軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

タフなレディ

僕が起きると無法都市は荒れていた。

夜が明ける時間だというのに暗く、空には真紅の月が昇り、そして街ではグールが暴れている。

これは……。

これはまさか……。

「『暴走』か……」

ミリアって子が言っていた重要キーワード。彼女の予言が当たったのだ。

拠点では緊急の会議が行われ対応を決めているらしい。

僕は拠点を抜け出して高い建物の屋上に立ち漆黒の衣を身に纏った。

「ついに、この時が来たか……!」

間違いない、これは……ガチのやつだ。

ガチでビッグなヴァンパイアイベントが発生しているのだ!

僕は仮面の奥で意味深に笑いながら漆黒のロングコートを靡かせる。

キーワードは『赤き月』『暴走』『血の女王』か……。

あ、あと『最古のヴァンパイアハンター』さんがいたか。ぜひイベント中に接触しておきたいね。

難しいけれど一番楽しめるルートを構築せねばなるまい。

この流れだと最終目標は『血の女王』。

ということは『紅の塔』で火事場泥棒の一石二鳥プランで、あとは高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応していく感じかな。

姉さんはまだ戻って来ないけどタフなレディだから大丈夫でしょ。

さて、まずはイベント周知しつつグールを狩っていきますか。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

魔剣士協会は後手に回っていた。

一流の魔剣士を揃えてグールたちの暴走に対応するものの、『赤き月』で強化されたグールと圧倒的な物量により後退を余儀なくされていた。

「『剛腕』のグレインも負傷した!! いったん退く!」

「馬鹿ヤローッ! そこはてめーらの持ち場だろ!! 誰が代わりに入るんだよ!!」

「知るかッ!! 怪我人がいるんだよ! このまま死ねってか!?」

大通りでグールに囲まれた魔剣士たちは、必死に抵抗を試みるも次々と押し寄せるグールに消耗していく。

「みなさん! 勝手な行動は控えてください!」

『血の女王』討伐作戦の指揮を担当する魔剣士協会のエリート職員クローディアが必死に声を張るも、士気は低下し崩壊は時間の問題だった。

通りはグールの死体で埋め尽くされていく。

流石に一流の魔剣士を集めただけはあって、個々の力はグールを圧倒している。

しかし、まさかここまで大量のグールが押し寄せてくるとは思いもしなかった。

おそらくこれは長い年月をかけて準備してきた計画的な犯行だ。

これだけの魔剣士たちを用意して『紅の塔』の足元にもたどり着けない。これが無法都市の三分の一を支配する『血の女王』の力……。

魔剣士協会でも昔から「無法都市には手を出すな」と言われている。クローディアはその言葉の意味を理解し、それを無視した魔剣士協会上層部の判断を呪った。

「クソ爺どもめッ」

クローディアは普段は絶対表に出さない悪態をつく。尻を揉んでくるセクハラ爺に、胸を凝視するむっつり爺、しつこく夜の誘いをしてくる色ボケ爺、それから……ああ、もうキリがない。

彼女は上からの指示を無視し、撤退の判断を下すことに決めた。これで降格されたら爺どもぶん殴って辞めてやる。

しかし、現在彼女らはグールの群れの中に取り残されている。

撤退も容易なことではない。

「時すでに遅し、か……」

彼女は自嘲した。決断はもっと早くにできたはずだ。

保身のために決断を遅らせた自分自身が、誰よりも愚かだった。

クローディアは腰の剣を抜き覚悟を決める。

魔剣士協会のクソ爺のために命を懸けるつもりはないし、自分勝手な脳筋魔剣士たちのことも正直どうでもいい。

しかし、判断を遅らせた自分の責任は自分でとらなければなるまい。

「撤退します! 殿は私が!」

もともと彼女は魔剣士からの叩き上げだ。こう見えて、剣の腕には自信がある。

「よっしゃ、撤退だってよ!!」

「殿は任せたぜ! あばよッ!」

続々と後退していく魔剣士たち。

クローディアはグールを斬りながら「誰か一人ぐらい残ってくれてもいいじゃない!」と思った。

押し寄せるグール。後退する魔剣士。そして、奮闘しつつも彼らに合わせて退いていくクローディア。

しかし、殿を一人で受け持ったクローディアの負担は大きく、限界はすぐに訪れた。

血で足を滑らせたクローディアに、グールが殺到する。

そこに、漆黒の魔剣士が降り立った。

「殲滅せよ……『漆黒旋』」

漆黒の魔剣士の持つ刀が身の丈数倍に伸びた。そう思った次の瞬間、漆黒の旋風が巻き起こる。

それは周囲のグールたちを切り刻み、瞬く間にグールの群れを殲滅した。

「そ、そんな……」

クローディアは尻もちをついたまま漆黒の魔剣士を見上げた。

一流の魔剣士が撤退を余儀なくされたグールの群れを殲滅した規格外の力。

クローディアも一角の魔剣士だから分かる、彼の並外れた実力。

我先にと逃げていた魔剣士たちも足を止めて、驚愕の目で漆黒の魔剣士を見ていた。

「暴走が始まった……貴様らではもう手に負えん……」

彼は深淵から響くような声でそう言って背を向ける。

「あ、あなたはいったい……」

クローディアはその背中に問いかける。

「我が名はシャドウ……陰に潜み、陰を狩る者……」

そして彼は、漆黒のコートを靡かせ血の絨毯の上を歩いていく。クローディアは呆然とその背中を見送った。

「あれが、シャドウ……」

誰もが戦慄した。

その名は聞いたことがある。学園を襲撃し、聖域を吹き飛ばし、そしてアイリス王女と武神の二人を相手に圧倒した男。

だが、それを全て信じるような素直な人間はここにいない。

事件があったのは確かだろうが、その詳細は半信半疑だった。

何より、アイリスと武神の二人を相手に圧倒するような人間がいるなど、誰が信じるだろうか。

クローディアもその話はあまり信じていなかった。何も知らない一般人とは違う、魔剣士協会のプロだからこそ信じるに値しないと判断したのだ。

しかし、今ここで見た彼の実力ならば、クローディアは噂を否定できない。シャドウならば、圧倒してもおかしくはないのだろう……。

しかし、なぜ彼は無法都市に現れたのだ。

そしてなぜ魔剣士協会の人間を助けたのだろう……。

魔剣士協会はシャドウとシャドウガーデンを賞金首として追っている。彼に助ける理由などないはずなのだ。

もしかしたら、彼には何か理由があるのではないだろうか。そして彼らが起こした事件にも裏があるかもしれない。

調べた方がいいだろう。

「シャドウ……この借りはいつか返します……」

クローディアは小さくなった彼の背中に言った。

コツ、コツ、と遠ざかる彼の足音。

その行く先には『紅の塔』がそびえ立ち、頭上には真紅の月が輝いていた。