軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3 バカ男の婚約者たち(1)

今日は、このあたりではめったに見かけないつやつやの馬車から、洗練されたドレスの依頼人が降りてきた。

「後悔を売るお店で、間違いないかしら」

「ええ」

私が椅子を勧めると、彼女は「アーウィン伯爵令嬢クラウディア」と名乗る。

「婚約者が『真実の愛を知ったから婚約破棄してほしい』と言い出したの」

ああ…大ヒットした恋愛小説をきっかけに、最近流行っているあれ。

「でも、思い直してほしくて。彼は恋に溺れて正気を失っているの。このままでは、彼も彼の家も破滅するわ」

彼らは貴族だから、きっと幼いころからの婚約者。「浮気されても、戻ってきてくれるなら許す」くらいの情があるのだろう。

理解はできないけど。

「わかりました。彼はどちらに?」

「移動魔法オプション」と最近始めた「対象者と一緒に幻影を見るオプション」を追加してもらって、私は彼女の婚約者がいる屋敷に飛んだ。

瀟洒な東屋で、『真実の愛の相手』らしきお嬢さんに愛を囁いていた侯爵令息は、突然の侵入者に目を丸くする。

彼が「無粋だぞ」と立ち上がる前に、私は術をかけた。

「とりあえず、未来をどうぞ」

僕は「クラウディアは僕とリリアを虐める性悪だ」と父上を説得し、クラウディアと婚約破棄して、男爵令嬢であるリリアと結婚した。

最高だ。

リリアはいつも「かっこいい」「素敵」「大好き」と言ってくれる。

「新しい事業を始める前に慎重に調べるべき」「交友関係には気をつけて」「これ以上増税したら、領民の生活が」と口うるさかったクラウディアとは違う。

それにリリアはクラウディアと違って、贅沢が大好きだ。やはり結婚というものは、価値観や金銭感覚の合う相手とすべきだろう。

おかしいと気づいたのは、爵位を継いでからだった。

気づけば書類が山積みになり、税収は減っているのに支出は増えるばかり。

リリアは相変わらずドレスや宝石を買い漁り、領地経営の相談をしても「わかるはずがありません」とそっぽを向く。

貴族学園の首席だったクラウディアなら、うまくやってくれたはずなのに。

「何もできないくせに無駄遣いばかりして!」

リリアは「口うるさい」と僕を捨て、愛人の元へ走った。結婚前から関係をもっていたのだと、あとから知った。

――真実の愛なんて、初めからなかった。

「くそ…っ!」

一発逆転を狙った投資は失敗し、僕は爵位も領地も失った。

「クラウディア様と結婚されていたら、こんなことには」

ずっと仕えてくれていた乳兄弟すら、そう告げて去って行く。

今は母方の親族が嫌な顔をして用意したあばら家で、ダニに噛まれながら硬いパンをかじる日々。

痒い。ひもじい。寒い。

こんなの嫌だ。誰か助けてくれ――

「ひっ…!?」

中腰のまま術にかけられて侯爵令息は、術が解けると同時に悲鳴をあげ、床にへたり込んだ。

「なんだ、今の…」

「軍用レベルの未来シミュレーションです。今のままだと、高い確率でああなります」

彼は震えながら、「真実の愛の相手」に「リリア、僕の他にも恋人がいるのか?黒髪の絵描きの…」と聞く。

男爵令嬢が目を見開いて、「えと…ええと…」と口をぱくぱくする。

彼は悟った。あの未来は、あり得ると。

「クッ…クラウディア…すまなかった!やっぱり僕が愛しているのは君だけだ!!婚約破棄は取り下げる!それでいいよな?な?」

うん、これで依頼人の望み通り。

ここで幻影を詰め込んだ「初心忘るべからずカプセル」の案内を…

――と思ったのだけれど。

クラウディア様は縋りつく彼の腕を引き剥がして、冷ややかに言った。

「いいえ、やはり婚約破棄いたしましょう」

「なぜ」と、私と令息が同時に質問してしまう。

「僕は謝ったじゃないかっ!」

「あなたは…自分を守るために謝っているだけです」

彼女はふうっと息を吐く。

「破滅するのが怖くなったから、私を選ぼうとしているだけ。私に『悪い』と思っているわけでも、愛しているわけでもありませんわ」

そして、もう一度覚悟を決めるように、きゅっと笑った。

「未来を見て後悔はしたのでしょうけれど…それでもあなたは何も変わっていない。今許したところで、また同じことを繰り返すわ」

「違…っ、クラウディア…頼む…」

「だから予定通り、婚約は破棄いたしましょう。父は『好きにすればいい』と言ってくれておりますし、私が書類に記入すれば終わりですから」

私に「カプセルは不要よ、ごめんなさいね」と断って、クラウディア様は背筋を伸ばして門へと向かう。

その足取りは、羽が生えたように軽かった。

「毎度あり」

私は「クラウディア、行かないでくれ!僕はこれからどうすればいいんだ!」という令息の泣き声を聞きながら、ふわりと屋敷をあとにした。

「もう支えてくれる人はいないんだから、どうすればいいかは自分で考えな」