作品タイトル不明
3-09
大村さん、橋本さんのお二人が戻って来て、気の早い一期生がちらほら来るようになった横浜。大丈夫。寮完備。人が増えるだけで活気を感じられるの、なんでなんだろう。いや、人の多さじゃない。この町で動く金こそが、この町の活気の源泉だ。
お二人も最初こそ戸惑ってた。そりゃそうだ。何度でも言う。5つの公使館に囲まれてる要塞洋書調所。併設された巨大な図書館、舶来品と多くの商人と舟が行き交う倉庫。それ以上にいる各種職人さんたち。とても機能的な港町、学園都市、外交都市。どこの城下町よりも活気があるはず。知らんけど。城はないのに、えげつないほど活気が溢れてる。そしてこの2年での遅れを取り戻そうと、必死に教科書を読み込み、疑問があれば即確認、納得するまで討論。
そりゃね、ここでの刺激を一度味わっちゃったら、知の探求者たちはどこに行ったって満足出来ないだろう。仮に長崎に行ったって、あそこはもはや儀礼的にオランダが使ってるだけ。ここに来て、200年続いた独占使用権が足枷になって来てる印象。そうだ、吉田さんなんかも呼んじゃおう。大村さんから聞く話だと、地元で佐久間氏のような弁論と蘭学を教えてるっぽいらしい。そっちの整理がつくなら誘っちゃっても良いかな?高杉さんの抑えにもなるし。
気が付いたら、もう一期生が全員横浜にやって来ていた。洋書調所では授業形式は一切取らない。天才たちが纏めた専門書を、天才候補に読ませるだけ。天才たちには「もし聞きに来たら相手して。それ以外は空気だと思ってくれて良い」とだけ指示。学びたい人が学べる場所だけ与える。半年間、誰がどう動こうと干渉しない。残りの半年は、弟子として認められるよう頑張れ。もしくは独自の道を歩んだって良い。ただそれだけ。
人によって動き方が全然違う。これ見てるだけでも相当面白い。個性が出る。元々興味がある分野が定まってた人。教科書を読んで更なる探求を求める人。車座の中の議論にとにかく耳を傾ける人。図書館の蔵書数に圧倒されてる人。その中でも異質なのは、やっぱり高杉さんと西さん。とにかく誰彼構わず、なんなら職人さんたちや商人にも話を聞きに行く高杉さん。教科書をさっさと読み終え、図書館にこもって本を読んだかと思ったら、たまに腕組みして目を瞑り、自分の世界に没頭する西さん。こっちはこれで問題なさそうだ。あとは江戸の2期生。こっちは天才だけではない。ちょっと江戸の様子でも覗きに行こう。
横須賀の開校まであと数ヶ月は掛かる。早速、生徒とも杉先生とも年が近い橋本さんには江戸を手伝ってもらってる。杉先生と橋本さんの二人のお眼鏡に適えば、晴れて横浜。それ以外の人は海軍。どんな人が居るのかな、なんて思って教室を覗いたら、校訓?クラス目標?何なのか分からないけど掲示されていた。杉先生の字だ。
「無駄を排除 効率を追求」
なんじゃこりゃ。こんなことを叩き込んで良いのか?なんか怖くなって逃げちゃった。逃げたついでに、久しぶりに江戸の商家に顔を出すとしよう。商売の幅広げてるな。店がデカくなってる。
「どうした小僧?何を買いに来たんだ?」
おぉ、この感じ。なんか久しぶり。普通の子供扱いされるの、考えてみたらいつ以来だろ。
「すいません、藤二と言いますが、旦那さんをお願いしたいんですが」
「旦那様?お前みたいな小僧が旦那様に用があるだなんて何事だ?ちょっと待ってろ」
「旦那ー、藤二ってガキが旦那を、って痛っ、なんで殴るんですか?」
イヤイヤ、知らないんだからしょうがないよ。わざわざ殴らなくても。呼んでってお願いしたのこっちなんだし。ドタドタ走ってやって来た。
「藤二様、今日はこちらにいらしたんですか?言付けて頂ければ、横浜に行った時にでも顔出させていただきますのに」
様はやめて、様は。一介の小僧気分が一気に消え去った。
「こっちに用があったからそのついでなので、気にしないでください」
「いやいや、せめて前もって言っていただけたら。失礼はありませんでしたか?どうぞこちらに」
リアル手もみ初めて見たよ。店員さんごめんね、俺のせいで怒られちゃって。
「商売順調のようですね」
「おかげさまで。さて、藤二様が欲しいのは情報ですよね?守旧派から余分に儲けさせてもらってますからね。商人皆で手分けして仕入れた情報、纏めてありますよ。ようやく出来たので、次に横浜に行く際にお持ちしようかと」
「ありがとう。別に催促しに来たわけじゃないんだよ?」
そこに纏められていたのは、商人ネットワークで取りまとめた、謂わばブラックリスト。幕臣という名の公務員が、どこからいくら借りてるのか。あとは、代替わり前と代替わり後の変化の様子を調べてもらった。
「次に、各藩のをお願いしたいんだけど」
「こちらに」
もう出来てた。すごいね、この先読み。
「ありがたく頂いて行きます」
「しかし、お武家さんってのは、我々商人からすると、不思議な生き物ですね。金はないのに高値で買いたがる。理解できません」
「ね?ほんとだよね。それじゃ商売の邪魔をすると申し訳ないからそろそろ帰ります。あっ、そういえば、そろそろ鉄と石炭の大量発注が始まるかもしれないよ。協力してくれた商人たちには、教えてあげて」
「石炭?あの黒い石ですか?」
「うん。それじゃあね」