軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【21】

その翌日には、ユーグの姉のジョゼットと妹のレナエルが訪ねてきた。ジョゼットの方は六歳になる息子を連れていた。

「アシル、六歳です!」

「まあ。グレースです。よろしくね、アシル」

どちらかと言うとジョゼットの夫であるアーシュ子爵に似ているというアシルは元気いっぱいにあいさつしてくれた。可愛らしくてグレースの顔もほころぶというものだ。ジョゼットが息子と弟の妻とのやり取りを微笑ましそうに見ている。

一方、レナエルはじっと観察するようにグレースを眺めていた。全身を眺めて首をかしげる。

「グレース、きれいになったわね……肌の艶が違うのかしら」

しみじみと言われた。レナエルは初対面でグレースが常々気にしていたことをサクッと指摘してきたようなタイプの女性だ。そんな彼女から褒められているのであろう言葉が発せられて、グレースはレナエルが言うのなら本当なのかもしれない、と他人事のように思った。

「そうねぇ。いい傾向だわ」

にこにことジョゼットが続く。グレースの頬をつんつんとつついた。

「恋する女の子はきれいになると言うしね。可愛いは正義よ」

「これで落ちなきゃ、お兄様の感性を疑うわね」

途中までグレースが恥ずかしがるような話題だったのに、姉妹がユーグに厳しくて最終的に笑ってしまった。母を含めた三人が笑っているので、アシルも嬉しそうに笑っている。

「アシル、可愛いですね」

「でしょう。グレースは子供は好き?」

「……よくわかりません。可愛いとは思いますが」

ジョゼットに尋ねられ、グレースは正直に答える。素直な反応をするアシルは可愛いと思うが、グレースの弟のセヴランは明確にグレースを見下していた。これはグレースだけではなく、ナタリーに対しても同じ態度であったから、本人の資質なのだと思う。正直に言うと、弟のことは可愛いと思ったことがない。

「あまり深く考えなくても、今アシルを可愛いと思えるのなら、あなたたちに子供ができても可愛がれるのではないかしら」

考え込んでしまったグレースに助け舟を出すようにジョゼットは言った。グレースはぱちぱちと瞬く。そうか。そう言うこともあり得るのだ、と思った。つい半年ほど前まで、自分はどこかの金持ちの好色爺に売られるのだと思っていた。だから、子供を持つことなどないと思っていたのだが、今はそうとは限らないのだ。

「なあに。その考えたことがなかった、と言わんばかりの顔は」

ぐいっとレナエルがグレースの頬をつつく。そのままムニムニされたが、痛くなかったので好きなようにさせておく。

「……本当に、考えたことがなくて」

「あの朴念仁も大概だけど、グレースもなかなかね」

レナエル、兄に容赦がない。グレースも情緒に問題があるのは自覚済みだ。

お茶の用意をし、温室でいただくことにした。アメリーも在宅だったが、参加は遠慮したようだ。代わりに孫のアシルを引き取っていった。この時点で、グレースはアメリーが自分の娘たちに何かを頼んだことを悟った。

「さっきも聞いたけれど、グレースはユーグとの子を可愛がれるわよね」

「たぶん……?」

その話、終わっていなかったのか、とジョゼットの繰り返しの質問にグレースは首をかしげて応える。まだいないものに対しての答えなど、グレースは持ち合わせていなかった。レナエルが首を左右に振る。

「夫婦は似てくるって言うけど、似たもの夫婦ねぇ」

「そうね……どちらもまじめすぎるのかしら」

ジョゼットも頬に手をあてて首を傾げた。美人な姉妹だ。うらやましい、とグレースはティーカップを傾けながら義理の姉妹となった二人をぼんやりと眺める。

「では、子供は欲しいと思う?」

「それは……本当に考えたことがなくて」

質問を変えてジョゼットに尋ねられ、グレースはこれにはこたえられる、と口を開いた。

「ナタリーが駆け落ちして、私がユーグ様と結婚することになるまで、私にそんな未来があるなんて、考えていませんでした。そのまま、ここまで来たという気がします」

レナエルは「ああ」と言う顔をしたし、ジョゼットは少し眉をひそめた。

「娘にそう思わせるなんて、デュノア伯爵夫妻はどうしようもないわね」

親御さんを悪く言って申し訳ないけど、と自身も母親であるジョゼットは怒っている。グレースは「そんなものだと思っていましたから」と肩をすくめる。

「でも、そうですね。ユーグ様の子供なら、抱いてみたい気がします」

「産むのはグレースなのよ」

レナエルが念押しするように言った。わかっている。ユーグは愛人を作るようなタイプではないし、グレースと離婚しない限りはそうなるだろう。

「こっちは問題なさそうね」

ため息をついてレナエルがいい、疲れたようにお茶を飲む。お菓子をつまんだジョゼットも「そうねぇ」とうなずく。

「こういう場合は、大抵、男側に踏ん切りがつかなくてこじれているのよ」

……どうやら、ユーグとグレースが結婚して半年たつのに、同衾したことがない、と言うことが心配されているのだと言うことに気が付いた。関係を持たない夫婦などいくらでもいるだろうが、なまじ二人が表面上仲良さそうに見えるので、気になるのかもしれない。

「ねえ。離宮の庭園が開放されているのよ。ちょうど、花が見ごろでね。一緒に見に行きましょう」

ジョゼットが妹二人に提案した。レナエルがすぐに「いいわね」と同意し、グレースの同意を求めた。

「グレースも一緒に行きましょう」

「三人で、ですか?」

ジョゼットとレナエルとグレースで? 関係性は姉妹であるが、ちょっと不思議な組み合わせに思える。この二人といると、グレースの子供っぽさが際立つ気がする。

「ええ。おしゃれして行きましょうね」

「あ、はい」

にっこりと言われて、グレースは思わずうなずいた。先ほどの話の続きのようだが、よくわからない。しかし、花が咲き誇っているという離宮の庭園は見てみたい。

「真面目な話になるけれど、グレース、デュノア伯爵家のことは聞いている?」

ジョゼットが言葉通り、真面目な口調になって真面目な話を始めた。グレースは「はい」とうなずく。昨日アメリーにも言ったが、ナタリーとグレースと言う家政を担っていた二人が一度に抜けたのだ。想定の範囲内である。

「そう。じゃあ、弟さんのことは?」

「いえ……」

先ほどアシルを見て思い出した弟のことを問われ、グレースは何を言われるのだろうと首を傾げた。やはり生家のことなので全く気にならないと言えばうそになるが、実を言うと、弟のセヴランのことはそれほど興味はない。あまりかかわってこなかったし、顔を合わせれば見下してくる弟を、可愛いとは思えなかった。

「彼、今年から学院に入学でしょう」

「そうですね。それくらいの年だった気がします」

少し年が離れているのは覚えているが、正確な年齢がわからない。だが、十歳くらいだったはずで、グレースが嫁いだ時にはまだ入学していなかったから、今年入学なのだろうと思う。

「本当に興味がないのね……それで、覚えがあると思うけれど、同じ年に入学する貴族の子供たちが集められるお茶会があるでしょう? 今年は王女殿下が入学する年でもあるのだけど」

「あっ」

すでに嫌な予感がする。王子が一人、すでに学院に入学しているが、その妹が入学するのだろう。いくら世事に疎いグレースとは言え、王家のことくらいは把握している。

「いえ、王女殿下に何かしたわけではないわ。ただ、自分より王女殿下に目をかけられた子爵家の子息に暴言を吐いて泣かせたそうよ」

「……口だけは達者ですから」

グレースはあきれてため息をついた。ナタリーとグレースの礼儀作法がある程度様になっていたのは、二人がそれなりの年齢になるまで祖父が生きていて、祖父はしっかりした人だったからだ。祖父が亡くなった時まだ小さかったセヴランは祖父の教育を受けたことがない。母が初めての男児を手元に置きたがった、と言うのもあるが。

「王女殿下の前で起こったことだから、あなたの弟には厳重注意がなされたそうよ」

「そうですか……」

ジョゼットからの情報に、グレースは眉をひそめた。あの弟が、厳重注意くらいで態度を改めるとは思えない。

「デュノア伯爵家は娘二人が優秀な成績を残しているからね。期待があっただけに、落胆は大きいでしょうねぇ」

しみじみとレナエルが言った。ナタリーはもちろん、諸事情で六年通うはずの学院を三年で卒業したグレースも成績優秀だとみられる場合が多い。実際、上から数えた方が早いくらいの成績だったはずだ。そのことも、グレースが浮いてしまう原因の一つなのだが。

「正直、弟……セヴランが学院に通えるのか怪しい気がします。お金の問題もそうですが、私が嫁ぐ直前の時点で、計算がかなり怪しい状況でしたから」

セヴランは特に数字が苦手なようだったが、読み書きも怪しいとグレースは思っていた。あれではかろうじて学院に入学できたとしても授業についていけないだろうし、無事に卒業できたとしても爵位を継いで領地経営をする、など不可能だろう。そうなる前に、爵位を返納してしまえばいいのに。

「それか……弟が爵位相続不可能になると、私かナタリーが女性相続人になりますから、フォートレル男爵家が接収することも可能ですね」

「……可愛い顔して結構えぐいことを言うわね、グレース」

レナエルがちょっと引いた顔で言った。まあ、さすがにそんなことにはならないと思うが、もしそんなことになれば、失踪しているナタリーよりもグレースが相続人になる可能性が高い。そうなれば、フォートレル男爵家はデュノア伯爵家を接収できる。

女性であるグレースが女伯爵になることも、国の法で禁止されてはいないが、かなりハードルが高い。女性相続人が結婚していて、その夫が貴族である場合は、その夫側に権利が発生する。グレースの場合はユーグに伯爵になる権利が発生するのだ。

「……でも、お父様が全く考えなかった、と言うことはないと思うわ」

少し困ったようにジョゼットが言った。グレースもそう思う。彼女らが思いつくくらいのことを、レイモンが思いつかないはずがない。

「まあ、まだそうなったわけではないし、グレースは何か言われてもフォートレル男爵家の人間だって言い張ればいいわよ」

さっくりとレナエルが言った。彼女のこういうところがいいな、と思う。グレースはくすくすと笑った。

「レナエルお姉様はユーグ様と似ていますよね。ユーグ様にも同じことを言われました」

ついでにアメリーにも。グレースを守ろうとしての言葉なので嬉しくなる。堅物の兄に似ていると言われたレナエルはむくれた。

「……もういい。それより、離宮に行くときの話をしましょ」

無理やり話を変えたレナエルに、グレースもジョゼットも笑い、乗ってあげることにした。