作品タイトル不明
ヨハンの似顔絵
ヘィンは真剣に絵を眺め、「人間の業を描いたのか?」とか「いいや、違うな。これは救済を得た世界の絵だ」などと、どんどん方向性が遠くなっていくので、早々に待ったをかける。
「これは、一組の生徒、ヨハン・フォン・ドライヤーを描いたものなんです」
「なんだと!?」
ヘィンは皆が寝ているというのに、大きな声を出してしまう。
けれども誰一人として目覚めることがなかったようだ。
「これのどこがヨハン・フォン・ドライヤーなんだ!?」
「黒い髪に切れ長の目、形のいい唇……特徴は掴んでいると思っているのですが」
「もっと描きようがあっただろうが」
ヘィンはストレートに下手と言わずに、やんわりとした言葉で言ってくれる。
「ペンと紙を貸せ!」
そう言ってヘィンは私から紙とペンを奪い、さらさらと描き始める。
「ヨハン・フォン・ドライヤーの姿は、入学式の日以来見ていないが……」
ヘィンの迷いがまったくない線が、ヨハンの輪郭を再現する。
髪は今にもなびきそうで、目元は意志の強さを放っている。唇は今にも言葉を紡ぎそうだった。
ヘィンはあっという間に、ヨハンの絵を完成させた。
「わあ、ヘィン、とっても上手です!!」
「そうか?」
「ええ。ヨハンにそっくりですよ!!」
驚いた。ヘィンがこんなに絵が上手かったなんて。
「どうして絵を描けるのですか?」
「たまに、一番上の兄ちゃんに頼まれて、デザインを描いてたんだ」
お小遣いと引き換えだったらしく、ヘィンは本気を出して描いたらしい。
「フィンもヘィンも、兄ちゃんからのお小遣いに目が眩んで、家のことをいろいろしていたんだ」
織物業を営む彼らの実家は、デザインから機織り、販売まですべてを担っていたようだ。
「フィンは店番を、ホィンは機織りを……みんな、家のことをよくやっていたんだ。もちろん、小遣いと引き換えに」
皆、自由気ままに遊んでいたようで、見えないところで働いていたという。
お小遣いは労働の対価としてはかなり安かったそうだが、楽しんでいた部分もあったので、あまり気にしていなかったようだ。
ヘィンがデザインした織物は、人気が高かったようで、やりがいも感じていたという。
「でも、兄ちゃんはそれを自分の手柄にしてさ。まあ、小遣いを貰っているから、何も言えなくて」
ヘィンはこっそり、独立して三つ子で織物のお店を開くことを夢みていたようだ。
「そのために、小遣いをこっそり貯めていたんだけど……」
ある日親に見つかって、お店の売り上げを盗んだのではないか、と疑われてしまったという。
「俺さ、いつもふざけたり、いたずらばっかしていたりしたから、やってないって言っても説得力なくてさ」
お小遣いを与えた兄も、ヘィンを疑ってかかったという。
デザインと引き換えに貰ったものだと訴えても、兄はそんなの知らないとしらばっくれたようだ。
「酷い話ですね」
「だろう? 自分の兄なのに、信じられなくて」
ヘィンはやっていないと信じ、庇ってくれたのはフィンとホィンだけだった。
「気付いたら神学校に三人仲よく行くことになって……」
近所では厄介払いできてよかった、なんて話を家族がしていたという。
「言葉になりません」
「まあでも、今頃あいつら困っていると思うぜ」
フィンとヘィンとホィン、三人の労力は馬鹿にできない。
彼らがいなくなって、実家のお店は今頃傾いているのではないか、とヘィンは確信しているという。
「ホリデーのときに、こっそり見に行くのを楽しみにしているんだ。アルヴィも一緒に見にいこうぜ」
「そうですね」
ヘィンはハッとなり、自分のことを喋り過ぎた、と少し照れた様子でいる。
「それはそうと、アルヴィはどうしてヨハンの絵を描いていたんだよ」
「私の異性の友人が、学年いちの男前を見てみたいと熱望していたので」
「学年いちの男前って、ユリウスのほうじゃないのか?」
「私はヨハンのほうがかっこいいと思いました」
ほどよい筋肉の付き方に、勇ましく鋭い気迫にあふれた雰囲気、キリリと引き締まった顔立ちなど、実に理想的な男前だと思ってしまう。
「ユリウスはなんといいますか男前ではなくて、美人という言葉が似合う方向性と言えばいいのか。こう、友人が望む男前とは違うような気がしまして」
「ああ、たしかに、女が好みそうなのはユリウスじゃなくて、ヨハンのほうかもしれないな」
「ですよね!」
私も練習したらヨハンくらいのレベルで描けるだろうか。
なんて考え、すぐさま無理だと察する。
「あの、ヘィン、お願いがあるのですが」
「なんだ?」
「その絵を、何かと交換していただけますか?」
「え、別に普通にやるけれど」
いやいや、 無償(ただ) で貰っていい絵ではない。
「こんなにお上手な絵を、対価もなくいただくわけにはいきません」
「そう言ってくれるだけで、個人的には満足なんだが」
「いえいえ!」
ヘィンはしばし考えたあと、対価を要求してくれた。
「だったらさっき絵を描くときに使ったペンと交換でいいか?」
「これですか?」
「ああ」
オブリガシオン王国から持ち込んだペンだったが、描きやすかったらしい。
「他にペンを持っていなかったら、別の物でもいいのだが」
「いえいえ、大丈夫です。まだペンは他にも数本ありますから」
そんなわけで、私はペンと引き換えに、ヨハンの似顔絵を得ることに成功したのだった。