作品タイトル不明
断食一日目
ユリウスと約束している時間になったので、パウウルに「もうすぐ登校時間ですよ」と一声かけてから寮を出る。
一階の食堂には、二時間前に起きることができなくて、朝食を食べていない生徒達が集まっていた。
皆、お腹が空いたと嘆いている。
パウウルを無理矢理起こしたことについて可哀想だったか、なんて思っていた。
けれどもこうして空腹を嘆く者達を見ていたら、起こして正解だったのだと確信する。
起床してから二時間も経ったら、目もすっきり覚めている。
加えて、普段よりも調子がいいかもしれない。
太陽が昇る前に目覚め、朝食を食べて二時間ほど胃を休ませるというのは、私にとってベストコンディションを作る流れだったのだ。
今日もユリウスのほうが先に登校していた。
「アルヴィ、おはよう」
「おはようございます、ユリウス」
いつもはしゃっきり目覚めているユリウスだったが、今日は目の下にくまができていて、どんよりしている。
二時間早い鐘のせいで眠れなかったのかと聞くと、そうではないと言う。
「悪夢をみた」
「悪夢、ですか?」
「ああ」
なんでも神学校の制服に身を包んだ見ず知らずの生徒から、詰め寄られる夢をみたという。
「普通の状態ではなかった」
ミイラみたいに全身から血を抜かれたような姿をしていて、「騙したのはお前か!!」、「我々の体をどこにやった?」とひたすら質問攻めに遭ったらしい。
「いったいどうしてあんな夢をみたのか……ただの悪夢とは思えなかった」
「私も、そのように感じました」
昨日、屋根裏で発見した骨をユリウスは持ち帰ったのだ。
その影響で、そのような悪夢をみたのかもしれない。
「もしかしたら、昨日持ち帰った骨の持ち主が、ユリウスに助けを求めていたのでは?」「ああ……ありうる」
もしかしたら骨の持ち主がきちんと埋葬されずに、ユリウスにどうにかするよう訴えていた可能性もある。
「こんなことになるのならば、霊廟に骨を安置しに行けばよかった」
「ええ。屋根裏よりも、霊廟のほうが心が穏やかになるかもしれないですね」
ただ霊廟に入るには、聖術による解錠が必要となるだろう。
もしかしたら神学校にいる誰かが関与している可能性があるので、ブラザーに相談するわけにもいかない。
「夢の中で〝我々の体をどこにやった〟と言っていたのも気になる」
ああして隠された骨は、一人のものだけではないのだろう。
「ただでさえ調査しなければならないことがあるというのに、別の問題まで降りかかってくるなんて……!」
例の骨は気持ちが穏やかになるよう、聖水漬けにしてきたという。
「聖水漬け、ですか?」
「ああ。桶になみなみと聖水を注いで、骨を沈めてきた。正直、それしか思いつかなかった」
なんだか溺れそうで逆に苦しいのではと思ったものの、悪夢封じには効果があるのかもしれない。
「もう一度、屋根裏を調査する必要がありそうだが」
「ユリウス、今度は昼間にしましょう」
「もちろんだ」
夜だったので、怖さも増し増しだったように思える。
かといって昼間も屋根裏は薄暗くて、不気味なことに変わりはないだろうが。
「ユリウス、その、思ったのですが」
「どうした?」
「神学校でたまに行方知れずになる生徒がいる、という話がありましたけれど――」
もしかしたら闇に葬られ、その亡骸は埋葬されることなく、校内のどこかに置き去りになっているのではないか。そんな推測を口にする。
「そんなわけがない。まず、家族が黙っていないだろう……」
「ええ、そう、ですよね」
ただ、ハンス、ルーカス、マクシミリアンが突然いなくなった件と合わせて引っかかるのだ。
ブラザー・マテオは彼らがいなくなった理由に触れず、その話題に触れようとする者がいたら罰すると言っていた。
学校側が何か隠しているように思えてならないのだ。
「その辺のことは、休日にハンス、ルーカス、マクシミリアンから話を聞けば詳しいことが明らかになるだろう」
「そう、ですよね」
憶測であれこれ考えないほうがいいのかもしれない。
今は無念のあまり命を落とした者の魂が穏やかになるよう、ユリウスと共に祈りを捧げることしかできなかった。
◇◇◇
断食一日目の教室は、潸々(さんさん)たるありさまだった。
いつもより二時間早く起きることができたのは、クラスの中でも数名だったという。
煉獄(れんごく) で罪を浄化される者が叫びをあげるような腹の音が、教室のいたる場所で響き渡っていた。
朝食の時間に起きることができた者も、スープ一杯ではぜんぜん足りなかったようで、もうすでにお腹が空いたと訴えている。
食べ物を金貨一枚で売ってくれ!! と叫ぶ者達もいた。
もちろん冗談だろうが、目が本気にしか見えなかった。
クラスメイト達の大半は、断食をするのは初めてなのだろう。
普段、断食は聖職者と 敬虔(けいけん) な信者しかしないという。
これがあと九日も続くなんて……と絶望していた。
禁欲的な神学校での日々の中で、食事しか楽しみがない者もいるという。それを奪うなんて酷い、と涙ながらに訴えている。
そんなクラスメイトを見て気の毒に思いつつも、まだまだ元気なので大丈夫そうだな、と感じたのだった。
ホームルームが始まる。
いつも厳格なブラザー・マテオも断食期間に入って本調子ではないのでは? なんて思っていたものの、彼は驚くほどいつも通りだった。
きっと断食を何度も経験しているので、慣れっこなのだろう。
ブラザー・マテオが何か言うたびに、返事をするようにお腹の音が鳴っていた。
笑いそうになるも、絶対に怒られるので我慢するしかない。
クラスメイト達も同じようなことを考えているのだろう。ぶるぶる震えながら、笑わないように耐えているように思えた。
ホームルームの終了を知らせる音が、福音のように聞こえてしまった。
ブラザー・マテオが教室から出て行き、足音が聞こえなくなると、皆いっせいに笑い始める。
ユリウスはいったい何がそんなにおかしいのか、と呆れた様子でいた。
ただ、教室の中がわいわい賑やかなのは朝だけだった。
時間が経つにつれて、お腹の音すら元気がなくなったように聞こえなくなる。
昼休みになると、机に突っ伏して動かない者がほとんどだった。
皆、断食の辛さをこれでもかと実感している。
ユリウスは私の外出許可を取りに職員室に向かった。
彼を待つ間、聖書に目を通す。
便所に行って戻ってきたホィンが、いつもと異なる様子を教えにやってきた。
「アルヴィ、大変だよ。手洗い場にブラザーがいて、水を飲まないか監視していたんだ」
「徹底していますね」
「だよねえ。びっくりしたよ」
便所の近くにある手洗い場は、池から引いた水を使っている。
浄化していない水なので、飲料向きではない。
それでもいいから、と言ってこっそり飲む者がいたのだろう。
ブラザー達も大変だな、と思ってしまった。
ホィンと入れ替わるように、ユリウスが戻ってきた。
「どうでしたか?」
「ああ、問題ないようだ」
いったいどういう理由で申請したのかと聞いたら、両親に 兄弟(ブリューダー) ができたと報告するためだと言ったという。
「すぐに許可を出してくれた」
さすがユリウスである。
そんなわけで次の休日はハンス、ルーカス、マクシミリアンの家を訪問し、彼らから話を聞くこととなった。