酒を飲み干した。

「千熊丸が変えた」

静かな断言。

その言葉に老臣は首を振る。

「それは違います、大殿。」

「?」

「若(長慶)は、“皆が変われるようにした”のです」

海雲は、一瞬黙った。その通りだった。

千熊丸一人で国は作れない。しかし…

港を作り。

道を整え。

学を広げ。

流通を繋ぎ。

“変わる余地”を作った。

だから皆、少しずつ変わり始めている。

武士も。商人も。寺も。民も。

海雲は、遠く灯りを見る。

勝瑞。そして新しく育ち始めた徳島城下。

そこには、確かに。

“次の時代”の灯が、少しずつ点り始めていた。