作品タイトル不明
【14】
布をたっぷり使ったドレスの裾が揺れる。結婚式のウエディングドレスも豪華だと思ったが、こちらも負けていない。そして、グレースにもウエディングドレスよりも似合っている、と思えた。そもそも、グレースに合わせてあつらえているのだから、似合わなければ問題だ。
「よくお似合いですよ、グレース様」
アネットがいつもより感情を乗せた声でグレースをほめた。お世辞だとしても褒められて悪い気はしないが、今回はお世辞ではないだろうな、とグレース自身が思うくらいには似合っている。アメリーの見立てがすごい。
「……ありがとう」
はにかんで礼を言う。自分でも似合うとわかれば、状況が少し楽しくなってくるものだ。ノックがあって、ユーグの声がした。
「グレース、いいか」
「どうぞ」
髪も結ってもらい、支度はほぼ済んでいるので許可を出した。くるっと回ると、ドレスの裾がふわりと広がって目に楽しい。
部屋に入ってきたユーグが驚いたように目を見開き、グレースの全身を眺めた。
「……驚いた。とてもよく似合っている」
「……自分でも結構似合っているのではないかと思っていたので、安心しました」
ちゃんとそう言った審美眼が育ってきていることに安心したグレースはそう言ったが、違うそうじゃない、的な顔をアネットにも、そしてサビーヌにもされた。
ユーグも微妙な表情をしたが、すぐに「言い方が悪かったな」と言って、言い直した。
「よく似合っている。きれいだ」
ぱちぱちと瞬いた。目の前のユーグは真顔だ。冗談でこんなことを言う人ではないのはわかっている。
「あ、ありがとうございます」
理解が追いつくと、頬が熱くなる。これから舞踏会に向かうのに。到着するまでには落ち着いているだろうか。うろたえているグレースを見てユーグは笑うと、ケースから装飾品を取り出した。
「ドレスに合わせて用意したんだが、身に着けてもらえるだろうか」
「……」
思わず息を呑んだ。こうしたものの勉強を始めて一月ほどしかたたないグレースが見ても、高級品だとわかるネックレスとイヤリングだった。ドレスに合わせて、と言うのが理解できる赤い宝石をはめられている。そう。グレースのドレスの色は深紅なのだ。きっと似合う、と言われた色。思ったよりも似合っていて、自分でもびっくりした。
だが、それとこれとは別だ。さすがにこれは高価すぎる。というか、単純に身に着けるのが怖い。落としたらどうしよう。破損したらどうしよう、と言う意味で。
「気に入らないか? なら、別の物でも」
「えっ、い、いえ、気に入らないわけではありません!」
まだ宝石の良し悪しまではわからないが、デザインは素敵だと思う。だが、そうではない。そうではないのだ。
「素敵だと思います……でも、私が身につけていいものなのですか? 落としてしまうかもしれません」
「そう簡単には落とさないし、お前に似合うと思って見繕ったからな」
「……」
てっきりアメリーあたりから借りたものだと思ったのだが、そうではなかったようだ。自分のために用意されたのだ、と聞いて悪い気持ちはしない。だが、やはり身に着けるのは怖いし、似合うとも思えない。
グレースの不安な気持ちが感じ取れたのか、ユーグはそれ以上何かを言うことはなく、ネックレスを手に取った。
「つけてやろう。後ろを向いてくれ」
少しためらったが、グレースは後ろを向いて半分降ろされている髪をよけた。手が回されて、銀の鎖が首から下がる。
「いいぞ」
ユーグに声をかけられて手を降ろしてさっと髪を整える。首元にひんやりとした感触がある。次いで耳にイヤリングをつけられた。耳たぶをはさんで止めるタイプの物なので、調節をうまくしないと痛い。
「痛くないか?」
「大丈夫です」
むしろ、強めでないと落としそうで怖い。両耳につけられて、鏡を見せられた。
「ああ、やはり似合うな」
目を細めてユーグがほめる。グレースは気恥ずかしいやら困惑やらで口ごもり、顔をうつむけた。ユーグの指がグレースの首元に触れた。正確にはネックレスを少しずらしただけのようだ。くすぐったくて首をすくめる。
「ああ、すまん」
「いえ……」
ユーグの態度が普通なので、自分が過剰に意識しているだけのような気がしてきたグレースである。何とか表情を戻そうと頬をつねる。アネットが軽く咳ばらいをした。グレースはびくっとしたが、ユーグは「なんだ」と眉を顰める。
「申し訳ありません。ですが、そろそろ出かけた方がよろしいのではありませんか」
冷静なアネットの指摘に、ユーグが「そうだな」とうなずいた。本音を言えば、グレースは出かけたくない。それが顔に出ていたのだろうか。軽く笑ってユーグが言った。
「ちゃんときれいだから大丈夫だ。変にうつむくより、顔を上げていた方がいい。なめられる」
「はあ……」
思わず、気のない返事が出た。というか。
「ドレスも装飾品も、高価で怖いですし、慣れないところに行くのも緊張します。けれど、両親に会うかもしれないことが一番嫌です……」
「あー……」
グレースもユーグも口数が多い方ではないが、ユーグが聞いてくれる人だとわかってから、グレースはそれなりに話していると思う。思わず、愚痴がついて出た。ユーグもグレースとナタリーの両親を知っているので、何とも言えない表情になる。
「……できるだけ俺から離れるな。一人にならなければ、いくらかマシだろう」
「……はい」
ユーグとしても、グレースが共にいた方が声をかけられることが減ると思うとありがたいのだそうだ。グレースに気を使っただけかもしれないが、そう言われて少し心が軽くなったのは事実だ。それに、どうせなるようにしかないらない。せめて、言質を取られないように気を付けようと思った。
王宮の夜会に出席するのは、初めてではない。デビュタントは王宮で行われるからだ。女性はおおむね十五歳前後、遅くても十八歳までにはデビュタントを済ませる。グレースも十五の時に済ませた。去年の話だが。
とはいえ、あの頃は誰も目にも留めない没落貴族の娘の一人だったし、何より美貌の姉がいるのでグレースは自分のデビュタントにもかかわらず、ずっと添え物状態だった。
しかし、逆に言うと、ナタリーが引っ張ってくれたのでグレースも参加できていた、とも言う。今回はユーグが一緒なので、何とかなると思う。多分。
約一年ぶりに見る王宮は壮麗だった。ぽかんと口を開けるのだけは耐えたが、誰もいなければそうしていたかもしれない。ユーグは苦笑気味に「行くぞ」とグレースを引っ張った。
「あまりきょろきょろするな」
ものなれないのだ、とわかれば妙なちょっかいをかけられるかもしれない、とユーグが真剣に忠告するので、周囲を眺めたい気持ちを抑えて粛々と彼に従って歩む。グレースにちょっかいをかけるようなもの好きがいるとも思えないが、ものなれないと思われれば社交界では不利になることは理解できた。
「まず、国王陛下にあいさつに行く。いいか?」
「はい」
もちろんだ。そう言った手順を簡略化するつもりはない。貴族の中では、フォートレル男爵家は下級貴族だ。金はあるが、身分は高くない。下手に型破りなことをすれば目を付けられる。
「フォートレル男爵家の方ね」
「爵位を金で買ったという……」
「よく顔を出せるものだ」
「妻を金で買ったのではなかった?」
「あら、私はデュノア伯爵が娘を売りつけたと聞きましたわ」
噂だが、微妙に間違ってないな、と感心していると、「聞かなくていい」とユーグがグレースのエスコートしている手をたたいた。グレースは思わず目をしばたたかせる。
「ユーグ様も、気にしなくていいと思います」
「金で成り上がったのは事実だからな」
「そうではないと思います」
ちょっとずれてる。そう言うことではない。こんな天然なところがあるのに、仕事では敏腕なのだ。どうなっているのだろう。