作品タイトル不明
18.王城
着替えた後は、至って平和な時間だった。
着替えるまでは、着替えを手伝ってくれていたエマに、顔が赤くなっていることを指摘されてしまっていたが――もう問題はない。
少し時間を置いたことで、顔に集まっていた熱は引き――レインの購入も無事に終わったようだった。
しかし互いに、じっと見つめるのが……少しぎこちなくなってしまう。
そうしたぎこちなさを払拭するかのように、レインは私にニコッと笑みを向けてきて。
「当日――あのドレスを着たオリビアに会えるのを楽しみにしてますね」
「! は、はい……! 着こなしてみせます……! うん? 私は何を言って……」
自分の発言がおかしくなったことに、慌てていればレインがクスッと笑った。
すると先ほどまでの、ぎこちなさは消えて――平穏な時間に戻る。
「ふふ、絶対……着こなせますよ。オリビアはすべてが綺麗ですから」
「ふぇ!? あ、ありがとうございます……? で、でもレイン様のほうが、格好良くてお綺麗ですので……!」
レインの発言にドキリとしつつも、彼とは穏やかな会話を続けた。
レインは、嬉しそうに「ありがとうございます」と言っていた。
なんだか心臓の動きがおかしくなる時はありつつも――慰労会までは、レインと食事をしたり、お義母様に会いに行ったり、ゆっくりとした時間を過ごすのであった。
◆◇◆
(もう……慰労会の日……?)
自室の窓から夕日が差し込む中、私はエマに支度を手伝われながら――レインに買ってもらった緑のドレスを身にまとっていた。
姿見にうつる自分を見て、慰労会の日が来ることの――時間が経つ早さに驚愕する。
慰労会自体は、夜に行われるということで……このあとレインと合流して、馬車に乗って会場に向かうのだが……。
(時間が経つのが早すぎる~~~~!)
公爵家で平穏に過ごすのが、あまりにも快適すぎて――それ以外の日になるのが、受け入れがたいだけなのかもしれない。
「オリビア様、お支度が終わりましたわ」
「! あ、ありがとうございます」
仕事ができる侍女のエマは、スムーズに着替えを終わらせた。
そして鏡に映る――緑のドレスを身にまとった自分をしげしげと見れば、デコルテを美しく見せるラインに……首には大粒のエメラルドが光るネックレスがつけられていた。
伯爵家では着たことがない――しっかりとゴージャスで綺麗なドレスだ。
だからなのか、より緊張してしまうのかもしれない。
(やっぱり今日は……行かなきゃ……よね……?)
今になって、少し弱気になっていれば。
――コンコンコン。
「は、はい……!」
「オリビア、準備はできましたか?」
「レイン様! はい、もちろん……!」
ドアノックと共に、レインの声が聞こえて私はすぐに扉の方へ向かう。
まさかレインが部屋まで迎えにきてくれるとは思わず――返事の声が少し裏返ったかもしれない。
ドアを開けて、彼の元へ行けば――。
「!」
「レイン様! 迎えに来てくださり、ありがとうございます」
「……」
「レイン様?」
「――オリビア、とても綺麗です」
「……!」
「きっと全ての視線を奪ってしまいますね……。とびきり綺麗です」
レインは当然のようにそう言った。彼の言葉を聞くと、心臓がまたもや乱れた動きをする。
しかしまだ会場にすら到着していないので、呼吸を深くとって――平静になる努力をした。
「レ、レイン様、お褒め下さりありがとうございます。けれど、そんなことは……」
「いいえ、絶対そうです。だから、僕から今日は――離れないでくださいね」
「っ! は、はい……」
あまりにも前のめりにそう言ってくるレインに、私はたじたじになりながらも、彼にエスコートをされながら馬車に乗って……王城へ向かうのであった。
◆◇◆
王城へ着き――前とは違って、一人ではないため……レインと共に会場へ向かうと、衛兵たちはレインの顔を見て、全てを理解したように扉を開く。
「エヴァンス公爵家――レイン様とオリビア様が到着いたしました!」
(ここの名前を呼ぶ儀式は、いつも通りなのね……あれ? でも……)
確か、以前の舞踏会の時は――レインの存在について誰もが、知らなそうな雰囲気だった。
それはつまり、こうした名前を呼ばれていなかった可能性があって……。
私は思わずチラッと、彼の方を見れば。
レインは、お茶目にウィンクをして――口を開く。
「こうして堂々と名前を呼ばれるのは――実は初めてなんです。注目を浴びたくなくて、ここでは名前を呼ばれずに、会場に入っていました。だから会場にいる人は、いつも僕が不参加だと思っているようです」
「え……!?」
「ですが、こうしたやり方はイレギュラーなので……。僕たちだけの秘密にしてくださいね」
明るくそう言ったレインに、私は驚きつつも……「公爵家」という身分ゆえに成せる――イレギュラーなのかな、と思うことにした。
そして意識を切り替えて、レインの腕に手を入れながら会場内に入ると……シーンとした空間が待っていた。
会場内にはたくさんの貴族が確かにいるのに、みんなが会話を止めて――こちらを凝視していたのだ。そして一歩ずつ会場内に入る私たちを見て、ヒソヒソ声で話し始めた。
「あ、あれって……本当に……こ、公爵様……!?」
「確かに噂では、ご結婚されたと聞いていたが――謎が多き方だから……この目で見るまでは信じられなかったが……」
「本当に公爵様はご結婚なされたのね……なにより――お二人とも美しいわ」
「む? お隣にいるのは――伯爵家から破門にされたという、オリビア嬢では……!?」
「伯爵家では酷い扱いをされている疑惑があったが――そうか、公爵家に嫁いでらっしゃったんだな」
会場内にいる貴族たちは、思い思いのことを話しているようだった。
(なるほど、この場で見たことしか――貴族は信じないのね。レイン様が、こうして赴こうとした気持ちが分かったわ)
普通ならニュースになれば、おおよそ信じてくれる前世にいたため、この世界での文化のギャップに驚いた。
一方でレインは、周囲の話に対して……気にするそぶりはみせなくて。
「ほら、僕の言った通り――みんながあなたに釘付けでしょう?」
「え? い、いえ! レイン様にも釘付けですわ……!」
「おや、そうですか? なら――夫婦として近くにいないとですね」
相変わらず、レインは余裕を持った態度でいた。
「馬車での移動がそこそこあったので、喉が渇いたでしょう。何かいただきましょうか?」
「あ、お気遣い下さりありがとうございます」
レインは側に居た――王城の使用人に、飲み物を頼もうとしていた。飲み物のことは彼に任せていれば……。
「フローレンス伯爵家――ヘンリー様、ミシェル様、リアーナ様が到着されました!」
「!」
聞き覚えのある名前が耳に入ってきて、私は思わず――入って来た入り口の方に、身体と視線を向けた。
そこには、よく知っているお父様とお兄様、そしてリアーナがいた。
ただ前は――お兄様がリアーナをエスコートしていたように見えたが、今日は各々三人で身体接触はなく、会場に足を踏み入れているようだった。
(別に気にしなくてもいいのに……つい、見知った名前に反応してしまうなんて)
自分の反射に、思わずため息をつきながら……レインの方へ身体を戻そうとした――その時。
「オ、オリビア……?」
「え?」
名前を呼ばれたため、その方向に視線を向けると――お父様とお兄様が、すこし遠くからこちらをわなわなと口をふるわせて、見ていた。
(な、なに……?)
意味が分からず、彼らから視線を外せば――特に彼らはこちらへは迫ってこなかった。
しかし、一人だけ……私のほうへズンズンとやってくる者がいて……。
「あらぁ? 伯爵家から追い出されたお姉様じゃありませんか」
「……リアーナ」
「もう貴族ではないはずなのに……どうしてこの場にいるのですか? まさか、不法侵入でしょうか?」
くすくすと悪意を持った笑みで、リアーナは近づいてきた。
おそらくリアーナの瞳には、私はぽつりとこの会場にいるのだと思ったのだろう。
加えて、自分の目で見たものしか信じない――貴族文化によって、私が不法侵入でここに来たのだと断じたのだ。
もう隠す気もなく、私に敵意を向けるリアーナに……私が言い返そうとした時。
「――僕の妻に、無礼な口を利くな」
「なっ……」
「口の利き方もなっていないお前のほうが――場違いだと思わないか?」
私の腰を支えるように側に立ち、リアーナに対してレインが怒りをにじませて言い放った。
彼の言い方がここまで、語気が強いのをはじめて知ったので――私は目を見開く。
するとレインは私の方へ視線を向け。
「驚かせましたね、つい嫌な気持ちが大きくなって……。ごめんなさい、オリビア」
「あ、いえ……気になさらないでください、レイン様」
先ほどの雰囲気からは打って変わり、レインはしゅんとした様子で私を見つめてくる。
その態度の変わりように、驚きつつも――思いやってくれた言葉だから、大丈夫と彼に伝える。
「なっ……なによ、破門にされてから、すぐに結婚し……」
「申し訳ございません。公爵様――養女が不出来な行いをしまして」
「お、お父様……っ」
リアーナは、私の隣にいるレインを見て、信じられないのか噛みついてきたのだが……すぐにヘンリーがリアーナを制止しにきた。
「ほう? 伯爵家当主殿は現状が分かっているのでしょうか?」
「ええ、相当な……無礼を働きまして……大変申し訳ございません」
(こんなにもすぐに――謝る人だったかしら?)
レインからの言葉に対して、深く頭を下げて謝る――かつてのお父様の姿に、私は驚いた。
しかしすぐに、それすらも気にしたくなくなる。もう会いたくもない人物であり、関係のない人なのだから。
「レイン様、こんなにもマナーが分かっていない者に、構う必要はありませんわ」
「オリビア……」
「それに、もう――私は会いたいとも思いませんもの」
私がそう言うと、リアーナはカッと顔を赤らめて――こちらをギロッと睨んでくる。