軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

この日のために準備したとっておきの穴!!

ミリアに案内されたのは、崩れかけの家屋だった。室内はなぜか大量の土砂で埋もれかけている。

埃とカビの匂いの充満したそこで、ミリアはランプを灯した。

「一応、椅子はそこにあるけど……」

ミリアは立ったまま言った。

「いらないわ」

その椅子は座ると壊れそうだ。

「そう。クレアだったかしら。あなたの弟は、おそらく『血の女王』エリザベートの居城『赤の塔』にいる」

「贄というのはどういう意味?」

「それを説明するには、まず『血の女王』エリザベートのことから話さなければならない。エリザベートは真祖の吸血鬼と呼ばれる女王だった。かつては彼女の他にも真祖と呼ばれる吸血鬼がいて、世界の夜は吸血鬼が支配していた。千年以上昔の話だ……」

ミリアは遠くを見るような目で淡々と語っていく。

「世界の夜を支配していた吸血鬼だったが、やがて人間に吸血鬼の弱点が広まり、彼らは狩られる立場に立たされていった。

吸血鬼の弱点は三つある。

一つ、心臓を破壊されれば死ぬ。驚異的な再生能力を持ち、不死身と恐れられていた吸血鬼だったが、心臓が破壊されれば再生できない。この事実は、吸血鬼を恐れる人間に大きな力となった。

二つ、彼らは吸血行為をしなければ力を維持できない。長期間血抜きした吸血鬼は人と変わらない力しか出せなくなる。彼らは種族的に人との共存を決められていて、決して人を滅ぼすことはできなかったのだ。

そして三つ、彼らは日の光に当たると灰になる。いくら吸血鬼が強く、人が弱かったとしても、日の光に当てさえすれば誰にでも彼らを殺すことができる。罠にはめてもいい、住処を破壊してもいい、方法はいくらでもあった。そして、日中は彼らの処刑場へと変わった……」

「詳しいわね」

ミリアの話を聞きながら、クレアはその知識に感心した。

吸血鬼について詳しい人間は少ない。

なぜなら吸血鬼なんてもう過去の存在で、彼らによる被害は近年ほぼゼロに近いのだ。ただ、無法都市を除いて。

魔剣士協会の会議を進行した職員も吸血鬼を確認したことはまだ無く、書物で読んだ知識しか無いと言っていた。

「彼らは人々に追い立てられていった。やがて世界の夜から吸血鬼は消え、誰もが彼らの存在を忘れ始めていた。そして千年前、あの忌まわしい事件が起こった……。『赤き月』が空に浮かんだ夜、たった一晩で国が一つ滅んだ。今はもう名前すら忘れ去られた小さな国だ……。『血の女王』エリザベートとその眷属の仕業だった」

「『赤き月』って、最近妙に赤い月のこと……?」

クレアの問いに、ミリアは頷いた。

「『赤き月』は吸血鬼とその眷属の能力を飛躍的に上昇させる。追い詰められた彼らは『赤き月』が昇った夜、反逆の狼煙を上げたのだ。『赤き月』は三日間続いた。最初の一晩で国が一つ滅び、後の二晩で三つの国が壊滅的な被害を受けた。『赤き月』が終わると『血の女王』とその眷属は忽然と姿を消し、人々が彼らの存在を忘れるまで姿を隠した……」

「まさか、もう一度吸血鬼たちの反逆が始まるというの?」

ミリアは頷いた。

「彼らは人を家畜としか見ていない。家畜に追われた屈辱を、彼らは決して忘れはしない。現在『血の女王』は千年の長き眠りについている。無法都市の吸血鬼を率いているのはクリムゾンという側近の吸血鬼だ。『赤き月』が始まるとクリムゾンは『血の女王』を蘇らせるだろう。そして、千年前の悲劇が再び繰り返される……」

「まさか、贄というのは……?」

「『血の女王』の復活には魔力を豊富に含んだ若い男の生き血が必要だ。クレアの弟は『血の女王』の贄にされるだろう……」

「させないッ! 『赤き月』はいつ始まるの!?」

ミリアは穴の開いた壁から外の月を見上げた。月はもう、真紅に染まっている。

遠くから叫び声のようなものが聞こえてきた。

「今、始まった……」

そして、無法都市の夜に人々の絶叫が響き渡る。

「グールだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! に、逃げろッ!!」

人々が騒ぎ、街の中に血の匂いが広がっていく。

「暴走が始まった……『赤き月』は彼らに絶大な力を与える。しかしその代償として抑え難い吸血衝動に襲われる。これがすべての始まり……」

「ッ!! シドは!? 弟は『赤の塔』にいるのね!?」

「待て」

飛び出そうとするクレアを、ミリアが呼び止めた。

「クリムゾンは確実を期すため月が最も赤く染まる瞬間に『血の女王』を蘇らせるはず。まだ、半日ほど時間がある」

「半日? 半日後って昼間じゃない!」

「『赤き月』は三日続く。三日間、夜は明けない。大丈夫、策はある」

ミリアはそう言ってボロボロの床板を剥がしていった。

「私はこの日のために……穴を掘った」

「……穴?」

クレアは首を傾げた。

それは、確かに穴だった。

床板があった下には、人が這って進める程度の穴がある。

「『赤の塔』には普段は多くの眷属がいて入り込めない。しかし『赤き月』が始まり、彼らは外に出る。これは侵入するまたと無い機会……」

「つまり、この穴は……?」

「地上からの侵入は難しい。だから『赤の塔』の下まで掘ってある」

「……なるほど」

「最後に確認したい。私の目的は『血の女王』エリザベートの殺害。クレアの目的は弟の救出。お互いに協力し合うということでいい?」

「それでいいわ。よろしくね、ミリア」

「よろしく、クレア」

二人はどちらからともなく握手を交わす。

「そうと決まればさっさと行くわよ。待ってて、シド」

クレアは迷わず穴の中に入り進んでいった。

ミリアはクレアを先に行かせ、振り返って再び赤い月を見上げた。

その瞳は、どこか切なげに揺らいでいる。

「エリザベート様、もうすぐです……」

彼女は小さく呟いて、クレアの後を追った。