作品タイトル不明
17.色選び
レインと無事に雪山から屋敷に帰った日は――なんだか首が少し固まった感覚があったが、すぐに自室で寝たことで、すっかりと治った。
そしてその日以降から、レインの仕事事情はかなり改善したようで。
「今日は、サラダのいろどりが綺麗ですね」
「ええ、今日の夕食も――とっても美味しいです」
「こうして早くに帰ったり、部屋にこもらず……あなたと食事ができるのは、楽しく思います」
気づけば、翌々日あたりから……レインと共に屋敷の食堂で、朝食や夕食をともにとることになった。
広々とした公爵家の食堂で、レインと向き合って食事をするのだ。
最初は、レインから「いかがでしょうか」という伺いから始まったような気がするが……。
(もう雪山のイベントの日から、二週間ほど経つけれど……だいぶ、習慣になっているわ)
そうここ二週間は、レインとの接し方や距離感がかなり変わったこともあり、そのことに慣れるためにあくせくしていたら……あっという間に過ぎ去った。
(でも、レイン様の目元のクマがかなり薄くなっていて……良かったわ)
やはり仕事時間の改善はかなり効いたようで、メリハリよく働けているらしい。
食堂では、私とレインだけで過ごしているのだが……。
「お義母様とも、一緒に食事ができればいいのですが……」
「ええ、そうですね。ただ母は……食べる物には、気を遣う必要があるらしくて――自室で食事を摂る必要があるそうです。昨日、母からはあなたと一緒に食事ができる僕のことを羨ましいと言っていましたよ」
「! お義母様が……」
直接、聞いていなくとも、そう言われていたことに嬉しさが募った。
自然と笑みを浮かべると、対面に座っているレインの雰囲気も柔らかい気がした。
温かい雰囲気の中、食事もほとんど食べ終わり――食後に紅茶を飲んでいたところ。
「し、失礼します。坊ちゃま……王家からの書簡でございます」
「バートン……ありがとう」
(王家からの書簡……?)
最近は、雪山のことで王家とはやりとりをしているのを見たが――それはもう完了したことだ。
それにシューベルトとも、悪くない関係を作ったような気もする。
(いったい何が書かれているのかしら?)
執事のバートンから書簡を受け取ったレインは、「ふむ……国王陛下からか……」と言葉を口にしたのち――眉根に力を込めながら、封を解いて中身を確認した。
「……はぁ……そう来ましたか」
「?」
「陛下から、先日の雪山の対応について慰労したい……とのことです。加えて、結婚をした僕らに祝福の言葉を贈りたいと」
「え……?」
「そのほか、国のために尽力をした貴族を呼んで……王城で慰労会を開くから――僕とあなたに参加をしてほしいようです」
「!」
レインから言われた内容に、思考停止してしまう。
だって、陛下がわざわざ慰労会を開催するなんて……。
(もしかして……もともとあった――リアーナとシューベルトの実績を称える会のことかしら?)
だいぶん、もとの物語とは様相が変化してきているのだが――形を変えて似たようなイベントが起こるようだ。
本来なら……「雪山イベント」をクリアしたリアーナとシューベルトを祝う会が開かれる時期だ。
その変化球として、こうした催しが――今の時期に開かれることになったのだろうか。
(でも、レイン様は国のために……司法院だけでなく、雪山のことも対応したから……褒められてしかるべきよね)
ただ公爵家のために、純粋な気持ちで陛下がこうした催しを開催するのかが――気がかりだった。私が「うーん」と考え込んでいるのを見て、レインが優しく声をかけてくる。
「そこまで気構えなくとも――おそらく心配ないですよ」
「! そ、そうなんですか?」
「ええ……。ここ最近は王家から見るからに、公爵家への嫌がらせが目立っていましたからね。国王としてもこれ以上は、体裁が悪いのでしょう。だから、取り繕う形ではありますが――公爵家にも平等に功績を認めている……雰囲気を作りたいようですね」
「なるほど……見かけだけでも、そういうのが大事なんですね?」
「そうですね。貴族社会は、ステータスや振る舞いに重きを置く方が……多いですからね」
レインは、感情もなく――淡々とそう話した。
貴族社会や王家に関わる話については、あまり気乗りしないようだ。
「ですが――いい機会だとも思いました」
「いい機会ですか?」
「はい。あなたと表立って、社交界に参加はしてなかったでしょう? 一緒に行く機会として――利用したいと思ったのです」
レインはニコッと笑みを浮かべながら、そう言った。
確かに結婚式は内内で完結していたので、公爵家でレインが結婚したことを社交界でも、証明する必要があるのかもしれない。
レインのために、ちゃんと振る舞わなきゃ……と意気込もうとした時。
「僕の大切な妻を……こうして堂々と紹介できるのですから。とてもいい機会ですね」
「た……え……?」
「いつもはこうした催しが煩わしいと思っていましたが――なるほど、オリビアと一緒に行けるのなら、悪くはありませんね」
「な、何を……」
私は彼の言葉に、理解が追い付かない。
わざわざ私に対してこんなことを言うなんて、喜ばせる言葉を言うなんて気のせいなはずで。
(だ、だって、契約に重きを置いていたレイン様が……そんな個人的な想いを言うわけが……きっとこれだって、王家に対してのスタンスを明確にするためで……)
自分でレインの発言に対して、言い訳を考えてしまっていた。
そうでもしないと、彼の言葉をそのままに受け取ってしまい――勘違いしてしまいそうになるから。
一方でレインは、食堂内で控えていた執事のバートンに声をかける。
「慰労会は二週間後のようですから……バートン、妻のために仕立て屋を呼ぶから、彼女の予定を調整してくれ」
「はい、かしこまりました」
「えっ、し、仕立て屋ですか?」
「ええ。ドレスを新しく作っていただこうと思いまして――慰労会といっても、中身は前回の舞踏会となんら変わりはないですからね」
レインは当たり前のようにそう言った。
まさか新しいドレスを作ってもらえるなんて、思ってもみなかったのは私だけだったようだ。
「ふむ。せっかくの機会ですし……僕も一緒にあなたのドレスの色を見てもいいでしょうか?」
「! え、あ、いいですよ」
「本当ですか、ならば――バートン。僕の予定ともすり合わせてくれ」
「はい、坊ちゃま」
まだ思考の整理がつかない中、どんどん話は進んでいく。
バートンは、素早く食堂から出ていったかと思うと――すぐに戻ってきて。
「坊ちゃま、仕立て屋の予定をすぐに確認しまして――坊ちゃまのお日にちとの兼ね合いで、最短で……明後日に来ていただけるようです」
「ふむ、いいね」
「もちろん、オリビア様の予定から見ても問題ありません」
「……オリビア、明後日にドレスを仕立てるので、どうでしょうか?」
「は、はい……分かりまし……た……?」
「では、決まりですね」
レインは嬉しそうにほほ笑んだかと思うと、「ふふ、当日が楽しみです」と言って立ち上がった。
「それでは、今日はゆっくり休んでくださいね――ではまた」
「ま、また……」
彼は私にそう言うと――自室へ帰っていく。
私はどこか夢見心地のまま、彼の背中をじっと見つめていた。
そして数分後――。
(ドレスの仕立て……しかもレイン様に見てもらいながら……!?)
私は頭が沸騰しそうになるくらい熱くなった。
前世でも、伯爵家でも――ドレスを一から見繕ってもらった記憶はない。伯爵家では、出来合いがクローゼットにあっただけ。
想像以上に自分に時間をかけてくれるレインに態度に、なぜだかアワアワしてしまう。
現在進行形で、冷静ではいられないのに――当日は大丈夫だろうか。
そんな不安を抱えながら、私は自室に帰って休むのであった。
◆◇◆
ドレスの仕立て屋が来る日、当日になった。
(昨日の記憶が――全くないわ……)
たしか、一昨日はレインと夕食を共にとって――王城で慰労会があること、それに伴って仕立て屋を呼ぶことを教えてもらった気がする。
そして昨日は、何か特段目立ったことは無かったはずなのだが……仕立て屋のことを考えると、なんだかソワソワしてしまったのだ。
(確か昨日も朝食と――夕食をレイン様と食べた気がするけど……なんだか曖昧で……)
どこか気がそぞろな状態になってしまっていたのだ。
しかし時間が無慈悲にも過ぎて行くもので、あっという間にレインと約束した日になる。
侍女のエマから案内を受けて、レインから呼ばれている広間へ向かえば――。
「オリビア、時間ぴったりですね」
「レイン様……! それにこれは……!」
部屋の中に入ると、美しくイケメンのレインが出迎えてくる中で――部屋の中の数多くのドレスに圧倒された。
「ド、ドレスがいっぱい……」
数は三桁ほどあるかもしれない。
それくらい、見たこともないほどにたくさんのドレスがあった。
「本来はオーダーメイドでお願いしたかったのですが……慰労会までは時間が足りないようですので、種類を豊富に用意いただきました」
「!」
レインはニコッと笑みを浮かべて、そう説明した。
そして部屋の中には、ドレスの仕立て屋であろう女性の方が立っていて。
「旦那様にこんなにも愛されているなんて……っ! とっても素晴らしいですわ! サイズを調整して、お屋敷へ送らせていただきますので……! 本日はよろしくお願いいたしますわ」
「あ、あい……え、あ、よ、よろしくお願いいたします」
仕立て屋は営業のスキルも高いようで、彼女のトークにうまいこと反応する前に――すぐに試着が始まった。
(ドレスは綺麗だけれど……こ、こんなにも着なくても……)
その場のマナーとして、悪くなければいいかな――というのが私の気持ちだった。
しかしレインは違ったようで、私が様々な色のドレスを着ると……ニコニコしながら感想を言ってくれる。
「ふむ……暖色は明るく見えますし……寒色も――肌の色が綺麗に見えますね」
「あ、ありがとうございます」
「色んなドレスが似合ってしまいますので、迷いますね……全部買いましょうか」
「え!? だ、だめですからね! 必要なものだけのほうがいいと思います!」
レインが「全部買う」発言をした瞬間、背後にいた仕立て屋の瞳が、とんでもなく輝いた気がしたが――ダメなものはだめだ。
そんな無駄使いをして、レインのお金を使ってしまうことが申し訳なく思ってしまう。
「ふむ……そうですか? せっかくの僕の資産を使う時だと思ったのですが……」
「ダメです!」
「そんなにもかからないですし、やはり全部……」
「レイン様! いつもはこんなことしないですよね……!? どうされたんですか!?」
どこかはしゃいでいるように見えるレインに、私は思わずといった口調で問いかけた。
すると彼は、キョトンとした表情になって。
「……いつもは、確かに……でもオリビアのドレスのことだと思ったら、なんだか力が入ってしまって……この気分は……」
「え……?」
「オリビアの言う通り、いつもの僕らしくはありませんね。取り乱してしまったようで、ごめんなさい」
「あ、い、いえ……謝らなくても……」
「だいぶ、視野が狭くなっていたようで――こんなにも、あなたのドレス姿を見るのが楽しくて、嬉しかったんです」
「!」
「ですが――あなたを困らせるつもりはなくて、申し訳ございません」
レインは自分が暴走してしまったことを悔いているようだった。
そんなレインを見ると、彼が言うほど、深刻なことではないので――どう返事をしようか迷ってしまう。
(確かに、全てのドレスを買ってくれるっていうのは……困惑してしまったけれど、レイン様の楽しいお気持ちは、私としても嬉しいわ)
なんだかしょんぼりとしているレインを見ると、いつもはしっかりとしている彼が可愛く見えてしまって。
「レイン様は、どの色が――私に特に似合っていると思いましたか?」
「え? そうですね、僕としては寒色系の色が似あっていると思いましたね。あなたの綺麗な瞳とも合いますし」
「! あ、ありがとうございます。では、私でも気に入った色のドレスをもう一度……着ますね」
自分の瞳である青色を褒められて、ドキッとした。
彼の感想を聞いて、私は一つの決断をする。
(そもそも、寒色系は――私の瞳の色だけじゃないわ)
仕立て屋に、最後に着たい色のドレスをお願いして――着替えた。
そしてレインのもとへ向かえば、彼は私のドレス姿を見て目を見開いていた。
「……! 緑の……」
「レイン様、いかがでしょうか?」
「! とても、綺麗です。オリビア」
「ふふ、ありがとうございます」
そう、私が選んだ色は緑だった。
私以上に真剣に選んでくれるレインのことを想ったら――自然とこの色がいいなと思ったのだ。
(舞踏会のあの日も緑のドレスを着たけれど……それとは違って、着れることを嬉しく思える色だわ)
私が選んだこの色に対して、予想外だったのか――レインは、じっと見続けていた。
「その……私はこの色がいいのですが、どうでしょうか?」
「あ……! ええ、僕もこの色が素敵だと思います。ではこのドレスを購入しましょうか」
「買ってくださり、ありがとうございます。レイン様」
私に話しかけられたレインは、どこか具合が悪いのか片手で顔を覆ってしまっていた。
その様子を見た私は、レインが心配になり近づく。
「レイン様……? どうかしたのですか?」
「あ、いや、その……」
「どこか気分が優れないのですか……?」
そう彼に話しかけながら、近づくと――彼は口元を手で隠していたが、彼の目元などの顔が見えて……私は目を見開く。
(レイン様のお顔が……赤くなっている……?)
「その、けして――僕の気分は悪くないです。ただ、あなたがまた僕のことを連想させる色を選ぶから……」
「……!」
「嬉しくて……平静ではいられなくなってしまいました」
彼の瞳を見ると、熱い――想いがそこにある気がして、なんだか私にまで伝播してしまうようで。
心臓の動きが急に早くなってしまう。
だって、目の前にいるレインが、あまりにも「異性」としての顔を見せてきたから――。
(待って、レイン様は――私にそんな気持ちを持っているなんて、言っていないんだから! 想像しすぎだわ!)
私は気恥ずかしさもあって……安全な距離を取るように、スッとレインから離れた。
「で、では、私は着替えてきますねっ! し、失礼します……!」
何も悪いことをしていないはずなのに、自分の顔が熱くなる中、逃げるように私は着替えに向かうのであった。