軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

暴走……街が血で……逃げ……

マリーはその日最後の客を見送って部屋の扉を閉めた。

月明かりが差し込む部屋の中、乱れたシーツを横目に脱ぎ散らかした下着を拾う。

そのまま下着を身に着けて、彼女はベッドにダイブした。美しい横顔が枕に埋まった。

今日は色々なことがあって疲れた。客の質もあまりよくなかった……もう寝よう。

「んー……」

しかし、湿ったシーツと部屋の匂いが不快で、マリーは溜息を吐いて窓を開けた。

むせ返るような匂いが薄らいで、かわりに外の喧騒が入ってくる。

「何かあったのかしら……」

いつもなら空が明るくなってくる時間だ。色町も仕事を終えて眠りにつく頃。

なのに今日は、夜が明けず町全体がどこか慌ただしい。

そして、夜空にはまだ真っ赤な月が浮かんでいる。

遠くの方を見ると、炎が建物を燃やしている。

火事だ。

風に乗って、煙の匂いを少しだけ感じる。

だがそれ以上に、生臭く鉄臭いような匂いが鼻を刺激した。

火事は遠く、ここまで火が届くことは無さそうだ。

しかし、いつもとは何かが違う。慌ただしく通りを駆けていく住人たち。なぜそんなに慌てているのだろう。

たかが、火事なのに。

窓辺に佇むマリーを赤い月が艶やかに照らした。白い肌に黒の下着がよく映えた。赤紫の髪と瞳は、月明かりの下でも鮮やかだった。

これほどの美女が下着姿で窓辺に立っていれば、いつもなら足を止める男がいるはずだ。

なのに今日は誰もいない。

どこか冷めた目で、彼女は遠くの火事と色町を見下ろす。

13歳で売られて5年間この町で過ごした。無法都市に来たばかりの住人は誰もが外に戻ることを考える。だけど時間と共にその思いは薄れて、いつしか無法都市に染まっている。

マリーはまだ諦めていなかった。

でも、諦めてしまえば楽になるのかもしれない。最近そう思うようになっていた。

マリーは色町でも有数の娼婦だが一番ではない。女将は彼女が本気になれば頂点を掴めると言っていた。

きっと、そうやって生きるのも間違いではないのだろう。何もかもすべて忘れて一夜の愛と快楽に溺れてしまえば……。

「はぁ……」

久しぶりに外のことを考えた。こうして皆この街に染まっていくのだろう。

マリーは窓を閉じようとした、その瞬間。

「きゃあッ!」

一匹の獣が窓から部屋に飛び込んできた。

いや、それは獣ではなく、人型で獣のような身のこなしの――グールだ。

「あ、ぁぁ……」

マリーは床を這って後退る。

グールは鋭い牙を剥き出しに嗤って、下着姿のマリーに襲い掛かった。

涙を流し、マリーは死を覚悟した。

「逃げろ、と……言ったはずだ」

その声と同時に、グールが空中で細切れになった。

肉塊が部屋に落ち、血が飛び散る。

「ぁ、あなたは……」

漆黒の刀を携えた見覚えのある姿を見て、マリーの胸が高鳴った。

そこにいたのは、漆黒のロングコートを身に纏った男――シャドウだった。

「暴走が始まった……見ろ、街が血で染まる……」

「街が……?」

マリーはシーツで身体を隠して外を見た。

「そ、そんな……ひどい」

いつの間にか、通りは血で染まっていた。

無残な肉塊と、暴れるグールたち。逃げ遅れた娼婦たちが店から出てきて襲われる。

「ぁ、危ないッ……!」

その中にはマリーの先輩もいて、思わず叫んだ。

しかし次の瞬間、飛び掛かったグールが細切れにされる。

「暴走が始まった……血の嵐が吹き荒れる……」

そこにいたのは、漆黒のロングコートの男。

「ぁぇ!?」

マリーが隣を見ると、そこにはもう誰もいなかった。

「逃げろ、手遅れにならぬうちに……」

「アンタ、まさか……」

その時、近くで悲鳴が聞こえた。

マリーがそっちに気を取られたその瞬間、シャドウの姿は消えていた。

「暴走が……血……逃……」

どこからか声だけが聞こえて、グールの死体が宙に舞う。

よく見ると、通りの肉塊も血も全部グールのものだった。

彼の姿は見えないが、飛び散るグールの肉塊が遠ざかっていくのは分かる。

マリーは下着の上に服を着て、手早く荷物をまとめ二階から飛び降りた。

マリーの勘は間違っていなかった。やはりシャドウはマリーを助けに来てくれた。

「ありがとう、シャドウさん……」

そしてマリーはどさくさに紛れて逃げ出すことにした。いつの日か、シャドウに恩を返すことを心に決めて……。