作品タイトル不明
はじまりの日
ついに断食が始まる。
半年に一度実施され、期間は十日間。
断食と言っても、まったく食べることができないわけではない。
簡単に言えば太陽が出ている間だけ、飲食を断つのだ。
夜間のみ、肉や魚を避けたメニューを食べることができる。
食事を断つことによって体内の不浄なものを排出し、神様への信仰心を高める、神聖な儀式だという。
神学校では校内の食堂が閉鎖され、飲食の持ち込みさえも禁止される。
朝食の時間は日の出前ならば食べてもいいようだ。
しかしながら食事の提供は二時間も早くなり、起きられない者は朝食は抜きとなる。
パウウルとホィンは絶対に起きられないと嘆き、フィンは起こすのは一回までだと宣言し、ヘィンは起きられたら食べると言っていた。
私は可能であれば食べたいが、正直なところ早起きは自信がない。
ヘィンと同じく、起きられたらいただこう、という精神で断食一日目を挑む。
朝――鐘の音が容赦なく鳴って目覚める。
外は真っ暗だが、これは断食が始まった日の朝らしい。
のっそり起き上がるも、体が眠たいと訴えている。
昨日は図書室に閉じ込められる話で盛り上がり、消灯後も会話が止まらなかったのだ。
私達は十九歳。大人に分類してもいいはずなのに、精神年齢はいつまで経っても少年なのである。
フィンがヘィンとホィンを起こす声が聞こえた。
さすがフィン、早起きもお手の物のようだ。
私も爆睡しているであろう、パウウルに声をかける。
「パウウル、朝ですよ! 朝食を食べ損ねたら、夜まで食事抜きになってしまいますからね!」
「うううう~~~んんん」
パウウルはもぞもぞと動き、反応するも目は固く閉ざされている。
起きなくてパウウルが後悔するのはわかりきっているので、心を悪魔にして起こした。
ブランケットを剥いで、耳元で叫ぶ。
「パウウル、起きなさい!!」
「わあ!!」
飛び起きたパウウルに早く準備をするように言ってから、顔を洗いに洗面所へ向かった。
今日は一番乗りだったようで、誰もいない。
急いで顔を洗い、歯を磨く。
私から少し遅れてフィンとヘィン、ホィンがやってきた。
ヘィンはホィンに引きずられるようにしてやってくる。
「もう~、ヘィン、しっかり歩いてよ~」
「まだ夜だろうが」
「だから、今日から断食なんだってえ」
パウウルは大丈夫だろうか。なんて考えていたら、遅れてやってくる。
目は半分以上閉まり、よろよろとおぼつかない歩みを見せていた。
「パウウル、大丈夫ですか?」
「うん、アルヴィ、起こしてくれて、ありがとう」
平気だから、と言うので頑張れと応援し、混み始めた洗面所をあとにするのだった。
食堂に集まった一学年の生徒は、三分の一くらいだった。
やはり、いつもより二時間早く朝食を食べるというのは無理がある。
点呼にやってきたブラザー・ジェイと名乗った青年は、初めて顔を合わせた。
彼もそうとう眠いようで、何度も欠伸を噛み殺している。
食前の祈りを終えたあとは、そそくさといなくなってしまった。
断食一日目のメニューは、豆と野菜のスープのみ。
ひそひそ声で「これだけ?」みたいな声が聞こえる。断食前のメニューは二品あったので、物足りなく思っているのだろう。
断食期間中でもこうして食事をいただけることに感謝し、平らげたのだった。
部屋に戻ると、ルームメイト達は各々違う行動に出る。
フィンは角灯の頼りない灯りで聖書を読み始め、ヘィンは寝台に寝転がる、ホィンは「一回起きたら眠れないよお」と嘆いていた。
パウウルはすでに寝息を立てて寝ている。あまりにも早い入眠だった。
私はユリウスと約束している時間まで、セシリアからの頼まれていたことをやっておこう。
それは、ヨハンの似顔絵を描くこと。
眠気覚ましのために窓を少し開けて挑む。
紙を広げ、ペンを手に取り、ヨハンの顔を思い出しながら描いてみた。
無駄な肉などない輪郭に、つやつや輝く漆黒の髪、ルビーみたいな赤い瞳は鋭く、口元はきつく閉ざされている――。
完成した絵を眺めてみたが、子どものらくがき以下のクオリティだと思った。
そういえばと思い出す。
こうして絵を描くなど、子ども時代以来だな、と。
あれは七歳くらいの頃の話だったか。
母がお絵かきセットを贈ってくれたので描いてみたのだが、上手くできなくて腹を立てて、二度と描かないと宣言していたような。
私が完成させた絵を見た母も、そのほうがいいとか言って、反対しなかったような。
よほど酷い絵だったのだろう。
描写力が七歳で止まったまま、今に至っていたようだ。
こんな絵をセシリアに送った日には、絶対にやり直しを命じられるに違いない。
絵を運ぶエリザベータも、いい迷惑だろう。
どうしたものか、と考え込む。
ヨハンの似顔絵が欲しいと言うなんて……困った。
「アルヴィ、勉強しているのか?」
声をかけてきたのはヘィンだった。
「ヘィン、登校時間まで眠るのではなかったのですか?」
「眠れなかったんだよ」
逆に、眠れないと嘆いていたホィンは、現在爆睡しているらしい。
「まったく、ホィンはいい性格をしているよ」
「ええ。本当に羨ましくなります」
ちなみにフィンも聖書を手にしたまま、座った状態で眠っているようだ。
皆、器用なものだと思ってしまう。
「俺だけだよ。眠れないなんて」
「私も似たようなものです」
窓から風が吹いて、机の上にあったヨハンの絵がヘィンのほうへと飛んで行く。
「おっ、なんだこれ」
「そ、それは……!」
ヘィンはヨハンの絵を拾い上げ、手にしていた角灯で照らしながら、まじまじ見つめる。
大笑いされてしまうだろう。そう思っていたが――。
「これ、アルヴィが描いたのか?」
「ええ、そうなんです。下手……ですよね」
「そうかぁ? 絵の勉強をしているわけじゃないから、こんなもんだろう」
驚いた。いつもふざけたことばかり言っているヘィンが、冷静に絵を見ることができるなんて。
「この絵、何を描いたんだ?」
どこからどう見ても人物画でしかないと思ったのだが、ヘィンには人の姿に見えないらしい。
「その、なんの絵に見えますか?」
「うーーーーん、悪魔の苦しみ、とか?」
そんな抽象的な絵を描くわけがなかった。
ヘィンはからかうつもりなんて欠片もなく、真面目に私の絵を見て答えたのだ。
まだ、冗談で言われたほうがマシである。
がっくりうな垂れてしまったのは言うまでもない。