作品タイトル不明
【13】
レナエルの指示で髪もきれいに結い上げ、イヤリングやネックレスなど装飾品を身に着ける。軽く化粧もされ、夜会に行くほどではないが家族と屋敷でお茶を飲むには少々豪華な装いとなった。
「いいわね、似合ってるわ」
グレースの全身を眺め、レナエルが笑顔でうなずく。グレースは「そうでしょうか」とはにかんだ。
「はにかんでるのが可愛いわねぇ」
にこにことレナエルがグレースの手を取る。ちなみに、ここまでやってくれたのはアネットの指示を受けたサビーヌである。アネットは一時的にアメリーのところから派遣されているだけだが、サビーヌはアネットが怖いのか、ちゃんとグレースの世話をするようになった。
「よくお似合いです」
無表情ながらもアネットも心なしか満足げにほめてくれるので、いくらグレースと言えども多少自信がつくものだ。アネットはこういう場面で嘘をつかない人である。
「ばっちりよ。さあ、お茶にしましょ。のどが乾かない?」
「乾きました」
「でしょ」
やはり着替えて髪を結って、とやっていると時間がかかるし多少は消耗する。少しおなかもすいた気がした。サロンに戻ると、すでに支度が整っていた。お菓子の乗った皿と、紅茶の入ったポット。グレースとレナエルが座ると、アネットがカップに注いでくれた。
「さて、おしゃべりしましょ。何か聞きたいことはある? お兄様のことでも、なんでも答えるわよ」
「ええっと」
確かに、レナエルはユーグと幼少期を過ごしているわけで、そう言った話を聞きたい気もするが、どう切り出したものかわからない。
「急に難しかったかしら。じゃあ、私からね。お兄様との新婚生活はどう?」
「楽しいです」
これは即答できる。楽しいと言うか、こんなに心穏やかに日々を過ごしたことはないと思う。レナエルは「あら」と驚いた表情だ。
「お兄様、よくしてくれる? 顔に似合わず人見知りで朴念仁でしょう」
「優しくしてくださいます。というか、その、お姉様の件がありましたから、むしろ申し訳なくて」
「ああ……まさかナタリーが駆け落ちするなんてねぇ」
やはり、誰から見てもそう言う意見なのだな、と思った。ナタリーの性格からして、逃げる、とか、妹を置いて行く、と言うのがそぐわないのだ。
「やっぱり、そう思いますよね……」
駆け落ちした、と言われた瞬間も違和感があったが、時間がたつにつれ、その違和感は大きくなっていく。と言っても、うまく説明できないし、だったらどうした、とも思うけれど。
「妹に言われるのなら、やっぱりちょっとおかしいわよねぇ……それはともかく、お兄様はグレースの方がタイプだと思うわよ。大丈夫」
「タイプ、と言うと?」
好きな女性の雰囲気とか性格、とか、そう言う意味だと分かっているが、グレースがどのようなタイプだと言うのだろう。自分で言うのもなんだが、可愛げがある方ではないし、どちらかと言うと面倒くさい性格をしている。
「そうね。素直なところとか、変に擦れてないところとかかしら」
「確かにお姉様は少々、いえ、かなりしたたかでしたけども」
そう。だからナタリーの駆け落ちには疑問が残るのだ。
「ナタリーのような引っ張ってくれる人とも相性が悪いわけではないけどね」
レナエルはそう言ってからからと笑った。レナエルとナタリーは年が近いので、かなり仲良くしていたようだ。
「お姉様が一方的に話しているのが目に浮かびますね」
苦笑して言うと、レナエルは「そうね」とうなずいた。
「お兄様自身、そんなにしゃべる方じゃないものね。まあ、そんなわけで、お兄様の子供のころの話とか、聞きたい?」
「聞きたいです」
間髪入れずに提案にうなずく。ユーグはナタリーにいろいろ聞いていたようでグレースのことを知っているのだが、グレースはユーグのことをほとんど知らない。聞けばぽつぽつと話はしてくれるが、レナエルから見たユーグに興味があった。
「食いつきがいいわね。話してあげようじゃないの」
案外破天荒なユーグの子供時代の話を聞いているうちに、本人が帰宅してきた。
「……何してるんだ、お前たち」
「あら、おかえり、お兄様」
「おかえりなさい」
レナエルの話が面白かったので、その勢いのまま笑顔でグレースがユーグを出迎えると、彼はたじろいだ。前より笑うようになった、と言われるグレースだが、ここまでにこにこしていたことはないからかもしれない。
「……ただいま。楽しそうだな?」
「楽しいわよ。ねえ、グレース」
「そうですね」
ユーグの子供のころの話をいろいろと聞けて楽しかった。レナエルの性格だと、いくらか誇張されている気がするが、おおむね本当のことだろう。レナエルは今日、泊まっていくらしい。久々の末娘にアメリーとレイモンも喜んでいた。
「レナエルと随分仲良くなったようだな」
「はい。……レナエルお姉様を呼んでくださったのはユーグ様ですよね?」
「……ああ」
まさか自分がいないときにわざわざやってくるとは思わなかっただろうが、やはりレナエルにグレースと交流するように頼んだのはユーグのようだ。
「ありがとうございます」
夕食後のちょっとした交流時間。ユーグの気遣いがうれしくて、グレースは礼を言った。ユーグは自分から働きかけたのに、ちょっと複雑そうだ。
「仲良くなったのはよかった。……が、お姉様、か」
そこが引っかかったらしい。実を言うと、レナエルにとってグレースは兄嫁にあたるため、年下の義姉になるわけだ。
「妹か弟が欲しかったそうですよ。ユーグ様が不快なら、やめますが……」
「いや、構わない。あれは末っ子だからな」
ユーグが気にしないのであれば、お姉様で行こうと思う。ナタリーもレナエルよりも年下だったが、一歳差だったためにあまり妹と言う感じがしなかったらしい。性格的にも、妹と言う感じではなかったと思う。
「どんな話をしたんだ?」
多分、こっちが本題なのだろうな、と言う感じがした。グレースは少し考える。
「ええっと、最近はやりのオペラや、ユーグ様の子供のころの話でしょうか」
「……」
「いろいろ聞けて、楽しかったです」
一応感想を添えると、ユーグは自分の子供時代を暴露されたことに反応に詰まったが、すぐに気を取り直したらしい。
「俺の子供の時の話など、面白くなくないか?」
「面白かったですよ。それに、ユーグ様は私の子供のころのことを知っているのに、不公平ではありませんか」
これはユーグのせいではなく、ナタリーが話しまくったせいであるし、不公平も何もないのだが、真面目なユーグは「そういうものか……?」と真面目に戸惑っている。グレースはくすくすと笑った。
「……よく笑うようになったな」
まじまじとグレースを見つめ、ユーグはふいに柔らかい声を出した。表情も少し緩んでおり、グレースは隣に腰掛けた彼を見て小首をかしげた。
「そうでしょうか?」
グレース自身はそんなに変わったつもりはない。実家にいたころはよくナタリーと声をあげて笑っていたし、そういわれると、嫁いできてからは緊張していたのかもしれないな、とは思う。
「ああ。笑っていた方が可愛いと思う」
いつも美人だと思っているが、とユーグは真面目に言った。グレースは言われなれない言葉にきゅっと唇を引き結び、少し顎を引く。頬が赤らんだのが自分でもわかった。笑ったユーグに頬をつつかれる。
「なんだかころっと騙されそうで心配になるな」
「嘘でもうれしいです……」
褒められて悪い気がする人はいないだろう。嘘でもうれしい。
「うれしいのか。いや、俺のは本心だが」
困ったように、今度はユーグが首を傾げた。何かしてしまっただろうか、とグレースは顔を上げる。頭をぽんぽんとたたかれた。
「お前はそのままでいてくれ」
「……どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だ」
真剣なユーグの表情にグレースは首をかしげる。いや、この人はいつでも大まじめだが。軽く頭をなでた手がするりと髪をなでる。
「今日のドレス、似合っていた。当日の装いも楽しみだな」
唐突に、話題が変わった。やっぱり優しく微笑まれて、グレースはどうしていいかわからなくなる。緊張して鼓動が早くなり、頬が赤らむのだ。どうしても止められない。このごろ、自分の心がよくわからない。