作品タイトル不明
5 生意気な弟子(1)
「免責事項は、これでよし」
「失わせ屋」をして気づいたのは、後悔を体験した人が、必ずしも変わるわけではないということ。
そして「変な幻覚を見せやがって」とか「恋人との仲を引き裂きやがって」とか、私が恨まれることもあるということ。
なので依頼時に「対象者と依頼人の間にいざこざが起きた場合、自分たちで解決します」と一筆書いてもらうことにしたのだ。
「商売っぽくなってきたなぁ」
◆
がらんがらんと鈴が鳴る。
「いらっしゃい」
「ローウェンといいます。町はずれで剣術道場を開いています」
入ってきたのは背の高い男性だった。温和な口調だが、威圧感で店が狭く感じる。
「幻影というのは、子どもが見ても大丈夫なのでしょうか」
「まあ…幻影の内容によっては傷を残すかもしれませんけれど。悪い内容でも、まあ悪夢のようなものだと思ってもらえれば」
彼はふっと思案する。
「とりあえず椅子をどうぞ。子どもに未来を見せたいのですね?」
「ええ。素晴らしい才能をもつ弟子を預かったのですが、当の本人は自分の才能を過信して、いくら言ってもろくに練習しないのです」
なるほど。
私が魔法の師匠についていたときも、同門にそういうタイプがいたな。
「私の道場では基本動作の繰り返しを重視しているのですが、彼は『量より質だ』と反発して、話にならなくて」
「質をどうこう言えるのは、量をこなした人だけなのに」
「…!」
彼はぱあっと目を輝かせた。
「まさにそうなんです!!けれど言葉では伝わらず」
「周囲に一目置かれる彼が鍛錬を怠り続ければ、他の弟子たちにも悪い影響が及ぶ。このままだと道場を辞めてもらうしかないが、それは彼のためにもならないと思うので」と、その師範は説明した。
「わかりました」
免責事項にサインしてもらい、念のため彼の親にも同意してもらって、町はずれの道場まで歩く。
十二歳くらいだろうか、件の弟子と思われる少年は、他の弟子たちが師匠の留守中も懸命に素振りをしているのに、ひとり壁にもたれている。
「ルーク、素振りは終わったのか?」
彼はぺろりと舌を出す。
「素振りなんて、なんの意味があるんですか?僕はその気になったら、全部みんなより上手にできるんです。だから練習は効果があるものだけに絞って、本番で出し切れるように力は温存しておかないと」
才能を過信しているうえに、頭でっかちの子ども。
…疲れるタイプだな。
私はローウェンさんの後ろから顔を出し、ぴょいと術をかけた。
「その行く末を、味わいな」
◇
僕はローウェン師匠の道場を、辞めさせられた。「やる気がないなら来るな。みんなの邪魔になってしまう」と。
「でも本当にやる気になったら、いつでも来なさい。待っているから」
戻るもんか。あんな古臭いやり方の道場に、戻るわけがない。
お母さんに頼んで別の師匠のところに行ったら、天国みたいだった。
「やっぱり習い事は楽しくなくちゃ、っていうのがうちのモットー!楽しくないと続かないからね」
とにかく「君は天才だ」って褒めてくれるし、「効率よく」「自分に必要なことだけ」っていう僕の考えも理解してくれる。
頑固なローウェン師匠とは全然違うんだ。
「ルークは一回言うとすぐ覚えちゃうからすごいねぇ。新しい構えもすぐできるようになるんだもの」
そう。だから素振りの繰り返しだなんて、天才である僕には必要ない。
そうやって楽しく練習を続けて、十五歳。
僕は騎士団の入団試験を迎えた。
ここから天才騎士の華々しい人生が始まるはず…
「不合格」
「え…」
信じられない。この僕が不合格だなんて。
「試験官様、どうしてですか!僕は誰より才能があるのに…!」
「才能だけで騎士をやっていけると思うな。基礎体力不足。剣を振ってきた量が少なすぎる。忍耐力もない」
唇を噛む僕の横で、ローウェン道場から来たテオが、「合格」と告げられて拳を突き上げる。
泥臭く素振りと体幹トレーニングとランニングばかりしていたテオが…
「ルーク、残念だったね。でもまた来年頑張ればいいさ」
テオに慰められて、顔が熱くなってくる。
悔しい。こんなはずじゃなかったのに。
師匠に泣きついたら、「大丈夫大丈夫」と、笑顔で励まされた。
何とか立ち直って次の年も挑戦してみたけど、また不合格だった。
ローウェン道場からは、僕よりひとつ年下の合格者が三人も出たのに。
みんな、僕よりずっとずっと下手で、才能なんてなかったはずなのに…
二年連続で不合格になった僕に、師匠は言った。
「ルーク、ちょっと言いにくいんだけど…別の道も考えてみたら?騎士団の試験は、十六歳で合格できないとちょっと厳しいから…」
「わかってます」
そうして僕は、道場を辞めた。
あっけなかった。
「…ルーク?」
とぼとぼと歩いていると、前の師匠に出くわしてしまった。両手にいっぱいの食べ物や飲み物を抱えている。
「みんなと合格の祝賀会をするのだ」と気づいた。
「ルーク、聞いたよ。今回は残念だったそうだな」
「…はい」
「騎士を目指すなら、もう一度うちに来ないか。ルークなら、きっと今からでも間に合う」
僕は唇を噛んだ。
今からじゃ遅い。十七歳で試験を受けて合格する人は、ほんの一握りだ。
それに合格できたところで二浪だなんて…格下だったテオより二年も後輩になるなんて、まっぴらだ。僕はテオに顎で使われるような人間じゃない。
自分がテオたちより劣ってるだなんて、認めたくない。
だったら、もう剣術なんてやらない。騎士にもならない。
「他の夢を見つけたので、騎士にはなりません。もう、なりたくないので」
「…そうか」
そう嘘をついてからの人生は、まるで坂道を転げ落ちるようだった。
田舎を出て「騎士団の最終試験まで残ったんだ」という小さな自慢だけを肴に、適当な地方都市の酒場でくだをまく日々。
たまに遠征に来た騎士団の連中が店に顔を出すと、慌てて壁を向く。あのなかにテオやローウェン道場の弟子がいたらと思うと、恥ずかしくて泣きそうだから。
生活のために道場を開いてみたものの、「子どもを通わせたけど全然上達しない」という評判を立てられ、あっけなく潰れた。
ぼんやりと自分の手のひらを見つめると、まともに素振りもしてこなかった手には、マメひとつない。
…あの人の手は、潰れたマメだらけだった。
きっと、テオや他の道場生の手も、そうだったんだろう。
《ルーク、口うるさいと思われてるのはわかってる。だけど俺は、お前に後悔してほしくないんだよ》
《お前には、羨ましいほどの才能がある。だからこそ誰よりも基礎が大事なんだ。盤石な基礎の上にこそ、華々しい才能が咲くんだから》
「ほら、練習するぞ」と何度も何度も僕の背中を押してくれた、大きな手。
《またやる気になったら、いつでも来なさい。待っているから》
《もう一度うちに来ないか。ルークなら、きっと今からでも間に合う》
何度も差し出されたその手をとらなかったのは、自分なんだ。
そして自分に手を差し出してくれる人は、もういない。
叱りながらでも手を差し伸べてくれる人がいることが、どれほどありがたかったか…
「ローウェン師匠、ごめんなさい…会いたい…」