作品タイトル不明
4 バカ男の婚約者たち(2)
数日後、二人組の女性がやってきた。
一人は怒り心頭でこう言う。
「エレノアの婚約者に、彼女がいないとどうなるか見せてやりたいの」
エレノアと呼ばれたもう一人は、声もかけられないくらいに、どよんと落ち込んでいる。
彼女の婚約者は、幼馴染みでもある魔導士だという。
「研究に没頭すると寝食どころか服を着ることすら忘れるような男なの。エレノアがいないとまともに生活もできないのに、彼女に感謝のひとつもしないで」
黙ったままの当事者をおいて、友人はヒートアップする。
「エレノアは彼の家族に頼まれて彼と一緒に暮らしているのだけど、食事を持っていったら『邪魔だ』『頭が痛いのに話しかけるな』と振り払われたって。あんまりじゃない?」
息巻く友人をなだめて、婚約者本人が初めて喋った。
「クロエ、私はいいの。私が彼の邪魔なら、あの家を出るだけよ。私は彼が幸せならそれでいいんだから」
「あなたのその愛を、あいつがまったく理解してないのが、私は許せないのよ。あの家を出るにしても、せめて目にもの見せてからにしなきゃ!何もしないで黙って家を出るなんて、絶対だめよ!」
友人思いの、熱すぎる女性。おせっかいだが、嫌いじゃない。
私は立ち上がった。
「行きましょう。移動魔法オプション、使います?」
案内された部屋のドアを開けると、ボサボサ頭で無精ひげを生やした青年が、ガウン姿で床に這いつくばりながら魔法式を書き綴っていた。
「まさかとは思ったけど、本当にシオン・フリードだとは…」
一時期魔塔で一緒に働いていた後輩。疑いようもなく天才だが、いつだったかナイトガウン一枚で出勤してきた、「いろんな意味で伝説(笑)」の魔導士だ。
彼はドアが開いたことにも気づいていない。
「…」
私は黙って彼に術をかけた。
◇
最初は、エレノアが家にいないことにすら、気づいていなかった。
気づいてからも、気にならなかった。
むしろ「食事だ」「風呂だ」と邪魔をされることがなくなって、捗る。
けれど、三日も経つと部屋はゴミ溜めになり、読みたい本がどこにあるのかわからなくなった。
「エレノア、あの本は…?」
聞いても答えは返ってこない。
さらに、魔塔からはこんな連絡が来る。
「報告書が汚すぎて読めません。三日以内に出し直さないと、競争的研究資金は差し止めますよ」
「な…」
「いつも書類を整えていたあの女性、辞めたんですか?」
――エレノア。
エレノア、頼む。頭が割れるように痛いんだ。
こんなときは、いつもハーブティーを淹れてくれるじゃないか。
野菜とハムのサンドイッチ、楊枝を刺した果物と一緒に。
そして「無理しすぎないで」と少し眉を下げながら笑って、そっと髪を撫でてくれるじゃないか。
それだけで、頭痛がましになるのに。
「声が聞きたい…」
身体に力が入らなくて、這いずるようにキッチンまで移動する。
水を飲みたいのに、コップがどこにあるのかすらわからない。
「謝りたい…」
失ってはいけない人だった。
頭が割れそうだ。
もしかして、このまま死んでしまうのか…?
「なら、言わないと…」
僕は魔力を振り絞って、エレノアに届くかどうかもわからないメッセージを、キッチンの床に残そうとして、倒れ込んだ。
「エレノア…言わなきゃ…」
なのに体が震えて、もう立てない――
◇
「エレノア…エレノア…」
シオンはつぶやきながら現実に戻ってきて、部屋を見回した。
エレノアさんの前に立っていた私と、目が合う。
「先…輩…?」
「久しぶり。今のは私の未来シミュレーションと幻影。あなたなら、意味わかるよね?」
シオンはがくがくと頷いて、ふらふらの足で立ち上がる。
「エレノアを探しに行かないと…」
「慌てなさんな、ここにいるよ。相変わらず視野が狭いね」
私はひょいと右によけると、彼は彼女の足元に膝をついた。
「エレノア、ごめん…!僕は君に甘えてばかりで…甘えていることにも気づいていなくて…」
「シオン…」
「馬鹿な僕を殴ってくれ。踏んでくれてもいい。それでも僕は君に、ありがとうと言わなくちゃいけない」
シオンは本当に、頭を下げて彼女に踏みつけられるのを待っている。
「そんなことしないわ、シオン。『ありがとう』って抱きしめてくれたら、許してあげる」
「あら」と私とクロエさんは顔を見合わせる。
シオンは怖々とエレノアさんを抱きしめた。
「エレノア…どうかもう一度だけ、そばにいてくれないか…?」
「ええ」
「ありがとう、チャンスをくれて…僕は絶対に変わってみせるから」
ならば鉄が熱いうちに、オプションを買ってもらわないと。
私はちょんちょんとシオンの肩をつつく。
「これが今の幻影を詰めた『初心忘るべからずカプセル』。また研究に没頭して彼女を雑に扱いそうになったとき、これを飲むと不調と後悔がフラッシュバックするんだけど、どう?」
「あるだけ買います。エレノアの大切さを忘れないように、毎日飲みます」
それは毎日悪夢を見るようなものだ。さすがにまずそう。
「…せめて週一くらいがいいと思うけど」
「そうですか?」
私は四ダース分のカプセルをつくり、銀貨四枚を受け取った。
「足りなくなったらまた言って。追加購入は一ダースあたり銀貨二枚だからね」
私はずびびと鼻をすするクロエさんと一緒に、彼らの家を後にする。
「あなたのおかげですよ」と互いに褒め合いながら。
「まあ、なんせよかった。天才シオン・フリードが救いようのない男だったら、私もちょっとダメージ喰らってたしな」
変わりたいと心から願える人、変わる気はないがとりあえず謝る人。
いろんな人がいるもんだ。
そんなことを考えながら、ふわりと田舎の一軒家に戻ってきた。
「さて、明日はどんなお客さんが来るかな」