軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9 歪んだ妹たち(1)

今日のお客さんは、とある貴族令嬢姉妹の乳母だったという女性。

「妹のエルザ様は、優秀な姉のクララ様を慕っておられました。けれどそれがいつからか嫉妬に、そして強欲さに変わってしまったのです」

妹はお菓子みたいな小さなものからドレスや宝石まで、姉のものをすべて欲しがるようになった。

「優しいクララ様は、亡くなった奥様の『姉妹で仲良くね』という遺言を守られ、常にエルザ様に譲ってこられました。妹を大切にすることで、姉妹仲良くいられるのだとおっしゃって」

けれどいくら優しくても、いくら妹が大切でも、自分のものを奪われ続けてノーダメージでいられるわけはない。

いつか限界は来る。

「最近ではクララ様の婚約者に、エルザ様がすり寄り始めて…!」

乳母はぎゅっとハンカチを握る。

「もちろんエルザ様には止めるようお伝えしたのですが、『だって、お姉様は優しいから怒らないもの。私が欲しいって言えば、何でもくれるわ』とおっしゃって」

「我が儘と甘えが度を越していますね」

「ええ。このままではお二人の仲は修復不可能になりかねません。私がお二人ともこの腕に抱いてお育て申し上げたからこそ、責任を感じて…」

どうにか妹には「当たり前は当たり前じゃない」と学ばせ、姉には妹のクレクレから解き放たれて幸せになってほしいと。

「母親は亡くなっているとして、乳母がこれだけ心を痛めているのに、父親は何をしているのか」と疑問には思うが、貴族の家はそんなものなのかもしれない。

「…わかりました。行きましょうか」

移動魔法で屋敷へ飛び、「本物の魔導士様に会うのは初めて!ローブは着ていないの?」とあくまで無邪気な妹に毒気を抜かれながら、術をかけた。

私はお姉様の婚約者に近づいた。

いつもお姉様に優しい彼。二人は「品行方正で仲睦まじい、理想のカップル」として憧れの的。

彼を手に入れたら、私はお姉様みたいに「みんなの憧れの的」になれるはず。

「ウィル様、エルザは…私はあなた様のことをお慕いしております」

ウィル様は困ったような顔を私に向けた。

「気持ちは嬉しいよ。けれど僕はクララの婚約者だ」

わかってるわ。

だからこそ、私もあなたを好きなのだから。

「君の気持ちに応えられないことはわかってくれるね」

「いいえ、大丈夫ですわ。お姉様はなんでも私に譲ってくださいますもの。きっと私が頼めば、ウィル様のことも譲ってくださいますわ」

ウィル様は目を丸くする。

「そんなことは…!親同士が決めた婚約だけれど、僕とクララは愛し合っているんだ。冗談でも、そんなことは言うものではないよ」

「そうよ、エルザ」という声がして、振り返る。

「ウィル様まで奪おうとするなんて、もう我慢できないわ」

お姉様の声とは思えないくらい、低くて冷たい声。

「『優しい姉』であろうとしたし、『可愛い妹』だと思おうとしたけど、もう我慢の限界だわ」

「お、お姉さま…?」

お姉様は今まで見せたことがないような鋭さで、私を睨みつけていた。

「我慢しないと優しくできないなんておかしいわ。我慢し続けて、優しさをどんどん奪われて、ようやくわかったの」

「我慢って、なんのこと…」

「とぼけないで!小さいころから一緒だったぬいぐるみのラビも、お気に入りのドレスも、お母様が『クララに』と遺した宝石も…大切なものを次から次にあなたに奪われて、私が何も感じなかったと思うの!?」

だって…

お姉様は勉強もできて、美人で、いつもお父様とマルタに褒められて、みんなに好かれていて、なんでも持っている。

お母様と過ごした時間だって、お姉様のほうが長い。

お姉様は恵まれているんだから、私が少しくらいもらっても平気。

それにいつも優しくて、いつも私のことを第一に考えてくれる人だから、「譲ってくれること」が当然だと思っていた。

なのに…今目の前にあるのは、剥き出しの敵意。

初めて見るお姉様の怒りと、拒絶。

「お姉様…違うの、私は…私はただ…」

お姉様の手を取ろうとしたら、すっと払われた。

どうして。

いつだって「エルザ」と笑って、手をつないでくれたのに。

「あなたは妹じゃないわ。私からすべてを奪っていく、強欲な泥棒よ」

怖い。

お姉様に拒絶されて捨てられることが…

優しい「いつものお姉様」を失ってしまうことが、何よりも…

「ひっ…!」

妹は悲鳴を上げて跳び起きた。

無邪気に「杖を見せて」と言っていた笑顔は、どこにもない。

震えながら、まだ辛うじて味方でいてくれる乳母に縋りつく。

「マルタ!お姉さまは?お姉さまはどこ!?」

「クララお嬢様はお部屋にいらっしゃいます」

妹はごくりと唾を飲んだ。

「お姉さまは今まで、全部、我慢してたの?」

「…」

「喜んで私に譲ってくれたんじゃなかったの?私のこと、怒ってるの…?」

乳母の目が「そうだ」と告げると、妹は震える足で立ち上がって、走り出す。姉に謝りに行くのだろう。

「お姉さま、お姉様ごめんなさい…っ!」と泣いて叫びながら。

乳母は私に礼をして、彼女の後を追う。

後日、乳母からは「妹は姉に、返せるものはすべて返した。それで姉が妹を本当に許したかどうかはわからないけれど、これ以上悪くなることはないだろう」と手紙が届いた。

すでに壊れてしまった信頼や心が、きれいに元に戻ることはないだろう。

それでも、完全に壊れる前に防げたというのなら…

「…まあ、よかったのかな」